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I'm?(私は?)  作者: オトノツバサ
7/11

進むべき道

 10月


 退院は出来たものの、学校では禁止されている普通自動二輪に乗っていたため、そのまま謹慎を喰らい、半ばにかかる頃、腕を釣ったまま、ようやく大樹は学校にやって来た。


「大樹、久しぶり」

「おう。ようやく学校に来れたわ。なにせ、次に停学喰らったら、退学って言われてたから、親が頼み込んで、なんとかなったよ」


 そう言ってから笑いする。


「それよか、退学になってから、響也に会ったか?」

「あぁ、一度だけ」

「なんて言ってた?」


 大樹は心配な顔で有吾に尋ねる。

 有吾は渋く顔を振った。


「何だか、謝るだけで、詳しい話はしてくれなかったよ」

「………そうか」

「もっと、悩みとか話してくれたら、こんな事になってなかったのかも知れないのに」


 有吾はそう暗く返すが、その様子に大樹は浅く笑った。


「だけど、それがあいつなりに、自分で出した答えか。解らなくもないけどな」


 どこか納得した大樹の返しに、有吾は解らず頭をひねった。

 そして、再び退屈な授業が始まり、有吾が窓から外を眺めていると、大樹が帰っていく。

 久々に登校して、まだ1時間目の授業だと言うのに。

 有吾は変な胸騒ぎを覚え、立ち上がり教室から飛び出した。

 先生が何か喚いていたが、それを無視して、上履きのまま大樹を追いかける。


「大樹! おぃ! 何してるんだよ?」


 有吾が呼び止めると、大樹はすまなそうに笑った。


「見つかっちまったか。あんまりお前には、かっこの悪いところ見せたくなかったんだけどな」


 有吾は立ち止まった。


 何故だろうか。

 幼馴染みで、長く接していたからだろうか。

 薄々、わかっていた。

 こうなってしまうのでは無いかと、心の中では考えていた。

 だけど、否定したかった。


 しかし、もう、あの頃には戻れない。


「何だよ? 何、言っていんだよ?」

「学校………退学して来た………」


 頭が真っ白になる。


「なっ、何で?」


 大樹はゆっくりと目を閉じた。


「俺、もう駄目なんだ………」

「何が駄目なんだよ。解んねーよ、それじゃー!」

「バイクに乗れねーんだよ! 今のままじゃ!」


 大樹は大声を上げ、人目も気にせず泣いていた。


「大樹………」

「骨髄炎の症状は今は出ていないけけど、右手が元のように動くのは不可能なんだよ!」


 大樹はそう言って、釣った右腕を無理矢理に上げると、涙を隠すように顔を背ける。


「そうかも知れねーけど、リハビリとかすれば少しぐらいは元に戻るんだろ?」

「俺が目指していたのは、レーサーだけで食っていける、一握りの人間が行ける世界だ! それは、五体満足でも厳しい世界だぞ」


 有吾は真剣に大樹を見ていた。


「なのに、アクセルの握る、右手が上手く動かせない俺は、並大抵の努力ではかなわない。今は、学校なんて行っている時間は無いんだ。夢のために、時間が必要なんだよ!」


 大樹の話に、有吾は歯を噛みしめた。

 悩んでいるのは、自分だけだと思った。

 しかし違う。

 未来のため、今進むべき道のため、みんな必死なんだ。


「何だよ! だったら、俺だって学校を辞めてやる! お前らばっかり前に進みやがって。俺だって、お前らと一緒に………」

「ダメだ!!!!!」


 大樹の大声に有吾は黙り込む。


「お前は、小説家になるんだろ? だったら、高校ぐらい出ておかないと、それがお前の夢のための道だろ?」

「だけど、俺はそれより………」


 そこまで言って口を閉じる。

 大樹は解っていると言った様子で頷く。


「それにさ、俺等、3人の内で1人ぐらい卒業して、少しでも俺らの影を残してほしいから………」


 有吾は目を閉じると、うつむいた。

 大樹はさらに続けた。


「三夏ちゃん、大切にしろよ。おまえ、惚れてんだったら素直に成れよ」

「何言ってんだよ」


 焦る有吾に、大樹は優しく笑った。


「じゃ、また」


 そう言って大樹は、いつもの道を、一人、ゆっくりと帰っていく。

 もう、二度と、学校帰りに、一緒に歩けなくなったその背中を、有吾はそのまま見送っていた。




 有吾は学校へ戻ると、教室には戻らず、屋上に上った。


 あまりにも早い別れだった。

 今まで一緒で、これからも卒業するまでの数か月、一緒に居るはずの二人が、もう居ない。


 有吾は自分の足元を見る。


 大樹と響也は自分の意志で、目的に向かって歩いて行く。

 そんな中で、自分は立ち止り、二人の背中を見送るしかないのか。

 なんだか、そんな二人に置いてけぼりにされているような気分だった。


 有吾は今度は空を見上げた。

 秋晴れの空には薄く雲がかかっており、いつもより高く、はるか遠くに見えた。


 有吾は、ポケットから隠し持っていたタバコを取り出し、安物のライターで火をつける。

 今までは、何か後ろめたい気持ちで、学校で吸ったことが無かったが、何故か、今はそんなに悪い事には思わなかった。

 

