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29話 誘惑がきた!

 牧師さんがカフェに居ればいいのに。


 そんな事を考えながらカフェに入るが、そんな淡い期待は、打ち砕かれた。


 カフェには、牧師さんではなく事件んl容疑者の一人にリベアルがいた。


 窓際の席に座り、ブラックティーを優雅に啜っている。


「ちょっとデレク、あの男は?」


 大きなテーブルに布巾をかけているデレクに小声で話す。リベアルは私の態度には気づいていないようだった。


「初めてのお客さんだね。誰か知ってるの?」

「容疑者よ。今のところかなり犯人である可能性が高い」

「何だって!」

「デレク、後で私にもブラックティーお願いね」


 驚いて布巾をゆかに落としたデレクを横目に、私はリベアルの目の前の席に座った。


「こんにちは」

「ええ。こんにちは」


 リベアルは私を一瞥すると、再びブラックティーを啜る。優雅な態度だったが、どことなく嫌味っぽい。


「あなた、コリンとの討論会の時のスタッフだろう。覚えていますよ」

「よく覚えてますね」

「殺人事件を勝手に調査しているとか。ハードボイルド村の方にも噂が届いていますよ」


 そう言ってリベアルは、ニヤニヤと笑っていた。


 おそらく、私の噂を聞きつけ、ここに偵察に来たのだろう。上から下まで私をじろじろと見たあと、再び笑っている。楽しそうな笑みではなく、心底バカにした様子である。思わずカチンとするが、デレクが心配そうにブラックティーを運んできて冷静さを取り戻す。


 何か有ればデレクに助けを求められる。この男の挑発に応じたふりをして、何か事件について聞き出すのもアリかもしれない。


 無能そうな私に油断してうっかり言葉を滑らす可能性だってなくはない。


 私は自分に何度も「冷静になれ!」と言いきかせ、リベアルに向き合った。


「今日は何でこの村に?」

「いや、知り合いがこっちにいるって聞いてね」


 たぶん嘘だろうが、私は頷く。


「でもこの村は、ハードボイルド村よりだいぶ田舎よね」

「まあ、そうですけど。あの郷土資料館は興味深い」

「そう?」


 どういう意図でそう言っているのか、分からず私はブラックティーを啜り、さらに気分を落ち着かせる。


「あそこは過去の魔術の道具や呪文の書かれた紙など興味深いね。そもそも僕は、エスーペラント語の研究者だし、その言語が使われていた魔法国家時代は無視できないのだ」


 どうやらリベアルは、魔法に興味があるようだ。この話題では、目を輝かせている。


「魔術は面白いね。人間でもできないような事が、奇跡的に出来たりするのだよ。当時の人達が、魔術に熱中していた理由はわかるね」

「そうかなぁ…」


 自分はその考えはわからない。


 郷土資料館の展示物には、魔術を使うときはそれなりの代償があるとも書いてあった事を思い出す。魔術はの儀式では、生贄を使うのはそういう意味のようだった。それの魔術は、ズルという感じもする。人間の努力は大したことはできないが、それでも努力で達成した事は自信になる。ズルして成功したものは、自信が持てるどころか自己肯定感を蝕むのでは無いだろうか。


「まあ、人間は弱い生き物なのだよ。不幸になった時、そう言ったものに縋る気持ちはわかるだろう?」


 確かの気持ちだけはわかる。


 しかし、他人を傷つけてまで成功したい、自分だけ気持ちよくなりたいという発想は、やっぱりよくわからない。


「あなたは魔術はしたことあるような口ぶりね? した事あるの?」


 思い切ってカマをかけて見ることにした。あの男の殺され方は、どう見ても魔術の儀式が関係している。


「さあ。でも私はエスーペラント語のプロなのだよ。魔術にも詳しいね」


 やっぱり簡単には、ボロを出さなかったようだ。リベアルが勝ち誇ったような笑みを見せると、真顔になって私に誘惑のようなものを仕掛けてきた。


「今君は、仕事がないって聞いたよ。大変だね」

「別に住むところはあるし、それほど困っていないけど?」

「元いた世界では学校の先生だったんだね。語学もよく出来ているようだ。もったいないよなぁ。せっかく努力身につけたのに、こんな田舎で腐らせてしまうなんて」


 心はざわざわとしてくる。


 これは本格的に誘惑のようだった。リベアルは、余裕な表情だ。私が心をざわつかせている事を見抜き、またニヤニヤと笑い始めた。


 デレクがハラハラとこちらを見ている。彼の存在は、ほんの少しだけ、心のざわつきを抑えられた。


「別に。人間の欲望は際限ないし、この田舎でのんびりと暮らすのも悪くないでしょ」

「そうかなぁ? まあ、我々エスーペラント語団体は、語学堪能な職員も募集中でね。どうだろう、マスミ。私達の仲間にならないかい?」

「え? エスーペラント語なんか出来ないし、興味はないけど」

「君の語学能力が必要さ。給料もたくさん出すよ」


 再び心がざわつく。甘い誘惑だ。


「君の才能が必要なのだよ」


 その言葉は、嘘だと思う。嘘だけど、まるで蜂蜜のような甘さで心地よい。嘘ってどうしてこんなの心地よいの?心は、ざわざわと騒ぎ、悪い方面に傾いていく。


「マスミ、何してるの?」


 ちょうどそこへ牧師さんが現れた。まさかグッドタイミングだった。牧師さんのいつもと全く変わりがないおっとりとした笑顔を見ながら、私の心は完全に落ち着きうぃ取り戻す。


「何かこの人が誘惑みたいなの仕掛けてきたのよ。興味ないわね。牧師さん、これからどこか行かない?」

「おぉ、マスミ。誘惑されたんですか。全く女性を狙うなんて、アダムとエバの時代から全く変わりがないですねェ」


 どういう意味で牧師さんがそう言ったかはわからなかったが、なぜかリベアルはこの言葉にダメージを受けたようだった。


「じゃあ、マスミ。どこか行きましょうか?」

「そうしましょう」


 私はデレクにブラックティーのお金を払い、牧師さんと二人で外に出る。


 誘惑から逃げられたが、まだドキドキとしていた。


「マスミ、あの男誰なんですか?」

「容疑者の一人。犯人の可能性もかなり高い」

「おぉ、マスミ。本当に逃げられてよかったですね」


 牧師さんのおっとりと優しい笑みを見ながら、心底ホッとする。


「湖でも行きませんか?」

「そうね。何だかあの男と話してちょっと疲れちゃったわ」


 本当なら事件調査のためにコリンに会うべきだったが、今は少しばかり事件の事は忘れたくなった。


 ミッキーのパン屋でフルーツサンドや田舎パンのサンドイッチをいくつか買うと、二人で湖の方に向かった。

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