三夏
日付が変わる頃、3人は後片付けを済ませて、学校を後にした。
有吾が眠っている三夏を背負い、このままでは壊れているフェンスからは抜け出せないので、堂々と正門から出ていく。
いつも学校から帰っていく道を、もう、二度と一緒に歩くことの無い二人と進んでいく。
そんな寂しい感情が解ったのか、響也は明るい声で話し出した。
「あーぁ、結局、有吾に持っていかれるのか。でも、三夏っちゃんは、有吾にはもったいないよな」
「言えてる」
有吾は焦ったように二人を見た。
「なっ、何言ってんだよ?」
響也は笑顔のまま話し出した。
「俺も大樹も、昔っから三夏っちゃん狙っていたんだ」
「そうそう」
「えっ、だったら、どうしてお前ら………」
響也は自嘲した様に笑った。
「俺等も幼馴染みだぜ? 三夏っちゃんが誰を待っているかぐらい解るよ」
「そうだよ、振られて他人行儀に成るより、このまま幼馴染みで居たかったんだよ」
大樹は不貞腐れた様に付け加えた。
「………お前ら」
「それに、持ってかれるなら、同じ幼馴染みなら納得も出来るしな」
「それは言えてる。全く知らない奴より全然いいよ」
有吾はその台詞に黙り込んだ。
「俺な、もうすぐこの町を出ていくけど、三夏っちゃん泣かせたら、今の彼女置いといて、直ぐにこの町に戻ってくるからな」
「俺もしばらくは、世話になったバイク屋で働いていくけど、リハビリとか終えたら、レーサーを本格的に目指すためにこの町を出ていく。でも、三夏ちゃんが泣いてたら、飛んで帰ってくるからな」
その二人の台詞に、有吾はもう一つの覚悟を語った。
「解った。………もう逃げねーよ。悪かった」
その台詞で、二人は満足そうに笑い、有吾の背に体を預ける、頬を赤くした、眠ってるはずの三夏に対して頷いた。
「さっ、だったら俺たちは帰るか」
「そうだな、俺も明日は朝からバイトだ」
「えっ、お前ら帰るのか?」
「あぁ、今日は楽しかったな」
「また、集まった時にでも呑もう」
そう言って、学校の前にある、坂道を下っていく。
いつもは、意味のない授業に向かう、鬱陶しくて、憂鬱な気分にさせていた坂道が、今は短く感じ、離れたくない気分でいっぱいだった。
響也は、「この町を出ていく前には、また顔を出す」と約束して帰って行った。
そしてしばらく同じ方向に進む大樹は、照れたように声をかけた。
「なぁ、有吾」
「何だ?」
「お前にさ、その、………お前の夢に、少しでも隙間があるのなら、俺とは違って、好きなヤツを、お前の見たい風景に連れて行ってやれよ。俺は、それが出来なかったから」
そう言って、右手を上げると「またな」と帰って行った。
有吾は意味が解らずに、呆気にとられた顔のまま、その背中を見送った。
それから自分のマンションに向かいながら、少し昔を思い出していた。
初めて三夏に会った当時の事を。
幼稚園に入る前の話だ。
同じ年の有吾は三年保育で、三夏は一年保育だった。
だから三夏は、これから進む状況を不安に思い、いつも公園で遊んでいた有吾に尋ねた。
『幼稚園って、何するところなの?』
そしたら、有吾は言ったのだ。
『みんなで楽しく遊ぶところ』
『怖くない?』
『怖かったら、夏は有と一緒に居たらいいよ』
そんな簡単な台詞で、一緒の時間を共有した。
そして、大樹や響也も加わり、いつも一緒に居た。
小学校に入ってからは、男女の遊びの違いから、一度は一緒に遊ばなくなっていたが、高学年辺りから、どちらともなく、よく話すようになっていた。
そして中学に入り、その辺りから、なんとなく意識しだしたんだと思う。
しかし、幼馴染みというのは、思春期の頃の恥ずかしい失敗や内容も、全て知っている存在だ。
だから、どこかで友人という項目で、距離を取っていたんだと思うが、離れたいとは思ったことも無かった。
「あのね、」
