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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

洋風ファンタジーの短編集

悪役令嬢と呼ばれたセレスティーヌ

作者: 入江 涼子

 私はこの国――アルテール王国の第一王子のクリフォート殿下から夜会にて婚約破棄を言い渡されていた。


 クリフォート殿下は2代前の王であるセルジュ王の孫だ。王太后となられたエリーゼア殿下がお生みになった母君のオリヴィエ王女――王妃によく似た淡い白金の髪に綺麗な翠の瞳の美男子だが。父君はセルジュ王のはとこに当たる公爵子息で名をカールトン陛下とおっしゃる。セルジュ王には男子が生まれなかった。そのため、遠縁の公爵家から婿をとらねばならなかったのだ。ちなみにオリヴィエ王女は第2子で第1子のウィンティー王女は隣国に嫁いでいた。


「……セレスティーヌ・マリア・オルカイア公爵令嬢。貴様との婚約を今この場で破棄する!」


「……わかりましたわ。クリフォート王太子殿下」


「貴様はこちらのサリア・イアソン伯爵令嬢に対して陰湿な嫌がらせをずっと繰り返していたそうだな。最初は嫌味を言ったりしていたと聞くが」


 キッと私をクリフォート殿下は睨んだ。隣にはふわふわの金色の髪に淡いピンク色の瞳の可憐な令嬢が頬を赤らめて控えている。けれどこの方とは初対面だ。どうやったら嫌がらせなどできるのだろうか。


「王太子殿下。お言葉ながら私はそちらのイアソン伯爵令嬢でしたかしら。今日初めてお会いするのですけど」


「……貴様の言う事など信じられんな。おおよそ嘘をついているんだろうが」


「嘘など申して私に何の得がありましょうか。この度の事は陛下や王妃陛下はご存知なのかしら」


 そう言うと殿下は返答に詰まってしまったらしい。ううとかああとか意味のない言葉を発している。イアソン伯爵令嬢が恐る恐るといった感じで口を開いた。


「……わたくし。オルカイア公爵令嬢には随分と前から嫌がらせを受けていました。最初は嫌みを言われたりしていたけど。しまいには王宮の階段で後ろからいきなり背中を押されて。左腕の骨が折れてしまいましたわ」


「……サリアは本当に大怪我を負ったんだぞ。だというのに貴様はまだ言い逃れをするつもりか!」


「とんだ茶番ですこと。何度も申し上げますけど。イアソン伯爵令嬢とは初対面ですし。確か、左腕を負傷なさったのは今から2ヶ月前でしたか?」


「え、ええ。そうですけど」


「2ヶ月前といったら私はその時期は王都にいませんでしたわ。オルカイア公爵領に戻っていました」


 私がはっきり告げて持っていた扇で口元を隠すと。夜会に来ていた紳士淑女方が不意にざわめいた。クリフォート殿下やイアソン伯爵令嬢もさっと顔色を青白くさせる。


「……ですから。イアソン伯爵令嬢を苛め抜く道理がありませんわ。私を糾弾なさるつもりならきちんとした証拠固めをしてからにしてくださいな」


「……オルカイア公爵令嬢。まだそうやって言い逃れをするつもりですか。白々しいわ!」


「言い逃れですか。寝言は寝てからおっしゃいな」


 私が応酬するとイアソン伯爵令嬢はギリッと唇を噛み締めた。悪鬼のような形相で私を睨む。余程、私の事が気に食わないらしい。クリフォート殿下も鋭い目つきでこちらを睨んできた。


