それぞれの道
22時半
十月半ばの気温は、夜だと言うのにまだまだ暖かく、軽い上着を羽織るだけで十分だった。
四人は笑い話しながら、慣れ親しんだ通学路を離れ、いつもと違う道をたどり、壊れているフェンスを潜り抜け、学校に入った。
こんな夜に学校に来ることは、今まで無かった。
「どのあたりで呑む?」
コンビニのビニール袋をひっさげながら、夜の真っ暗な学校の校庭を歩き回る。
「そうだな………あっ、あの体育館の裏手の辺りは?」
「おっ、良いね。ちょうど周りからも見えないし、そこならバレそうにないな」
四人は体育館と倉庫の間を陣取ると、懐中電灯をランタン代わりに、酒を取り出し、お菓子の袋を開けた。
「あんな啖呵を切って辞めたのに、こうやって、またすぐに学校に来てしまうとはな」
「とにかく、俺や大樹はもう来ることの無い、この学校の最後の記念っう事で」
「俺は、謹慎を食らわせられたことに、恨みをこめて!」
「あー、それは自分が悪いのに」
「何より、あのクソセンコーめ、覚えていろ! カンパーイ!」
「何、その合図、乾杯しにくいわよ!」
「カンパーイ!」
四人は笑いながら、慣れない酒を片手に、昔話に花を咲かせていく。
初めて四人が出会った日の話。
小学校や、中学校の時の、たわいもない話。
地元の高校に入って、入学式で有吾が遅刻してきた話。
三夏が一年の時に、自分で前髪を切って切りすぎて、しばらくぱっつん前髪で過ごしていた時の話。
大樹が初めてバイクに乗った時の話。
響也がナンパで他校の生徒ともめて、みんなで逃げた話。
その当時は真剣で、けれども今は笑い話で、今を忘れたいように、そんな昔話ばかりをしていた。
「それでよ、俺が教えてやったのに、有吾は素な顔でとぼけやがんだもん。マジかって思ったよ」
「あー、有吾って天然ぽいとこあるよな」
そんな会話の途中で、三夏は座ったまま、ウトウトと頭が揺れ、手に持っていた缶を落とす。
「あっ、ごめん、こぼしちゃった」
「三夏、眠いんだったら、こっちの壁にもたれたら?」
有吾の言葉に、三夏は素直に従い、彼の側に行くと壁にもたれた。
そこで有吾は、自分の上着を彼女に掛ける。
「ありゃ、紳士だね」
響也はそう茶化せ、有吾が慌てながら「いや、俺は酒でほてって、熱いから」っと言い訳をした。
しばらくすると、三人は黙り込み、懐中電灯の光を眺めた。
それぞれがこの学校での出来事に思いを巡らせて、沈黙が続く。
辺りは、秋の虫たちの音色に支配されていた。
三人は無言のまま、今までの自分たちの世界のすべてだった、この学校に想いを馳せていた。
有吾は空を見上げる。
雲一つも無い空には、満天の夜空が広がっていた。
空に星があるのは解っていたが、それを眺める時間が無くなり、いつの間にか忘れていた。
激しく輝く星や、遠く暗いが輝いている星。
こんなにゆっくりと星を眺めるのはいつぶりだろうか。
そんな事を考えている時、響也が沈黙を破った。
「………俺、………この町を出ようと思うんだ」
「どうして?」
有吾は驚きながらも、静かに問いかける。
「俺な、彼女と二人で、ここから離れた街で暮らそうと思って………」
二人は黙ったまま、響也の次の言葉を待った。
「あいつな、俺より一つ年下なんだけど、高校に行ってないんだ。だけど、頭が悪い訳じゃねーぞ。話しても、頭の回転も速いし、色々事も知ってるしよ………でもな、親に学校に行かせてもらってないんだ」
響也はそこで、勢いを付けるように一気に酒を煽る。
「DVってやつか?」
「あぁ。彼女の親は離婚してて、片親なんだ。しかも、ギャンブルに依存していて、彼女は中学校を卒業してすぐに働かされ、その、自分で稼いだ金も、全て取られているんだ」
そう、苦しそうな呼吸と共に、一気に吐き出した。
「最近は、その母親に彼氏が出来たらしくって、そいつが家に入り浸っていて、家の中でも居場所が無いって言ってた。夏休み中は、俺がかくまってやってたけど、バイトの給料日になると、あいつの事を探しまくるんだ。親は、あいつの事金づるとしか見て無いんぜ!」
有吾も大樹も何も言えなかった。響也はさらに続ける。
「あいつ、中学のころから服を買ったことが無くて、毎日、同じ服を着てるんだぜ! しかも、飯だって毎日食べてる訳じゃねーんだ! 同じ国に暮らしてるのによ、俺等がおやつに喰っている、やっすいハンバーガーを、うまいうまいって言って笑うんだよ。………だけど、こんな事、誰に相談していいか解んなくてよ」
