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エピローグ

「好き…」


 心の中だけでは止められなくなった言葉が、ついに溢れた。

 ぎゃははは!!と笑っていた彼は、大きく口を開けたそのままの姿で、言葉を止めてポカンとした顔で私を見つつ静止する。


 そんな顔も、全部好きで好きでたまらない。


 周りにいた山賊たちも、口を大きく広げて私を見ている。

 その中心にいる彼の、灰色の目を見て、私は笑みが溢れてしまった。

 本当に好き。大好き。好きで好きで、胸のところがギュッとしてて、バクバクしてて、死んじゃいそうなぐらい好き。


「あなたのことが、大好き…!」


 ーーーーー


 津崎光空つざきみそら、14歳。

 オタク道へと片足突っ込んだ状態の中学2年生である私には、最推しがいる。


 本格的なアドベンチャーノベルゲーム『-Into Freedom- あなたのユートピア』通称インフユア。

 勇者もしくは聖女として、敵と戦い世界を回っていくという設定になっていて、最初に戦争モードもしくは仲間モードを選ぶことが出来る。

 戦争モードを選んだ場合は、最終的には戦争へと向かっていき、その中でどのような戦略をたてるかなどが重要になってくる。バトルが多くなっていて、ややこしい政治の事情とかも作りこまれているのが特徴。

 仲間モードを選んだ場合は、ノベルゲーム要素が強くなる。辿り着いた場所で、クエストが発生し、それをこなしていくなかで物語が進行していくのが特徴。アドベンチャー漫画のように主要人物について作りこまれていて、高く評価されている。


 私の最推しは、戦争モードで登場する兵士たち―――でもなければ、仲間モードで登場する主要人物の誰か―――でもない。

 グッズ化もされてなければ、プロフィールすら充分に書かれてもいない。登場する回数はあまりにも少なく、声をあてられてもいない。

 そんな私の最推しは、一番最初のバトルの時のチュートリアルでしか登場しない、山賊レクイン。


 黒を薄くしたような灰色の、眼光の強さが目立つ瞳。鋭い目付きに、ニヤニヤと笑みを浮かべている口元。

 夕焼けのような赤色の髪の中に一束だけ青色が混じっている。派手なストールをハチマキのように頭に巻いていて、多くの余った布を背中に沿って垂らしている。腰あたりまで伸びた赤髪は、ゆるく結んである。

 右目を通る黒色の縦線と、目の下で交差する金色の横線が引かれていて、その出で立ちはまるで道化のよう。

 紺色の道着に、動きやすさを重視したゆったりした茶色のズボン。黒色の靴は魔力を流せるものになっていて、速く移動することができる。

 ソードベルトが取り付けられていて、体の左側に投剣を数本と日本刀が一本。

 右側には、魔力を銃弾として撃つリボルバーピストルがホルスターに入れられている。


 チュートリアルで登場するため、最初の状態の主人公の強さと互角。それ以降は一切登場しない。

 チュートリアルでは、攻撃と回復、必殺技の仕方を説明するために、ある程度強いという設定になっている。

 とはいえ、武器を一段階強いものに変えればもはや主人公の敵ではない。簡単に言えば、最初の雑魚ボス。


 インフユアのプレイヤーが五百人いるとして、一人でもレクインの存在を覚えているかすら怪しい。ただでさえ魅力的なキャラクターはたくさんいるのだから。


 その中で、私はレクインが最推し。とくにきっかけがあったわけではないのだけど、チュートリアルで一目見た時から惹き付けられていた。

 残念なことに誰も分かってくれなかったけど、推しとか尊いとかの気持ちを初めて手に入れた私にとって、レクインは紛れもなく特別な存在になった。



 そして。

 20××年に起こった地震と日本全域を襲った津波によって、私は14歳という若さで亡くなったことを、後に思い知らされた。

 ーーーたすけて。

 そう思ったのを最後に、私の意識が黒色に塗りつぶされたのを覚えている。



 ーーーーー


「ーーー!!!ーーーーー!!!」


 体のあちこちが痛い。呼吸ができない。

 土地をグチャグチャに抉って茶色に染った水に、意識が呑み込まれたのを覚えてる。なのに、まだ私は考えることができている。

 もしかしたらまだ、死んでいないのかもしれない。

 けど、 こんなにも長いこと苦しまなくてはいけないなんて。生き地獄、ってのはこういうことなんだろう。それだったら、苦しむ前に死んでしまいたかった。


「ーーーま!!!ーーーー!!!」


 それにしても騒がしい。

 これだけの大震災が起きたから、慌ただしくなるのも仕方がないのかもしれないけど…。

 頭を打ったのか、声がガンガン響いてよく聞こえない。


「ーーーお嬢様!」


 ……え?お嬢様?

