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2話 救われた子供

 …


 ……


 ………


「がはっ!!げほっ、かは、ごほ……あ……」


 手が血で真っ赤になる。

 津崎光空として死んで、リアとして死んで、3回目の人生を迎えた。そして、私は───7歳になった。

 神様の言っていた、『生命活動の危機に合わないよう手を回しておく』のは7歳まで。そして、7歳になって、私は全ての記憶が戻った。


 今持っているのは名前だけ。それも、私が赤ちゃんの頃に死なせるために食べさせた彼岸花の毒が効かなかったから、そこから名前をとって“リコリス・ラジアータ”。彼岸花の別名。

 最悪の名前。


 この体は脆くて、それに住んでいる場所も最悪。

 いつかは分からないけど親に捨てられて、孤児院でずっと過ごしている。病気が流行っていて周りには動かない子供たちとハエだらけ。


 孤児院の運営者は、流行病で死んでしまった。もう何日も食べてなくって、虫に囲まれながらゆるやかにみんな死に向かっている。


 誰でもいい。誰でもいいから、ここから連れ出して。


 ………誰が?



 ここはきっと、ゲームの世界。

 だけど、主人公の勇者も聖女もいない。いたとしても、私の事は助けてくれない。こんな町外れにある、孤児院のことなんてゲームにはなかった。

 主人公は、ひたすら大きな事件に挑んで、重い過去のある大切な人のために戦って、英雄として戦いを起こして。


 小さな小さな子供のことは、見ていないだろう。

 ここで血を吐きながら助けを求めている、子供のことなんて。



 推しのレクインに会うために、生きていこうと思ってた。

 もうすでに2回死んでることも、地震で大切な家族も友達もきっと私と一緒に死んでしまったんだろうとか、そういうことをひたすら考えないようにしていた。


 そんなの、もう些細なことで。死が近づいてくる今では、もう何も考えられない。



「レク……イ………ン」


 それなのに、こんな時にまで出てくるのは推しの名前。

 本当に、私、レクインのことが、好きなんだよ。


 あなたに会いたくてしょうがない。

 死にたくないよ。




 ───何がなんでも生き抜いてやれ、と誰かに言われたような気がした。

 生きる。絶対に。

 こんなところで、こんな場所で、何も出来ずに骨になるのを待つなんて、絶対に嫌!!


 どんな手段を使ってでも、誰を踏み台にしようとも、盗みでも何でもいいから。

 生きろ、私。




 体に集まっていた虫を追い払う。

 他の子供を踏みつけるのだって、そんなの気にしてられないほど死体だらけだった。

 踏んだだけでボロボロと体が崩れてしまうほど、他の子供たちは腐っていた。私一人だけ生きているのは、7歳になるまでは神様の加護があったから。

 死ぬ直前だろうに、不思議と体が動く。足が前に進もうとしていて、目が必死になって未来を見ようとする。



 ねえ。ふざけんなよ、神様。

 なんだよ7歳までって。神様なんだから気前よくしろよ。

 どうして私が、こんなに苦しまなくてはいけないの?地震で死んで、多分この地震で家族も友達も死んでて、ゲームの世界でまた死んで、神様に会って、生まれ変わって、流行病でまた死にそうで。

 せめてレクインに会うまでは生きられる体にしてくださいよ。それまで生きていたいの。生きたいよ。


 神様に呪いを向けながら必死に生きたいと懇願する。

 足がガタガタ震えてるけど、孤児院の柱を折って杖として歩き続ける。

 こんな淀んだ空気の中にいたら死んでしまう。ずるずると体を引きずりながら孤児院の外に出て、川の方へと向かっていく。


 まずは水。川のある場所は分かってる。

 川が汚染されていないかは神頼み。その間に魔物と出くわさないかも神頼み。それまで死なないかも神頼み。

 そのあとなんとかして食料を手に入れて、住処を手に入れて、この病気を治すための薬を手に入れて、生きていくための手段を整えて、そして。



「………ぁ」


 川の近くに洞窟があるのを、初めて知った。

 ふらふらと吸い寄せられるように近づいていく。


 心臓がバクバクとうるさい。


 この洞窟に行かなければ。そういう思いが暴れだして、胸がぎゅっと痛んで、お腹がキュッとなる。



 洞窟のすぐ入口には、湧き水があった。おそるおそる飲んでみて、体に染み込んでいくのが感じられた。飲める。水だ、水だよ!


 焚き火の跡があって、その近くにはひからびてカビの生えたパンとカバンが放り出されていた。多分、ここにいた人は後始末もせずにどこかへ行ってしまったんだろう。


 カバンの中身を漁ると、そこから薬草が出てくる。はっきりとした理由がある訳では無いけど、これは、私の病気を治せるものだと直感的にそう思った。

 洞窟の奥に進んでいくと、光の差し込んでいる穴の空いた場所があって、そこからリンゴの木が見えた。あわてて洞窟を出て、山を登っていく。


 ───そこには、たくさんのリンゴが。


 慌てて手を伸ばして齧り付く。

 ボロボロと涙がこぼれていく。何が起こっているのかはさっぱり分からないけど、これで、私は生きられる。

 見捨てた神様がまた戻ってきたみたいだ。


 生きろと誰かに言われてるみたいで。



「…ぇ」


 リンゴの木に、不格好な文字で、“俺様の住処”と書かれていた。その下のところには、“山賊レクイン”と。

 それを見て、ぶわっと涙がこぼれ落ちる。そして、溢れんばかりの愛しさも。好きという気持ちが、明確な形を持って私の中で主張する。



 あなたが。レクインが。

 私を救ってくれたんだね。

 勇者でも、聖女でもなく、あなたが。




 ………


 ……


 …


 これが、私が、あなたのことを好きで好きでたまらなくなって、この生涯をあなたのために捧げようと決めた理由。

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