26話 お別れの時が近づいている
デレクのカフェには、ダニエルのメイドであるメイジーが、客として来ていてフルーツサンを夢でも見ている様な幸せな顔で頬張っていた。
私もフルーツサンドを注文し、メイジーの隣の席に座る。もともとメイジーとも会う予定だったので、ちょうどよかった。
「メイジー、今日は休み?」
「ええ。本当にダニエルもところは休みもとれて、最高な職場よ」
そう言ってメイジーは、再びフルーツサンドを齧る。
もともとメイジーは、元村長の家のメイドだった。元村長はブラックな職場環境でメイジーを雇い苦しめていたが、彼が逮捕されて、ダニエルの家で働く様になった。ダニエルの家の仕事は楽しそうで、私も安心する。
デレクがフルーツサンドを持ってきて私も食べ始める。この土地らしく厚みがあり硬いパンで作られたフルーツサンドは、元いた世界のものとはちょっと違うが、やっぱり美味しい。元いた世界の色とりどりのスイーツを思い出すと、確かの地味だが、これで良いのかもしれない。
人間の欲望には上限がないと郷土資料館の展示物を見て怖くなったし、ほどほどのところで満足しておくのが人間にとって一番幸せなのかもしれない。
元いた世界の父は昭和の人間で、コンビニスイーツが売り始めた時は「夢のようなだ」と語っていたが、毎日のようにコンビニスイーツを買って食べては飽きてしまっていた事を思い出した。
便利で豊かな文明も、いつかは飽きる。文明も行き着くところまで行ったら、壊れるしかないのかもしれない。この村に住んでいると元いた世界のように発達していく文明が本当に良いものか疑問に思う。いつか人間の上限のない欲望に神様の怒りが下り、滅ぼされてしまうのではないか。そんな気がしてならない。
「メイジー、あなたは何だか幸せそうね」
「もちろんよ。あの元村長の職場から逃げられただけでも、私は本当についているわね」
現状に喜ぶメイジーを見ていると、やっぱり欲望を持って生きるよりも、そこそこの幸せを噛み締めて生きる方が幸せのように感じてしまったが。
「でも、ダニエルの所の泥棒が入られたのは、ショックだったわ」
メイジーは、フルーツサンドを食べ終えると、夢から覚めたような表情くぉ見せて言う。
「ダニエルから聞いたわ。メイジー、あなたもショックを受けてるって。大丈夫?」
「うん。大丈夫だけど、犯人っぽい人物を見ていたのに捕まえられなくて…」
「嘘、犯人見たの?」
私はメイジーの言葉に食いつく。これが大きな手がかりかもしれない。
「ええ。あなたと同じ転移者っぽい容姿の男と女がいた」
「女?」
実行犯はあの男ばかりだと思っていたが、もう一人女がいたようだ。もしかしてイザベラ?メイジーの証言があれば、イザベラも犯人だと立証できるのではないか?
しかしメイジーは、女についてはよく見えなかったと言っていた。これでは硬い証言にはならないようだ。
「ごめんなさいね、マスミ。アラン保安官にも話したんだけど、そっちも取り合って貰えなくて」
「いえいえ、いいのよ」
この事にも責任を感じてしまっているメイジー慌てて否定する。
「ところで、クラリッサのところでお茶会を開く予定はない?」
時々、メイジーも交えてクラリッサの屋敷でお茶会をしていた。
「今のところはないみたい。クラリッサも忙しいみたいで」
「そっかぁ。寂しいわね」
お茶会がない事にメイジーは残念がっていた。
「でも、またいつか開くわよ」
クラリッサの小説の執筆が終わったら、お茶会もできるだろうと思ったが、何故かメイジーは残念そうに首を振る。
「もうお茶会は出来ないかもそれない」
「何で?メイジー」
再び胸に寂しさが募る。メイジーの夢から覚めたような表情を見ていると、胸が締め付けられるような苦味も感じる。
「もう、お別れの時が近づいているわ」
「そんな…」
私はメイジーの言葉に、さらに苦い気持ちになる。
「でも大丈夫よ、マスミ。マスミなら、現実に帰れるわ!」
メイジーは、ニコリと歯を見せて笑う。まるで、幼児に笑いかける母親のような笑顔だった。
「運良く良い職場に出会えた私が言うだもの。きっと大丈夫よ」
メイジーは、そう言い残して帰っていく。
一人残された私は、やっぱりこの世界は夢かもしれないと確信を持ち始めていた。
夢から現実に戻る方法はわからない。
ただ、夢のように美味しいフルーツサンドを食べていると、寂しくて仕方がないかった。