「響也、それで今まで黙っていたのかよ」
響也はゆっくりと顔を上げる。
その頬は涙で濡れていた。
「これって、夢を追ってる、お前達からしたら、バカげた話かもしれない。それでも、俺は、彼女と共に、別の場所で生きていくつもりだ!」
そこで大樹は大声を上げた。
「バカな事なんてあるか! 他人のため、彼女のために生きようと思ったお前は立派だよ! 俺なんて………」
そう言って、大樹は自分の右手を前に出し、握ろうとするが、指は中途半端なまま握れない。
「こんな体になってまで、未練がましく夢を追っている。バイクに………少しでもバイクに触れることをしようとして。笑うぜ! リハビリが終わっても、まともにハンドルを握ることが出来ないかも知れないなのにだぜ!」
そう言って、大樹も缶ビールを煽った。
「なのに、あんなに裏切った美加と別れて、親まで裏切って。まだ、夢にしがみ付いている。………こんなの、ぜってー、お前ら二人に追いつけっこねーのに!」
そう言って、何かを隠すように下を向いた。
響也も同じく下を向く。
そんな最中、有吾は本当に悔しそうに、微かに笑った。
「いつからだろうな、こうなってしまったのって………」
大樹と響也は顔を上げ、有吾を見る。
今度は有吾は目を瞑る。
「さっきまで話していたけど、高2の時なんて、学校で楽しくやっていたら、それでよかったのに。高3に入って、先を考えると怖くなってさ………」
有吾は勢いを付けるように、缶ビールを煽る。
二人は何も言わず、そのまま有吾を見ていた。
「俺はいつも、お前たち二人のように戦おうとはせず、今の現状を、親のせいにして、逃げることばっかり考えていたんだ」
有吾は、今まで自分にすら隠していた本心を伝える。
「色々な言い訳をつけては、他人のせいにして、結局は逃げていたんだ。お前ら二人と同じように、俺だけが置いてけぼりにされる気分になって。だけど、それは俺だけじゃない――――三夏だってそう思っていたみたいだ。みんな、俺たちと同じだったんだよ。世の中の社会を、一人で進んでいくのが怖かっただけかも知れない。だけど………」
そして、空を見上げて付け足した。
「そうやって進まねーと、前に行けねーみたいだし」
そう言って、満足そうに笑う。
確かにそうだったんだ。
反抗していたのは、強がっていたのは、怖かったからなんだ。
有吾は、半分しか残っていないような酒を、空に掲げた。
「確かにな、俺は怖かった。誰の助けも無くて、一人で前に進むのが。辞めようと思っていた………。大学に行ってからでも遅くは無いって思っていた。――――だけど、今、大学に行ったら、大樹や響也に負けちまう。だから、今から俺はお前たち二人に負けない様に頑張る」
そして、ふっけれた様子で、大樹と響也を見る。
「本当にやりたいことをやって、3人でこの学校の奴に襲えて遣ろうぜ! こんなつまんねー3人が、夢や、愛のため、他の奴が出来そうにないことをやってやったって、胸張って行こうや!」
二人はしばらく頬を赤めながら、そんな有吾を見ていたが、急に笑い出した。
「お前、やっぱ売れねーわ。そんな臭い台詞を言うようじゃ、誰もお前の小説買わねーよ」
「うっ、うるっさい! だったら、テメーらが死ぬほど買って、俺をミリオン作家にさせれば良いじゃねーか!」
「50万部づつか? 無茶言うな!」
3人は笑いながら、いつもに戻っていく。
「自分でいっぱい買えって言っといて、何だけど、なんで、お前らしか買わねー計算なんだよ?」
きっと。
「お前のファンって、俺等ぐらいだろ?」
これからもずっと。
「これからもっと増えるんだよ! そのころには、お前らが、サインしてくれってせがんでも、してやらないからな!」
忘れないだろう。
「それなら、今してもらっておいて、後でそのサイン売ろうぜ!」
今日ここで、三人で泣いてた頃を。
「そんで、その金で、また有吾の本買ってやるから」
まだまだ小さくって、世間知らずなガキで、何も出来ない無力だった頃。
「なんか嫌だな、その金の流れ!」
そう笑いながら、3人が振り向いた先には、誰もいない夜の校舎が、ただただ佇んでいた。
夜で違う場所に見えるが、確かにここは慣れ親しんだ、嫌な事も、楽しい事も、悩んだ事もいっぱいあった、学校だった。
また、苦しくなったら、思い出すだろう。
この足掻いていた、高校生活を。