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16話 最後の事件になるかもしれない

 今日の夕食は、田舎パンのサンドイッチにコーンスープ、それに鶏肉をハーブと一緒に蒸したもの。この料理はこの土地では、そのままズバリ「鶏肉」という名前だが、元いた世界の料理ではサラダチキンに近いかもしれない。確かにこの土地の料理は、日本と比べて貧相ではあるが、肉や卵などの畜産物は美味しい。シンプルな味つけで、十分であり、むしろ余計な手を加えない方が良いと思わされる。


 プラムと一緒に食事を準備し、食堂の食卓に並べる。

 確かに彩は派手ではない。写真をとって元いた世界にあるSNSにあげても映えないだろう。


 しかし、もうこの世界の料理も慣れてしまったし美味しいとさえ思う。


 今までの飽食の世界のほうが異常だったのかもしれない。恵方巻きやクリスマスケーキが廃棄されて問題になっているのを思い出す。


 いくら文明が豊に進化しても、所詮人間の胃袋は一つ。食べられる量はきまっていて、食べ過ぎると病気になる。少し質素なぐらいが健康にはちょうど良いのかも知れない。実際、杏奈先生のカフェができて、毎日マリトッツォを食べていたクラリッサは糖尿病になっていた。まあ、プラムや医者のジェイクの努力もあり、かなりクラリッサの病気は良くなってはいたが。


「締め切り前になるとストレス溜まってよく食べちゃうのよね〜」


 クラリッサは、田舎パンに鶏肉をはさみムシャムシャと食べていた。年齢的にはもう老女であるが、この食べる姿は、かなりエネルギッシュである。つられて私も田舎パンに鶏肉を挟み食べる。


 ハーブ風味の鶏肉と硬いパンの組み合わせが絶妙だ。シンプルだからこそ、素材の良さを感じる。


 死体を見て、すっかり食欲も落ちているだろうと思ったが、本能的な欲求には逆らえないらしい。プラムも美味しそうに食事を楽しんでいた。


「ところで、また事件がおきたんですって?」


 クラリッサは、ちょっとワクワクした目で聞いてきた。やっぱりこの村の噂の広がりは、ネット社会には負けていないようである。


「今回はアラン保安官もやる気って噂ね。マスミも頑張らなきゃ」


 挑発するような事までいって来る。


「クラリッサ、あんまり食べすぎないでくださいよ。また、病気が悪化しますよ」


 プラムが口を酸っぱくして言うが、クラリッサは無視してガツガツと食べていた。どうやら原稿執筆も佳境に入ったようで、小説の仕事も忙しいらしい。


「今回の容疑者は誰? 誰が一番怪しいの?」

「それなんですが、クラリッサ。今回はまだ容疑者らしき人物もぼやっとしています」


 私はさっきまで調べていた内容をみんなに披露した。


「コリンの奥さんの事件は何か知ってる事ないですか?」


 杏奈先生の事件ノートに書かれていた内容以上の事はわからないが、一応聞いてみた。


「そうねぇ。あの事件は本当に悲しかったわ。何しろ被害者に何の落ち度もないんですもの」


 機嫌が良かったクラリッサもちょっと顔を曇らせる。


「そうね、あの事件は後味が悪かったわね。でもこの村でも昔、似たような儀式殺人があったのよ…」

「どう言うこと?」


 私は食べるのをやめ、プラムの発言に食いつく。これは初耳だ。杏奈先生の事件ノートにも記録になかった。


「昔といっても600年ぐらい前よ。まだキリスト教が根付かず、魔法国家だった名残があり時ね」


 クラリッサいうには、かなり昔の事だ。事件と関係ないかもしれないが、興味が湧く。


「主に人間の命を生き返らせる為にそんな儀式をやっていたそうね。私も昔、歴史小説を書こうとした時調べたことがあるわ」

「そんなクラリッサ、人間の命を生き返らせるなんてできるんですか?」


 ファンタジックな話だ。その為に人の命を生贄に捧げえるなど、本末転倒ではないか。


「そんな事あるわけないわよ」

「絶対にないわ、マスミ」


 二人に強く否定された。


「そんな夢のような話はあるわけないじゃない」


 プラムはさらに強い口調で否定する。それは良くわかったが、だったら私はあちらの世界からこちらの世界に来れた理由は?


 急にこの疑問も頭の中に浮かぶ。


 チェリーの術が不安定ったとい理由で納得していたが、本当にそんな事が出来るだろうか?


「やっぱりこの世界は夢の中なんですかね…」


 人が良すぎる村の住人の顔も思い浮かべる。

 マリーのような癖の強い人いるが、まるで夢のように人の良い連中を思い浮かべながら、やっぱりこの世界は夢なのかも知れないと思い始める。


「マスミは、この事でかなりナーバスになってるのよ。図書館で地理学の本なんかを見つけたのよ」


 プラムはクラリッサに手短に事情を説明した。


「あらあら、可哀想なマスミ。アンナと同じじゃない」

「杏奈先生もこの事で悩んでいたんですか?」


 手帳にはインクが滲んでよく見えなかったが、クラリッサによると杏奈先生もこの事で悩んでいたようである。


「大丈夫よ、マスミ。世の中には知らなくても良い事がたくさんあるものよ」


 クラリッサまでこの台詞を使っていた。さらに不安に襲われる。


「それに気づいたら、もう私とマスミは会えないかも知れないの」

「え?」


 クラリッサが言う事はすぐには飲み込めない。心なしかプラムも悲しそうな表情を見せている。


 まるで、この世界の謎が解けたら本当に自分は浦島太郎になってしまうのかも知れない。そんな気分にさせられた。


「もしかして杏奈先生は、この世界の謎も解けたから殺された…?」


 そんな考えも浮かぶ。


 杏奈先生はロブを脅して返り討ちにあったわけだが、別の理由もあったのかもしれない。


「はは、マスミ。それは考えすぎよ」


 クラリッサは、再びニッコリと笑顔をつくった。いつものように明るい顔で、少しホッとする。


「マスミも作家になれるかもよ?」


 プラムも冗談を言い、この場の皆が笑いに包まれる。

 私の食欲も増し、食卓の皿の上はすっかり空になる。


 その後、みんなでブラックティーを飲みながら、農作物やチャドの婚約者の話題で盛り上がる。事件ともこの世界の謎とも関係の無い話題で、少しずつ気が抜けていく。


 ただ、心の奥ではザワザワと不安ば気持ちが流れていた。

 事件の謎もこの世界の謎も気になる。重要な事だとは思うが、もし全部の謎の答えがわかったら、この村とも別れを告げなければならないだろうと心の奥底では感じていた。


 馬鹿がつくほど平和な話題で盛り上がりながら、寂しさは拭えなかった。この世界にいる時間ももしかしたら、残り短いのかもしれない。


 この殺人事件は最後になる予感だけは感じていた。

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