「くっ。これだからあんたはムカつくのよ。悪役令嬢なら大人しくしておきなさいよね!」


「あら。私は悪役令嬢などと言う不名誉な呼び方をされる覚えがありませんわ。それから身分をわきまえなさい」


「今さら何を言っているのよ。あたしは今や王太子の婚約者なの。破棄されたあんたとは雲泥の差も良いところだわ。騎士達、この女を地下牢に連れて行きなさい!」


 ざっと大勢の騎士達が私を取り囲む。扇をパチンと閉じてうっそりと笑った。


「……ほほっ。このごに及んで王太子の婚約者面ですか。余程、頭がおめでたいようね」


「……セレスティーヌ!!」


 後ろから若い男性らしい声で呼びかけられた。振り返ると白銀の髪を短く切り揃えて黄金の瞳がまた神秘的な極上の美男が佇んでいる。クリフォート殿下が目を見開き固まった。


「……なっ。ハーヴェン従兄上!?」


「……セレスティーヌ。間に合ったようだな」


「ええ。よくお越しくださいました。ハーヴェン王太子殿下」


 私がカーテシーをするとハーヴェン王太子殿下――隣国のウィングランテ王国王太子は鷹揚に頷いた。ちなみにハーヴェン殿下は目の前で固まるクリフォート殿下の従兄弟に当たる。つまりは現王妃のオリヴィエ妃の姉君――ウィンティー王妃のご子息でもあった。ご年齢は私が18歳、クリフォート殿下は19歳、イアソン伯爵令嬢はたぶん16歳で。ハーヴェン殿下が20歳だったか。


「……では。クリフォートが婚約を破棄したなら。私と共に行こうか」


「……ハーヴェン殿下?」


「父上や母上から許可はいただいている。既にアルテール国王陛下や王妃陛下にも知らせは届いているしな」


 ハーヴェン殿下の言葉を聞いてクリフォート殿下やイアソン伯爵令嬢の顔色は青い色から赤色に変わった。まあ、お忙しい方達だわね。そう内心で笑った。


「……従兄上。セレスティーヌ嬢と婚約をするのですか?」


「そのつもりだが」


「やめておいた方がいいのでは?」


 クリフォート殿下もとい、王子がそう言ったが。ハーヴェン殿下は何を今更と嘲笑した。


「その言葉そっくり返させてもらうぞ。イアソン伯爵令嬢だったか。セレスティーヌに濡衣を着せようとした事や虚偽の申告。不敬罪や国家反逆罪に相当するな」


「……従兄上?!」


「クリフォート。目を覚ませ」


 クリフォート王子は目を見開いて固まった。不意に後ろから大声が聞こえた。


「……クリフォート。勝手な真似をしてくれたな!」


「……ち、父上」


「お前はなんという事をしてくれたんだ。セレスティーヌ殿の実家であるオルカイア公爵家がお前の後ろ盾になってくれたから。今の立場があるんだぞ。それを忘れたか」


 振り向くとそこには怒りのために顔を赤くさせた国王陛下が王子やイアソン伯爵令嬢を睨みつけていた。ハーヴェン殿下が無言で私の前に立ちはだかる。


「……私はセレスティーヌ嬢とこのまま婚姻するのは苦痛で仕方なかった。冷たい態度だし愛想はないし。その点、サリアは明るいし可愛げがある。彼女に惹かれるのは当然ではありませんか?」


「……何をあほな事を言っておる。お前、サリアといったか。そこの娘が身分の高い貴族の息子達ばかり狙っていたのを知らぬのか!」


「なっ。父上はご存知だったのですか?!」


「一通りの事は調べがついておる。その娘は男を取っ替え引っ替えしておったと言うではないか。しまいには王太子であるお前まで毒牙にかかるとは。情けないにも程があるわ」


「……クリフォート。サリア殿はセレスティーヌに嫌がらせを受けていたと吹聴していた。まあ、自作自演だろうがな」


 陛下にハーヴェン殿下も被せて言った。イアソン伯爵令嬢もとい、サリアは愕然とした表情になっている。


「騎士達。サリア・イアソンを拘束せよ。地下牢に連れて行け!」


「……父上。サリアを捕らえると言うのですか?!」


「当たり前だろう。あの娘はお前のみならず、セレスティーヌ殿まで巻き込んだ。何でもセレスティーヌ殿を弑する計画まで立てておったと言うではないか!」


 私は陛下のお言葉を聞いて目を見開いた。その間にもサリアは騎士達に取り押さえられる。彼女は何事かを叫ぶ。


「……ちょっ。離してよ。セレスティーヌ・オルカイア。あんたのせいよ。あんたさえいなければ、あたしはヒロインでいられたのに!」


「……連れて行け」


 陛下の低く冷たい声で命じられて騎士達は無言でサリアを荒縄で両腕を拘束した。また、余計な事を言わせないために猿轡を噛まされてもいる。私はハーヴェン殿下やクリフォート王子、陛下共々でサリアが引きずられて行くのを見送った。