 急に私の人生とは一気に関係無さそうな言葉が聞こえてきて、苦しみに堕ちていく意識が止まる。これは私に向けられた言葉か、それとも違う人か。

 お嬢様なんて、ゲームかアニメぐらいしか聞いたことないのに。身分の序列なんて歴史か遠い国でしか聞いたことがないこの現代で、お嬢様?

 耳鳴りと頭痛と吐き気と腹痛と関節痛が治まり始める。よかった…随分楽になった。


「ああ…エリゼ様、なぜお嬢様が死ななくてはならないのですか…!!」


『エリゼ様』。

 少し残っていた苦しみにもがいていた意識が止まって、オタク脳がにゅっと顔を出した。推しゲームに対する知識と熱情は、地震と津波よりも強いらしい。

 さっきからお嬢様、と何度も連呼している悲しみに満ちた声をしたこの女性。この女性の言ってる『エリゼ様』は、インフユアに登場する女神の名前と同じ。

 数多くのアニメやゲームを楽しんできた私だけど、『エリゼ様』と呼ばれる人物はインフユアにしかいなかったはず。

 エリゼっていう人物は他のアニメにはいたにはいたけど、様付けされるほど偉くなかったし…。

 それじゃあ、ゲームと現実の境界線が曖昧になってしまった人なのかもしれない。かなりヤバい人?


 ああ、もう。

 まぶたが重すぎて開かない。体も思うように動かせないから、目が開いたとしても逃げられないけど。

 でも…ゲームの世界とごっちゃになってるだけで、直接の害はないかもしれない。声をかけてるのは違う人かもしれない。

 …なんか、私の周りに人が集まりすぎてるような気がするのは、なんなの?さっきからどの言葉も私に向けられてるような感じがするけど。

 気のせい。気のせいだよね…?聞いたことない人の声だし…。


「瞳孔の拡大と対光反射の消失を確認しました。心音と呼吸音も聞こえません。心臓の停止も確認できます。8月8日5時37分、死亡を確認しました。」


 肩を掴まれて、揺さぶられる。ちょっと待って、そんなに揺れると吐きそうなんだからやめてよ…!

 それに、今の死亡確認。まさか、私のじゃないよね?だって、私今こうやって考えられてるし、体は動かせないけど感覚があるのに。


「リア…!リア、どうして親よりも先に死んでしまうの…!」


 そっか。私は()()として死んだのか。

 目の前が真っ暗になって、反転した。


 ーーーーー


「津崎光空さんですね。あなたは日本国大震災により亡くなられました。喋ることはできますか?」


 さっきまでのまぶたの開かなさが嘘みたいに、あっさりと目が光を認識した。

 白い部屋。どこまでも続いていそうで、狭いようにすら感じる。いつまでもここにいたらおかしくなりそうで、一番安全な場所にとも思えてしまう。

 私の目の前には、少年がいた。

 空色の目には瞳孔と角膜の境界線が見当たらない。

 海色の髪は見れば見るほど黒く染まっていく。

 肌はあまりにも白すぎて部屋と一体化しているみたい。

 白色の服は一切のシワが見当たらない。彼が手を曲げても、影ができない。

 しかも、パーツごとでは分かるのに、全体像が認識できない。この一つ一つの情報を繋げて形を持たせることができない。


 彼の質問に答えなくてはと、勝手に口が動き出す。


「喋れます」


「あなたは地球上の輪廻の輪から外れ、異なる世界での転生となります。普段ならなんらかの生命体は亡くなった世界での循環となっていますが、日本全域での死亡数が多すぎて間に合わないからです。

 違う世界での転生では、一度その世界に降り立ってから天域に来る必要があります。説明が間に合わないまま空になった器に入れてしまい、混乱させてしまったようですね。申し訳ありません。

 また、このままだと身体の耐久性が脆くなってしまいすぐに戻ってくることになってしまうので、今回のみ記憶を保持したままの転生となります。七歳までは生命活動の危機に合わないよう手を回しておきますので安心してください。質問はありますか?」


 脳に直接刻み込まれるような声。髪のひと房から小指の先まで、あらゆる全ての意識が奪いとられる声。

 彼は、この青と白の少年は、神様だ。それ以外で存在することはありえない。


「大丈夫です」


「それでは、良き人生を」


 微笑を浮かべた神様に見送られつつ、眠ってしまいそうなぐらいポカポカしてくる。感覚が消えていき、身体が、意識が、溶けていく。

 ふわりと浮かんだのは、好きで好きでたまらない推しの顔。リアとして亡くなったあの世界でもう一度転生するのなら、会えるかもしれないなあ…。…会いたいよ…。



 そうして津崎光空は、リアは、ワールドネーム『インフユア』の輪廻の輪に組み込まれた。

 リコリス・ラジアータとレクインの物語は、幕を上げた。

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