 深く煙を吸い込み、吐き出す。


「くそっ!」


 そう悪態をついたから、フェンスを殴る。


 響也はノリが良く、何かあれば1番に突っ込んでいって、みんなでよく止めた。しかし、いい加減に見えながらも、実は周りに気を使い、後で必ずフォローしていた。

 大樹は落ち着き、みんなをまとめようとしていたが、いざとなったら思いっきりが良かった。

 そして、俺は………。


「俺は、今まで何をしてきたのだろう。あの二人のように、思いっきりも無く、両親が悪いっと、他人のせいにして、ただ、流されて………」


 結局、自分はただ何もせず、不満や不安ばかりを口にしている。

 このままではきっと、自分の成りたい者にもなれず、あの二人に追いつけずに行くだろう。


 それだけは、たまらなく嫌だった。

 対等で居たかった。


 しかし、二人のように全て投げ出して、自分の意見を貫き通す勇気も無い。


 有吾は大きく煙を吐き出すと、殴り捨てるようにタバコを投げ捨て、憎しみを込めるように踏みにじった。


 これは、俺の甘えだ。

 あの二人より劣っている部分。

 だから、追いつきたい。

 いつか、本当の意味で、肩を並べて歩きたい。


 そう思い、振り向いたところに、生徒指導の先生が立っていた。




「バッカでーい!」


 三夏は有吾の部屋にやってくるなり、軽蔑したような眼差しを向けていた。

 有吾は居心地が悪そうに目線を背ける。


「だから、タバコなんてやめろって言ったのに、狩ちゃんは全く聞かないから罰が当たったんだよ」


 そう言って、カバンを置くと、いつもの場所に腰を下ろす。

 有吾は目を泳がしながら立ち上がると、簡易な台所の小さな冷蔵庫を開け、三夏の好きな銘柄のペットボトルのミルクティーを取り出した。


「おっしゃる通りで。………三夏さん、これ飲みますか?」


 有吾の作り笑いに、三夏は冷たい視線を向けた。


「飲むけど、今日はホットの気分だから、ちゃんと葉っぱの淹れて!」

「………解りました」


 有吾はペットボトルのミルクティーを冷蔵庫に戻すと、ガラス製のティーポットを取り出す。

 その様子を見ながら、三夏は話を続けた。


「でも、狩ちゃんて、今まで謹慎もらった事って無いんだよね」

「あぁ。学校では真面目で通っていたからな」

「謹慎が三日でよかったね。明後日から来れるし」

「まーな。でも、進学も就職もしない俺には関係ないけどな」


 空返事で、紅茶を入れることに集中している有吾に、三夏は真剣な顔になった。


「………あのね!」

「なっ、何だよ」


 三夏は言いにくそうに言葉を選ぶ。


「その、えっと、狩ちゃんは、その、学校、辞めないよね?」


 有吾は驚いた顔で三夏を見てから、優しく笑った。


「そうだな、大樹や響也があんなことがあったけどさ、俺には辞める理由は無いよ。三夏さ、チョット考えすぎだぞ」


 いつもなら「そうよね」っと、簡単に納得する彼女だが、今日は真剣な表情を崩さなかった。


「うん、解っている。自分でも………。だけど、みんな、私だけ置いてどこかに行っちうんじゃ無いかって思って………」


 有吾は三夏の言葉に耳を傾けていた。

 響也と大樹のことがあり、いつしか彼女も、自分と同じような感情になっていたのだ。

 有吾は極力、優しい笑顔を三夏に向けた。


「大丈夫だよ、約束する。一緒に卒業しような」

「うん、狩ちゃんは一緒に居てね」


 そう頷く三夏を見て、恥ずかしくなったのか、有吾は目線を外し、冷蔵庫を開ける。


「あっ、やべっ。紅茶のミルク無い」

「うそ? ここまで来て?」


 そこで玄関のチャイムが鳴り、直ぐに扉が開いた。


