進むべき道
10月
退院は出来たものの、学校では禁止されている普通自動二輪に乗っていたため、そのまま謹慎を喰らい、半ばにかかる頃、腕を釣ったまま、ようやく大樹は学校にやって来た。
「大樹、久しぶり」
「おう。ようやく学校に来れたわ。なにせ、次に停学喰らったら、退学って言われてたから、親が頼み込んで、なんとかなったよ」
そう言ってから笑いする。
「それよか、退学になってから、響也に会ったか?」
「あぁ、一度だけ」
「なんて言ってた?」
大樹は心配な顔で有吾に尋ねる。
有吾は渋く顔を振った。
「何だか、謝るだけで、詳しい話はしてくれなかったよ」
「………そうか」
「もっと、悩みとか話してくれたら、こんな事になってなかったのかも知れないのに」
有吾はそう暗く返すが、その様子に大樹は浅く笑った。
「だけど、それがあいつなりに、自分で出した答えか。解らなくもないけどな」
どこか納得した大樹の返しに、有吾は解らず頭をひねった。
そして、再び退屈な授業が始まり、有吾が窓から外を眺めていると、大樹が帰っていく。
久々に登校して、まだ1時間目の授業だと言うのに。
有吾は変な胸騒ぎを覚え、立ち上がり教室から飛び出した。
先生が何か喚いていたが、それを無視して、上履きのまま大樹を追いかける。
「大樹! おぃ! 何してるんだよ?」
有吾が呼び止めると、大樹はすまなそうに笑った。
「見つかっちまったか。あんまりお前には、かっこの悪いところ見せたくなかったんだけどな」
有吾は立ち止まった。
何故だろうか。
幼馴染みで、長く接していたからだろうか。
薄々、わかっていた。
こうなってしまうのでは無いかと、心の中では考えていた。
だけど、否定したかった。
しかし、もう、あの頃には戻れない。
「何だよ? 何、言っていんだよ?」
「学校………退学して来た………」
頭が真っ白になる。
「なっ、何で?」
大樹はゆっくりと目を閉じた。
「俺、もう駄目なんだ………」
「何が駄目なんだよ。解んねーよ、それじゃー!」
「バイクに乗れねーんだよ! 今のままじゃ!」
大樹は大声を上げ、人目も気にせず泣いていた。
「大樹………」
「骨髄炎の症状は今は出ていないけけど、右手が元のように動くのは不可能なんだよ!」
大樹はそう言って、釣った右腕を無理矢理に上げると、涙を隠すように顔を背ける。
「そうかも知れねーけど、リハビリとかすれば少しぐらいは元に戻るんだろ?」
「俺が目指していたのは、レーサーだけで食っていける、一握りの人間が行ける世界だ! それは、五体満足でも厳しい世界だぞ」
有吾は真剣に大樹を見ていた。
「なのに、アクセルの握る、右手が上手く動かせない俺は、並大抵の努力ではかなわない。今は、学校なんて行っている時間は無いんだ。夢のために、時間が必要なんだよ!」
大樹の話に、有吾は歯を噛みしめた。
悩んでいるのは、自分だけだと思った。
しかし違う。
未来のため、今進むべき道のため、みんな必死なんだ。
「何だよ! だったら、俺だって学校を辞めてやる! お前らばっかり前に進みやがって。俺だって、お前らと一緒に………」
「ダメだ!!!!!」
大樹の大声に有吾は黙り込む。
「お前は、小説家になるんだろ? だったら、高校ぐらい出ておかないと、それがお前の夢のための道だろ?」
「だけど、俺はそれより………」
そこまで言って口を閉じる。
大樹は解っていると言った様子で頷く。
「それにさ、俺等、3人の内で1人ぐらい卒業して、少しでも俺らの影を残してほしいから………」
有吾は目を閉じると、うつむいた。
大樹はさらに続けた。
「三夏ちゃん、大切にしろよ。おまえ、惚れてんだったら素直に成れよ」
「何言ってんだよ」
焦る有吾に、大樹は優しく笑った。
「じゃ、また」
そう言って大樹は、いつもの道を、一人、ゆっくりと帰っていく。