そこで急に声が掛かり、有吾は驚いた。
「何だよ三夏、起きてたか?」
「………うん」
「どこから狸寝入りしてたんだ? 結構重いのに」
いつもなら、「どこが重いのよ!」なんて反抗してくるのだが、今は素直に答える。
「飲んでいる時に、狩ちゃんが話し出したところから………」
「………そっか」
頷いてそのまま進む。
「ねっ、私、………今目指している大学を、諦めようかと思ってたの」
有吾は黙ったまま歩いて行く。
「その、先生にも難しいって言われたし、自分でも無理してるって解ったし、それに、その大学を受ける理由も無くなったし………」
今、三夏が目指している大学は、有吾が先生から勧められていた大学だった。
有吾は立ち止まり、静かに聞いた。
「………俺のせいか?」
三夏は有吾の背中にもたれかかり、呟くように答えた。
「解らない………」
有吾は再び歩きだす。
「なぁ、」
「………ん?」
「この町ってさ、小さくって、何も無くて。………だけど、俺にとっては何でもそろう町なんだ」
「………」
「大樹や響也は、自分のため、この町を出ていくけど、俺はこの町に残ろうと思う。あいつらが、いつでもフラっと帰ってこれるようにしたいし、それに………」
三夏は有吾の背中に顔を埋める。
「悲しい時、苦しい時が、これからもあると思う。だけど、俺はあいつらに負けたくないから」
有吾は立ち止り、三夏を下ろして、正面から彼女を見る。
「だから、俺は、大学には行かず、今の気持ちを書いて、頑張って行こうと思う。でも、それに三夏を巻き込みたくない。だから、三夏は自分の行きたい大学に行けよ」
三夏は何かを我慢したような顔で、下を向く。
「だっ、だったら、私は今の大学を目指すよ。………有吾が居なくても、私はそこに行く」
「うん、三夏がそうしたいなら、俺は応援する」
三夏は、それが答えだと思い、下を向いたまま肩を震わせた。
「そうだね。………狩ちゃんは優しいから、友達として応援してくれるよね」
「今はな。今は三夏の大切な時期で、三夏の邪魔をしたくない。だから、今は三夏の目標にむかって受験を頑張ってくれ。それで、その結果が出たら、俺から言いたいことがあるんだ」
有吾は恥ずかしそうに目線を外し、三夏は、ゆっくりと顔を上げる。
「言いたい事って、なに?」
「それを今言ったら、意味がないだろ!」
「だけど、そんなの、気になって受験に打ち込めないよ!」
「それは、俺の言葉が悪かった。だけど、今は三夏の邪魔をしたくないから、忘れてくれ」
「だったら、受験を諦めたら、その言葉って、今聞ける?」
「それなら意味ないじゃん」
「だったら、受験の邪魔じゃなくて、逆にやる気は出るかも知れないなら?」
有吾は悩んだ挙句に、軽くため息を吐いた。
たしかに、あいつらにも逃げないと約束した後だ。
「解ったよ。ちゃんと伝える」
「はい」
覚悟を決めた様に、三夏は姿勢を正した。
「三夏さん、」
「はい」
「俺と、付き合ってください!」
「はい」
答えは有吾の言葉とかぶるぐらい早く帰って来た。
二人は照れたように、お互いの顔をチラッと見てから、笑った。
「私達、付き合っちゃね」
「そうだな」
「どう? 後悔してる?」
三夏は、有吾に手を差し出す。有吾はその手をつないだ。
「どうだろ? でも、三夏のために、絶対がんばるって、やる気は出たな」
「私もだよ。もう一個、上の大学を目指せそうなぐらい」
「それは無謀、辞めて!」
「そんなに真剣に否定しないで。落ち込むから」
そう言って、二人して笑った。
「さっ、そろそろ帰ろうか。家まで送るよ」
「あっ、でも、今日は帰れないよ。千佳のところに泊まることになってるし、お酒の匂いもしてるし」
「それじゃ、」
「しっ、仕方がないよね?」
二人は手をつないだまま、慣れ親しんだ通学路を進んでいった。