「有吾、居るか?」

「聞いたぜ、お前も謹慎を喰らったらしいな」


 そう言って、笑い顔のまま大樹と響也が入ってくる。そして、三夏が居るのを見てすまなそうな顔を見せた。


「あっ、悪い、邪魔したか?」


 三夏と有吾はお互いの顔を見合わせてから、慌てた様に手を振る。


「違う! そんな事はねーよ! 三夏が紅茶を飲ませろって、我がままを言うから、付き合わされていただけで………」


 その台詞に、三夏はムッとした顔を覗かせた。


「ちょっと、狩ちゃんが悪いのに、そんな事言うの?」

「いや、それはそうだけど、今回は仕方が無いっていうか、何て言うか………」

「仕方がない? 学校の屋上で、タバコふかして見つかって、仕方ないっていうの?」

「いや、それは悪かったけど、あの、その、」

「だったら、悪いのは狩ちゃんで、私にミルクティーを入れているのは、自分の意志よね?」


 目の座った三夏に、後ろめたい有吾はただ伏せしぐれた。


「………その通りでございます」

「だったら、問題ない!」


 その様子を見ていた響也は呟いた。


「お前って、相変わらず尻に引かれているな」

「相変わらずって、どういう意味だよ!」

「いや、そのままだろ!」


 有吾の反応に、大樹は突っ込む。

 響也は大笑いしていた。


「それより、どうしたんだ。突然来てさ」

「いや、お前が謹慎を喰らったて聞いて、暇してんだろうなって思ってな、来てやったんだ」


 昼間の事を気にかけて、大樹はやって来たのだろう。


「俺も今日はバイト無くってさ、せっかくだから一緒に飲もうと思ってさ」


 響也はそう言いながら、コンビニの買い物袋の中から、缶ビールを取り出して並べる。


「つまみとかも、二人で適当に買って来たから、有吾は場所提供って事で」

「それは別にかまわねーけど、この部屋で飲むって狭く無いか?」

「それはそうだけど、」


 そこで有吾は何かを気付いた様に、急に三夏を見た。


「そーだ、三夏さ、今日は俺んちに泊まるって、親に電話しろよ」


 急な有吾の提案が理解できなかったのか、三人はしばらく不思議な顔をしていたが、しばらくすると理解できた三夏は真っ赤に赤面する。


「なっ、なっ、なにを? 狩ちゃん、そう言うのは、もっと順番が………」


 有吾は三夏の態度で、間違って伝わっ事がわかった。


「ちっ、違う違う。外で飲もうって話だ、恨みも込めてあそこで。だから、夜遅くに出ていくからよ」


 その説明で分かったのか、大樹と響也は頷いた。三夏は一人解らず慌てている。


「なるほどな、それはいい考えだ」

「だけど、有吾の部屋に三夏ちゃん泊まるって言って、親が許すか?」

「あぁ、俺の部屋に母親が泊まるって言えば大丈夫だろ?」


 有吾の単純な発想に、三人は顔を見合わす。


「いや、それは無理有るだろ」

「どう考えても後でバレるぞ」

「そうかな? いい案だと思うけど」


 三夏は少し赤らめた顔のまま、仕方が無いって言った具合に溜息を吐く。


「解ったよ、女友達の千佳に、裏口を合わせるように頼んでおくわ。前に一度、お泊りしたからそれでなんとかなるわ」

「へぇー」


 意味ありげに大樹は頷き、響也はニヤニヤと笑っている。


「なっ、なによ、もう!」

「何でもねーよ。それより、何時ぐらいに行く?」

「10時で良いんじゃねー?」

「そうよ、本当に、何処に行くの?」


 三夏の問い掛けに、有吾は得意げに「着いてからのお楽しみっ」と焦らせた。


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