プロローグ
杏奈先生の夢を見た。
夢とは思えないぐらいリアルな映像だった。杏奈先生は病院のベッドのような場所で寝かされていた。
「杏奈先生!」
私は思わず叫び、彼女のベッドに近づく。
「よかった。ロブに殺されたんじゃないんですね! 本当によかった!」
杏奈先生の身体を揺り動かしたが、彼女は硬く目を閉じて目覚めなかった。ただ、死んではいないようで眠りながら時々幸せそうな表情を見せていた。
そこへ、男がやってきた。あの村に突然現れた謎の男だった。
なぜここに?
しかし、どうせ夢の中の話なので、深く追及しないようにした。
「可哀想な女だねぇ…」
謎の男は、しみじみと呟いた。
同情しているというより、小馬鹿にしている事があるありと伝わってきた。口元はニヤニヤとし、目は見下したように暗い。
「なぜ?」
「この女は、ずっと夢の中にいるんだよ。異世界転生ファンタジーの夢でも見てるんだろ」
「は?」
「夢が覚めたら、浦島太郎って悲惨だなぁ」
男は、ずっとクスクスと笑っていた。どういう意味なのかさっぱりわからない。
そんな私に男は偉そうに話し始めた。この世は文明が発達して、仕事もそのうち全部ロボットがするようになる。そうなると人口を大幅に削減する必要があるという。今ある仕事は基本的に誰でもできるものしか無くAIにとって変われると男は断言する。
「文明が発達して便利になるのも一長一短だな。文明が発達して、便利さだけを享受している我々は幸せだって断言できるかね?」
コージー村の不便さに馴染んできたは、深く同意する。不便ではあるが、代わりに健康と美容を手に入れたし、スローライフな村の人たちは基本的に人が良い。あれぐらいの文化レベルが人間が生きていくうちにちょうど良いのかもしれない。
「ただ、人口を削減するといっても戦争や爆弾を落とすのもなぁ。無闇に建物を壊すのももったいないしな。ムーンショット計画というのがあるのだ」
「は? ムーンショット計画?」
「ああ。人間にこんな風に異世界ファンタジーを見せて、夢を見せたまま安楽死をしてもらおうっていう政府の一大プロジェクトなんだよ。人々に受け入れやすくして貰うために、あらかじめ異世界もののアニメやライトノベルはわざと流行らせているんだがな。予測プログラミングってやつさ。広告代理店を通してブームなどいくらでも作れるのだよ」
壮大な話でついていけない。いくら夢の中の世界といえど、荒唐無稽すぎないか?
「まあ、今はまだ実験段階だと思うがな。このコージー村も本当に実在するかね?」
「え? どういう事? もしかして、コージー村の世界は全部夢?」
「ご名答!」
男は腹を抱えて大笑いしていた。
夢?
村の事件も牧師さんも全部夢?
足元から全てが崩れていくような感覚に襲われる。
ちょうどここで目が覚めた。
いつものようにクラリッサの屋敷の私の部屋だった。
時計を見るとまだ夜中だった。よっぽど嫌な夢だったのか、汗でパジャマがぐっしょりと濡れていた。
頬をつねると痛い。夢ではないようだったが、あんな夢のせいで今いる世界が本当に存在しているのか、自信が揺らいできてしまった。
この世界は本当にあるの?