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I'm?(私は?)  作者: オトノツバサ
8/11

それぞれの道

 22時半


 十月半ばの気温は、夜だと言うのにまだまだ暖かく、軽い上着を羽織るだけで十分だった。

 四人は笑い話しながら、慣れ親しんだ通学路を離れ、いつもと違う道をたどり、壊れているフェンスを潜り抜け、学校に入った。

 こんな夜に学校に来ることは、今まで無かった。


「どのあたりで呑む?」


 コンビニのビニール袋をひっさげながら、夜の真っ暗な学校の校庭を歩き回る。


「そうだな………あっ、あの体育館の裏手の辺りは?」

「おっ、良いね。ちょうど周りからも見えないし、そこならバレそうにないな」


 四人は体育館と倉庫の間を陣取ると、懐中電灯をランタン代わりに、酒を取り出し、お菓子の袋を開けた。


「あんな啖呵(たんか)を切って辞めたのに、こうやって、またすぐに学校に来てしまうとはな」

「とにかく、俺や大樹はもう来ることの無い、この学校の最後の記念っう事で」

「俺は、謹慎を食らわせられたことに、恨みをこめて!」

「あー、それは自分が悪いのに」

「何より、あのクソセンコーめ、覚えていろ! カンパーイ!」

「何、その合図、乾杯しにくいわよ!」

「カンパーイ!」


 四人は笑いながら、慣れない酒を片手に、昔話に花を咲かせていく。

 初めて四人が出会った日の話。

 小学校や、中学校の時の、たわいもない話。

 地元の高校に入って、入学式で有吾が遅刻してきた話。

 三夏が一年の時に、自分で前髪を切って切りすぎて、しばらくぱっつん前髪で過ごしていた時の話。

 大樹が初めてバイクに乗った時の話。

 響也がナンパで他校の生徒ともめて、みんなで逃げた話。

 その当時は真剣で、けれども今は笑い話で、今を忘れたいように、そんな昔話ばかりをしていた。


「それでよ、俺が教えてやったのに、有吾は素な顔でとぼけやがんだもん。マジかって思ったよ」

「あー、有吾って天然ぽいとこあるよな」


 そんな会話の途中で、三夏は座ったまま、ウトウトと頭が揺れ、手に持っていた缶を落とす。


「あっ、ごめん、こぼしちゃった」

「三夏、眠いんだったら、こっちの壁にもたれたら?」


 有吾の言葉に、三夏は素直に従い、彼の側に行くと壁にもたれた。

 そこで有吾は、自分の上着を彼女に掛ける。


「ありゃ、紳士だね」


 響也はそう茶化せ、有吾が慌てながら「いや、俺は酒でほてって、熱いから」っと言い訳をした。

 しばらくすると、三人は黙り込み、懐中電灯の光を眺めた。


 それぞれがこの学校での出来事に思いを巡らせて、沈黙が続く。

 辺りは、秋の虫たちの音色に支配されていた。

 三人は無言のまま、今までの自分たちの世界のすべてだった、この学校に想いを馳せていた。


 有吾は空を見上げる。


 雲一つも無い空には、満天の夜空が広がっていた。

 空に星があるのは解っていたが、それを眺める時間が無くなり、いつの間にか忘れていた。


 激しく輝く星や、遠く暗いが輝いている星。

 こんなにゆっくりと星を眺めるのはいつぶりだろうか。

 そんな事を考えている時、響也が沈黙を破った。


「………俺、………この町を出ようと思うんだ」

「どうして?」


 有吾は驚きながらも、静かに問いかける。


「俺な、彼女と二人で、ここから離れた街で暮らそうと思って………」


 二人は黙ったまま、響也の次の言葉を待った。


「あいつな、俺より一つ年下なんだけど、高校に行ってないんだ。だけど、頭が悪い訳じゃねーぞ。話しても、頭の回転も速いし、色々事も知ってるしよ………でもな、親に学校に行かせてもらってないんだ」


 響也はそこで、勢いを付けるように一気に酒を煽る。


「DVってやつか?」

「あぁ。彼女の親は離婚してて、片親なんだ。しかも、ギャンブルに依存していて、彼女は中学校を卒業してすぐに働かされ、その、自分で稼いだ金も、全て取られているんだ」


 そう、苦しそうな呼吸と共に、一気に吐き出した。


「最近は、その母親に彼氏が出来たらしくって、そいつが家に入り浸っていて、家の中でも居場所が無いって言ってた。夏休み中は、俺がかくまってやってたけど、バイトの給料日になると、あいつの事を探しまくるんだ。親は、あいつの事金づるとしか見て無いんぜ!」