もう、二度と、学校帰りに、一緒に歩けなくなったその背中を、有吾はそのまま見送っていた。
有吾は学校へ戻ると、教室には戻らず、屋上に上った。
あまりにも早い別れだった。
今まで一緒で、これからも卒業するまでの数か月、一緒に居るはずの二人が、もう居ない。
有吾は自分の足元を見る。
大樹と響也は自分の意志で、目的に向かって歩いて行く。
そんな中で、自分は立ち止り、二人の背中を見送るしかないのか。
なんだか、そんな二人に置いてけぼりにされているような気分だった。
有吾は今度は空を見上げた。
秋晴れの空には薄く雲がかかっており、いつもより高く、はるか遠くに見えた。
有吾は、ポケットから隠し持っていたタバコを取り出し、安物のライターで火をつける。
今までは、何か後ろめたい気持ちで、学校で吸ったことが無かったが、何故か、今はそんなに悪い事には思わなかった。
深く煙を吸い込み、吐き出す。
「くそっ!」
そう悪態をついたから、フェンスを殴る。
響也はノリが良く、何かあれば1番に突っ込んでいって、みんなでよく止めた。しかし、いい加減に見えながらも、実は周りに気を使い、後で必ずフォローしていた。
大樹は落ち着き、みんなをまとめようとしていたが、いざとなったら思いっきりが良かった。
そして、俺は………。
「俺は、今まで何をしてきたのだろう。あの二人のように、思いっきりも無く、両親が悪いっと、他人のせいにして、ただ、流されて………」
結局、自分はただ何もせず、不満や不安ばかりを口にしている。
このままではきっと、自分の成りたい者にもなれず、あの二人に追いつけずに行くだろう。
それだけは、たまらなく嫌だった。
対等で居たかった。
しかし、二人のように全て投げ出して、自分の意見を貫き通す勇気も無い。
有吾は大きく煙を吐き出すと、殴り捨てるようにタバコを投げ捨て、憎しみを込めるように踏みにじった。
これは、俺の甘えだ。
あの二人より劣っている部分。
だから、追いつきたい。
いつか、本当の意味で、肩を並べて歩きたい。
そう思い、振り向いたところに、生徒指導の先生が立っていた。
「バッカでーい!」
三夏は有吾の部屋にやってくるなり、軽蔑したような眼差しを向けていた。
有吾は居心地が悪そうに目線を背ける。
「だから、タバコなんてやめろって言ったのに、狩ちゃんは全く聞かないから罰が当たったんだよ」
そう言って、カバンを置くと、いつもの場所に腰を下ろす。
有吾は目を泳がしながら立ち上がると、簡易な台所の小さな冷蔵庫を開け、三夏の好きな銘柄のペットボトルのミルクティーを取り出した。
「おっしゃる通りで。………三夏さん、これ飲みますか?」
有吾の作り笑いに、三夏は冷たい視線を向けた。
「飲むけど、今日はホットの気分だから、ちゃんと葉っぱの淹れて!」
「………解りました」
有吾はペットボトルのミルクティーを冷蔵庫に戻すと、ガラス製のティーポットを取り出す。
その様子を見ながら、三夏は話を続けた。
「でも、狩ちゃんて、今まで謹慎もらった事って無いんだよね」
「あぁ。学校では真面目で通っていたからな」
「謹慎が三日でよかったね。明後日から来れるし」
「まーな。でも、進学も就職もしない俺には関係ないけどな」
空返事で、紅茶を入れることに集中している有吾に、三夏は真剣な顔になった。
「………あのね!」
「なっ、何だよ」
三夏は言いにくそうに言葉を選ぶ。
「その、えっと、狩ちゃんは、その、学校、辞めないよね?」
有吾は驚いた顔で三夏を見てから、優しく笑った。
「そうだな、大樹や響也があんなことがあったけどさ、俺には辞める理由は無いよ。三夏さ、チョット考えすぎだぞ」
いつもなら「そうよね」っと、簡単に納得する彼女だが、今日は真剣な表情を崩さなかった。
「うん、解っている。自分でも………。だけど、みんな、私だけ置いてどこかに行っちうんじゃ無いかって思って………」