 その後、陛下はクリフォート王子の横っ面を握り拳で殴った。ガンッと鈍い音がして王子の身体が後ろに吹き飛んだ。


「……こんの馬鹿者めがぁ!あんな阿婆擦れに騙されおって!!」


「……ち、父上。ここは大広間で。まだ夜会の途中ですよ」


「黙れ。ほとほとお前には愛想が尽きた。クリフォート。お前から王太子の位を剥奪する。継承権もな。その上で北の離宮に幽閉だ。まあ、廃嫡すると言った方がわかりやすいか」


「陛下。よろしいのですか?」


「セレスティーヌ殿。そなたには本当に悪い事をした。すまない。新しい王太子には娘のカーラディアを据える。あの子なら聡明だし真面目だ」


 疲れ切ったように陛下は苦笑しながら言った。私は同じように笑いながら頷いた。


「その方がようございますね。カーラディア殿下なら陛下のご期待に見事に応えられるでしょう」


「……セレスティーヌ殿もそう思ってくれるか」


「はい。では私はそろそろお暇してもよろしいでしょうか?」


「構わぬ。そうだな。ハーヴェン殿下。セレスティーヌ殿をよろしくお願いしたい」


「……わかりました。陛下のお言葉なら」


 ハーヴェン殿下は頷く。陛下は残った騎士達に命じてクリフォート王子を拘束させた。王子は大人しくされるがままだ。私は苦い気持ちを抱えた状態でハーヴェン殿下と共に大広間を後にした。


 馬車に乗ってハーヴェン殿下と2人で乗り込む。やはり緊張していたのか座席に腰掛けた途端、どっと疲れが出たようだ。馬車の壁面にもたれ掛かる。殿下の御前だがこればかりは仕方ない。


「……セレスティーヌ。俺はしばらくアルテール国に滞在するから。その間に婚約破棄の手続きや荷造りをするといいだろう。そうだな。半月はいられるよ」


「……殿下。この度はご迷惑をおかけしました。けど。いらしてくださりありがとうございます」


「俺は大した事はしていないよ。まあ、君から「クリフォートから婚約破棄をされるかもしれない」と手紙をもらっていたし。間に合って本当に良かった」


 殿下はそう言って私の隣にやってきた。そのまま腰掛ける。肩を抱かれた。


「あの馬鹿には感謝をしているよ。これで心置きなく君を口説ける」


「……殿下」


「……ハーヴェと呼んでくれ。セレス」


 低い囁き声で言われた。私は顔に熱が集まるのがわかった。殿下――ハーヴェ様は右頬に軽くキスをしたのだった。


 あれから私はてんやわんやの半月を送る。両親にクリフォート王子から婚約破棄をされたと説明をしたら。父は激怒しながら「あんの馬鹿王子。せっかくうちの1人娘を妃にと約束してやったのに。反故にしてくれるとはな」と言っていた。母は「呆れたわ。あの賢明なカールトン陛下のご子息とは思えないなさりようね」と冷たく言い放つ。まあ、2人共かなり怒り狂っていたのは事実だ。その上でクリフォート王子は王太子の位や継承権を剥奪された事、北の離宮に幽閉が決まった事も話してみせた。


『……ああら。自業自得ね。まあ、カーラディア姫がおられて良かったわ』


『全くだ。なんの為にお前を婚約者にしたと思っているんだか。あの若造にはほとほと呆れ果てた』


 両親はそう言って私を慰めてくれた。父は頭を撫でながら「よく頑張ったな」と言ってくれるし。母も「セレス。あなたは流石に私達の娘ね。辛かったでしょうに」と言って抱きしめてくれた。泣いてしまったのは不可抗力と言えるだろう。