 有吾も大樹も何も言えなかった。響也はさらに続ける。


「あいつ、中学のころから服を買ったことが無くて、毎日、同じ服を着てるんだぜ! しかも、飯だって毎日食べてる訳じゃねーんだ! 同じ国に暮らしてるのによ、俺等がおやつに喰っている、やっすいハンバーガーを、うまいうまいって言って笑うんだよ。………だけど、こんな事、誰に相談していいか解んなくてよ」

「響也、それで今まで黙っていたのかよ」


 響也はゆっくりと顔を上げる。

 その頬は涙で濡れていた。


「これって、夢を追ってる、お前達からしたら、バカげた話かもしれない。それでも、俺は、彼女と共に、別の場所で生きていくつもりだ!」


 そこで大樹は大声を上げた。


「バカな事なんてあるか! 他人のため、彼女のために生きようと思ったお前は立派だよ! 俺なんて………」


 そう言って、大樹は自分の右手を前に出し、握ろうとするが、指は中途半端なまま握れない。


「こんな体になってまで、未練がましく夢を追っている。バイクに………少しでもバイクに触れることをしようとして。笑うぜ! リハビリが終わっても、まともにハンドルを握ることが出来ないかも知れないなのにだぜ!」


 そう言って、大樹も缶ビールを煽った。


「なのに、あんなに裏切った美加と別れて、親まで裏切って。まだ、夢にしがみ付いている。………こんなの、ぜってー、お前ら二人に追いつけっこねーのに!」


 そう言って、何かを隠すように下を向いた。

 響也も同じく下を向く。

 そんな最中、有吾は本当に悔しそうに、微かに笑った。


「いつからだろうな、こうなってしまったのって………」


 大樹と響也は顔を上げ、有吾を見る。

 今度は有吾は目を瞑る。


「さっきまで話していたけど、高2の時なんて、学校で楽しくやっていたら、それでよかったのに。高3に入って、先を考えると怖くなってさ………」


 有吾は勢いを付けるように、缶ビールを煽る。

 二人は何も言わず、そのまま有吾を見ていた。


「俺はいつも、お前たち二人のように戦おうとはせず、今の現状を、親のせいにして、逃げることばっかり考えていたんだ」


 有吾は、今まで自分にすら隠していた本心を伝える。


「色々な言い訳をつけては、他人のせいにして、結局は逃げていたんだ。お前ら二人と同じように、俺だけが置いてけぼりにされる気分になって。だけど、それは俺だけじゃない――――三夏だってそう思っていたみたいだ。みんな、俺たちと同じだったんだよ。世の中の社会を、一人で進んでいくのが怖かっただけかも知れない。だけど………」


 そして、空を見上げて付け足した。


「そうやって進まねーと、前に行けねーみたいだし」


 そう言って、満足そうに笑う。

 確かにそうだったんだ。

 反抗していたのは、強がっていたのは、怖かったからなんだ。


 有吾は、半分しか残っていないような酒を、空に掲げた。


「確かにな、俺は怖かった。誰の助けも無くて、一人で前に進むのが。辞めようと思っていた………。大学に行ってからでも遅くは無いって思っていた。――――だけど、今、大学に行ったら、大樹や響也に負けちまう。だから、今から俺はお前たち二人に負けない様に頑張る」


 そして、ふっけれた様子で、大樹と響也を見る。


「本当にやりたいことをやって、3人でこの学校の奴に襲えて遣ろうぜ! こんなつまんねー3人が、夢や、愛のため、他の奴が出来そうにないことをやってやったって、胸張って行こうや!」


 二人はしばらく頬を赤めながら、そんな有吾を見ていたが、急に笑い出した。


「お前、やっぱ売れねーわ。そんな臭い台詞を言うようじゃ、誰もお前の小説買わねーよ」

「うっ、うるっさい! だったら、テメーらが死ぬほど買って、俺をミリオン作家にさせれば良いじゃねーか!」

「50万部づつか? 無茶言うな!」


 3人は笑いながら、いつも(・・・)に戻っていく。


「自分でいっぱい買えって言っといて、何だけど、なんで、お前らしか買わねー計算なんだよ?」


 きっと。


「お前のファンって、俺等ぐらいだろ?」


 これからもずっと。


「これからもっと増えるんだよ! そのころには、お前らが、サインしてくれってせがんでも、してやらないからな!」


 忘れないだろう。


「それなら、今してもらっておいて、後でそのサイン売ろうぜ!」


 今日ここで、三人で泣いてた頃を。


「そんで、その金で、また有吾の本買ってやるから」


 まだまだ小さくって、世間知らずなガキで、何も出来ない無力だった頃。


「なんか嫌だな、その金の流れ!」


 そう笑いながら、3人が振り向いた先には、誰もいない夜の校舎が、ただただ佇んでいた。

 夜で違う場所に見えるが、確かにここは慣れ親しんだ、嫌な事も、楽しい事も、悩んだ事もいっぱいあった、学校だった。


 また、苦しくなったら、思い出すだろう。


 この足掻いていた、高校生活を。

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