有吾は三夏の言葉に耳を傾けていた。
響也と大樹のことがあり、いつしか彼女も、自分と同じような感情になっていたのだ。
有吾は極力、優しい笑顔を三夏に向けた。
「大丈夫だよ、約束する。一緒に卒業しような」
「うん、狩ちゃんは一緒に居てね」
そう頷く三夏を見て、恥ずかしくなったのか、有吾は目線を外し、冷蔵庫を開ける。
「あっ、やべっ。紅茶のミルク無い」
「うそ? ここまで来て?」
そこで玄関のチャイムが鳴り、直ぐに扉が開いた。
「有吾、居るか?」
「聞いたぜ、お前も謹慎を喰らったらしいな」
そう言って、笑い顔のまま大樹と響也が入ってくる。そして、三夏が居るのを見てすまなそうな顔を見せた。
「あっ、悪い、邪魔したか?」
三夏と有吾はお互いの顔を見合わせてから、慌てた様に手を振る。
「違う! そんな事はねーよ! 三夏が紅茶を飲ませろって、我がままを言うから、付き合わされていただけで………」
その台詞に、三夏はムッとした顔を覗かせた。
「ちょっと、狩ちゃんが悪いのに、そんな事言うの?」
「いや、それはそうだけど、今回は仕方が無いっていうか、何て言うか………」
「仕方がない? 学校の屋上で、タバコふかして見つかって、仕方ないっていうの?」
「いや、それは悪かったけど、あの、その、」
「だったら、悪いのは狩ちゃんで、私にミルクティーを入れているのは、自分の意志よね?」
目の座った三夏に、後ろめたい有吾はただ伏せしぐれた。
「………その通りでございます」
「だったら、問題ない!」
その様子を見ていた響也は呟いた。
「お前って、相変わらず尻に引かれているな」
「相変わらずって、どういう意味だよ!」
「いや、そのままだろ!」
有吾の反応に、大樹は突っ込む。
響也は大笑いしていた。
「それより、どうしたんだ。突然来てさ」
「いや、お前が謹慎を喰らったて聞いて、暇してんだろうなって思ってな、来てやったんだ」
昼間の事を気にかけて、大樹はやって来たのだろう。
「俺も今日はバイト無くってさ、せっかくだから一緒に飲もうと思ってさ」
響也はそう言いながら、コンビニの買い物袋の中から、缶ビールを取り出して並べる。
「つまみとかも、二人で適当に買って来たから、有吾は場所提供って事で」
「それは別にかまわねーけど、この部屋で飲むって狭く無いか?」
「それはそうだけど、」
そこで有吾は何かを気付いた様に、急に三夏を見た。
「そーだ、三夏さ、今日は俺んちに泊まるって、親に電話しろよ」
急な有吾の提案が理解できなかったのか、三人はしばらく不思議な顔をしていたが、しばらくすると理解できた三夏は真っ赤に赤面する。
「なっ、なっ、なにを? 狩ちゃん、そう言うのは、もっと順番が………」
有吾は三夏の態度で、間違って伝わっ事がわかった。
「ちっ、違う違う。外で飲もうって話だ、恨みも込めてあそこで。だから、夜遅くに出ていくからよ」
その説明で分かったのか、大樹と響也は頷いた。三夏は一人解らず慌てている。
「なるほどな、それはいい考えだ」
「だけど、有吾の部屋に三夏ちゃん泊まるって言って、親が許すか?」
「あぁ、俺の部屋に母親が泊まるって言えば大丈夫だろ?」
有吾の単純な発想に、三人は顔を見合わす。
「いや、それは無理有るだろ」
「どう考えても後でバレるぞ」
「そうかな? いい案だと思うけど」
三夏は少し赤らめた顔のまま、仕方が無いって言った具合に溜息を吐く。
「解ったよ、女友達の千佳に、裏口を合わせるように頼んでおくわ。前に一度、お泊りしたからそれでなんとかなるわ」
「へぇー」
意味ありげに大樹は頷き、響也はニヤニヤと笑っている。
「なっ、なによ、もう!」
「何でもねーよ。それより、何時ぐらいに行く?」
「10時で良いんじゃねー?」
「そうよ、本当に、何処に行くの?」
三夏の問い掛けに、有吾は得意げに「着いてからのお楽しみっ」と焦らせた。