 半月後に私は婚約破棄の手続きを無事に終えた。カールトン陛下はお詫びにと慰謝料として800万ディルという大金と王妃――オリヴィエ様や新しく王太子となられたカーラディア殿下お手製のヴェールなどを贈ってくださった。髪用の香油やお化粧品などの細々とした物まであってさすがに驚いたが。


 今日はハーヴェ様と共にウィングランテ王国に旅立つ日だ。私は旅装用のドレスに灰色の外套を着ている。ハーヴェ様は私の黒髪の一房を手に取った。ちなみに瞳は淡い紫色をしているが。


「セレスティーヌ。やっと君を我が国に迎える事ができるな」


「……ええ。昔からハーヴェ様をお慕いしていました。やっとクリフォート王子と婚約を破棄できましたわ」


「セレス。最初から君はクリフォートとの婚約は嫌だったんだな。だから俺に知らせてきたのか」


「……ええ。その通りですわ。私はクリフォート王子が心底嫌いでした。なのに無理に婚約者にさせられてどれだけ嘆いた事か。今でも思い出しますわ」


「そうか。ならいいんだがな」


 ハーヴェ様は納得したように言った。私はにっこりと笑う。メイド達も既に馬車に乗り込んだらしい。従者が出立だと知らせてきた。2人で手に手を取り合って馬車に乗り込む。両親に見送られながらウィングランテ王国に旅立った。


 すったもんだの末に私はハーヴェン王太子と無事に婚約できた。ウィングランテ王国の国王陛下や王妃陛下は歓迎してくださった。また、母国のアルテール王国の陛下や王妃陛下、王太后のエリーゼア殿下、王太子のカーラディア殿下から祝福の手紙が届いた。それぞれに私はお礼の手紙を送った。そうして翌年に私は晴れて王太子妃となる。カーラディア殿下もアルテール国内の公爵子息と婚約なさったと聞いた。

 これにはほっと胸を撫で下ろす。後ろからハーヴェ様に不意に抱きしめられた。


「……セレス。体調はどうだ?」


「……今日は良いようです」


「そうか。けど。無理はするなよ」


 私は笑いながら頷いた。実は4ヶ月前に懐妊がわかってそれからはこの調子だ。ハーヴェ様は凄く過保護になった。まあ仕方ないかな。そう思いながらもお腹を撫でた。


 半年程経って私は元気な女の子を生んだ。ハーヴェ様の喜びようはかなりのものだった。名前をこの子はソレンヌと付けられる。ソレンヌは淡い白銀の髪に薄い紫の瞳の綺麗な赤子だ。将来はさぞや美人に育つだろうと思われた。


 ソレンヌを抱いて私は低い声で子守唄を歌う。傍らにはアルテール国からやってきた母や乳母がいる。


「……本当にセレスが幸せになれて良かったわ」


「私の無理な要請なのに。いらしてくださりありがとうございます。お母様」


「何を言っているの。水くさいわよ。セレス」


 母は苦笑いしながら言った。立ち上がると私からソレンヌを受け取った。よしよしと頭を母が撫でるとソレンヌはきゃっきゃっと声をあげた。嬉しそうだ。母は乳母と共にソレンヌを子供部屋に連れて行く。


「……義母上は子供部屋に行ったようだな」


「……そうですね」


「セレス。君も休みなさい。昨日はよく眠れなかったろう」


 私は頷いた。ハーヴェ様は心配そうだ。2人で寝室に行き、少し仮眠をとった。


 こうして後に私はハーヴェ様との間にソレンヌを筆頭に8人もの子をもうけた。子供達はすくすくと育つ。ハーヴェ様は既に国王となり賢君として民からは尊敬されていた。ちなみに娘が3人で息子が5人だが。まあ、今日も王宮は賑やかで平和だ。私とハーヴェ様は秋の穏やかな陽だまりの下で子供達と笑い合った。


 ――終わり――


 

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