19話 保安官、ドヤ顔をする
翌日、私はハードボイルド村の講演会の行くために歩いていた。
今日は日差しが強く、初夏の足音も感じる。途中でアナのジュース屋に行く事も考えたが、何となく気分はそこに向かなかった。
ハードボイルド村に向かう道の途中にはアラン保安官の家がある。確か奥さんと犬一匹との生活なので、小さなこじんまりとした家だった。屋根は薄いピンク色でほんの少し明るい雰囲気もする。庭には黄色やピンクの花も植えられていて、アラン保安官と違って奥さんはしっかりしていそうだ。ただ、控えめな人なのかあんまり村の女性陣とは連まなかった。
「アラン保安官、こんにちわ」
そんな事を考えていると、家からアラン保安官が出てきた。
今日は非番なのか私服で、うすい髪は寝癖まで付いている。板についていない保安官の制服を着ていないせいか、かえって普通の人に見えてしまって違和感が募る。
「なんだ、マスミかよ」
まだ私を疑っているのか、アラン保安官はジロジロと見てきた。確かの村には容疑者すら居ないのだから、あの男と同じ転移者である自分が疑われても仕方ない。
もしかしてアラン保安官もこの世界の謎について何か知っているのだろうか。嘘をつくほど器用なタイプにも見えないので、何かボロを出すかも知れない。
「一つ聞きたいことがあるんだけど、聞いても良い?」
「は、何かい?」
アラン保安官はさらに私を疑り深そうに見ている。
「この世界は夢?」
「は?」
アラン保安官は、一瞬顔を硬らせたがが、クスクスと笑い始めた。嫌な笑い方であるが、彼のキャラクターには似合った笑い方でもある。
「アンナと同じ質問するんだな」
「杏奈先生も同じ疑問を持っていたのね」
「転移者はみんなこの疑問を持つのかね。まあ、世の中には知らなくても良いことはたくさんあるんだよ、マスミ」
またこの台詞である。本当に催眠術にでもかけられているかのようである。
「やっぱり夢なのね?」
「でもそれでマスミに何が問題なんだい? いいんじゃない? ずっと夢を見たままで。この村は良いところだろ?」
そう言われてしまうと否定はできない。悔しいが図星でもある。
「夢だと仮定して、目が覚めたら私はどうなってるの? 目が覚めたら何十年も経過していたら、大変よ」
まさに浦島太郎である。そうなってしまうと取り返しはつかない。
「だったらずっと眠っていれば良いじゃないか。何か問題でも?」
あまりにもまっすぐに言われたので、否定ができない。
ますますあの男が言っていたムーンショット計画が現実味を帯びてくる。
もし自分は人口削減を考えたとしたら、手荒な真似して人殺しをするのも夢見が悪い。夢を見させたまま、自ら進んで死んでくれた方が楽ではある。元いた世界で流行っていた異世界転生や異世界転移もののライトノベルの流行もその下準備?
あり得ないとも思うが、実際自分が似たような境遇でこの村のきたとき、すんなりと受け入れていた。私はそう言ったライトノベルは読んだ事はなかったが、たくさん読んだことがある読者は、より簡単に受け入れるだろう。死に行く夢とも気づかずに。
「確かに問題はないわね…。でも」
アラン保安官の言うことに上手く反論ができなかった。綺麗な夢の中にいれば良いじゃないか。そんな悪魔の囁きも聴こえてきそうだ。でも本当にこのままでいいのか?心の奥底で、何かが必死に否定している。
「まあ、この世界の事はマスミが考えても仕方ないよ」
元も子もない事も言われ、私はこの事について考える気力も少し失せてくる。
「ところで事件調査はどうか?そろそろ犯人わかったか?」
ちょっと挑発するようにアラン保安官は口角を上げる。まるでこちらの事件調査が進んでいない事を見透かしていえうようである。
「お手上げよ。全くわからわね」
ここで張り合っても仕方ない。私は素直に事件調査が全く進んでいない事を言う。私の態度があまりにも謙虚だったせいか、アラン保安官は面食らっていた。やはり日本人の美徳である謙虚さは、大きな武器だ。間違っても日本の文化がすごいと高慢にならないほうがいい。自分が外国人だとしたら、そんな日本人とは仲良くしたいとは思えない。
「そうか。それは大変だな〜」
「そうなのよ。全然ダメね。アラン保安官は何かわかった事ある?」
「じゃ、ちょっとだけヒントを教えてやろうかな」
アラン保安官はドヤ顔になり、あの男の判明した身元を教えてくれた。おそらく二年ぐらい前からやってきた転移者の男で名前は、月村葵。こちらでは国の保護を受けず、王都の窃盗集団に所属。いくつかの窃盗集団に所属した後、日本の小説をパクって出版社に持ち込む。それが仇となり、捕まるが逃亡。その後の足取りは掴めていないという事だった。
「男の名前以外は珍しい情報はないわね」
「いやいや、あの男は『バベル』っていう泥棒集団に属していたんだが、その集団はかなり悪質でな…」
ここでアラン保安官は言葉を切って、顔を顰める。よっぽどこのバベルには良い印象が無いらしい。聞くと、バベルは、昔からある泥棒集団で、15年前にもこの村で被害があったという。
これは初耳だ。
「本当?」
「まあ、連中の面子はコロコロと変わっているから当時のメンバーはいないと思われるが。この泥棒集団が、事件と関係ありそうなんだよな」
無能だと思っていたアラン保安官であるが、珍しく冴えている。
「それで他にわかった事ない?」
「おっと、これは捜査中だよ」
「そんな〜。15年前は何が盗まれたの?」
「教えるわけないじゃん。自分で調べな」
確かにアラン保安官がこれ以上敵に塩を送ってくれるとは思えない。
・あの男はバベルという泥棒集団に所属
・15年前もこの村はバベルの被害に遭う
・それと今回の事件は関係ある?
まだ何もわからない。
ただ、エスーぺラント語と今回の泥棒の関わりも気になる。
私はアラン保安官と別れた後、少し早歩きでハードボイルド村で行われる講演会に向かった。




