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I'm?(私は?)  作者: オトノツバサ
6/11

響也

「ねぇ。今日も大ちゃんの見舞いに行くの?」


 三夏は珍しく暗い口調で有吾に問いかけた。


「あぁ」


 有吾は短く答える。昨日の気力の抜けた生返事な大樹を思い出しての事だ。


「昨日はどうだった?」

「まー、なんだか元気そうだったよ」

「そう、良かった。今日は用事も無いから、私も一緒に行くよ」

「それは大樹も喜ぶだろう」


 そこに校内放送が響く。


『3年A組の、西木 三夏さん。西木 三夏さん。本田先生がお呼びです。進路説明室に来てください』

「もうっ!」


 三夏は唇を尖らせると、有吾に「ちょっと行ってくる」と伝え、足早に教室から出ていった。

 有吾は机の上に座ったまま、窓の外を眺める。

 開けっ放しの窓から入ってくる風は、気持ちよかった。

 しかし、有吾の心にはしこりが残る。


 今、3年の生徒はほぼ自分の進む道が決まっており、それに向かって進んでいる。

 就職で内定をもらおうと面接に行ったり、進学のため試験を受けたりと。

 もちろん、三夏も例外ではない。

 彼女も自分で選んだ進学のため、寝る時間を削って勉強しているようだ。


 空気は気持ちよく、風はすがすがしく、空は晴れ渡っている。

 なのに、何故、こんなにも苦しいのだ有ろうか。


 大樹は大けがを負ったが、それでも自分の夢に進んでいくだろう。響也だって、嫌々ではあるが、内定が一つ決まったと言っている。


 そんな中、自分一人だけが取り残されている感じがした。


 確かに小説は書いている。

 しかし、賞を取ったことが無ければ、持ち込みで評価されたことも無い。

 まったく前に進んでいる気がしなかった。

 本当は大学を出て、もっと見分を広めてからでも良いのかもしれない。

 だけど、今、この瞬間の気持ちを書きたくて、大学に行きたくなかった。


「俺は間違っているのかもな」


 そう、肩を落としたところで、教室の扉が開き響也がやって来た。


「よぅ」

「………響也!」


 響也は意味ありげに頷いた。


「お前、今まで何してたんだよ! 全然、学校来なくて!」

「バイトしてたんだ」

「バイトって、お前、1、2年の時も出席日数ギリギリだったんだろ? これ以上休んでたら、やばいぞ」

「解っているけど、今な、金が要るんだ………」

「金が要るって、何があったんだよ?」

「………まぁ、その、色々とな」


 そう言って響也は口を閉ざす。

 有吾は聞き出そうと口を開きかけるが、三夏の『言いにくい事を無理矢理聞いても、響ちゃんは言ってくれないだろうし』という台詞を思いだし、口を閉じた。

 相談に乗りたいが、それは今では無いのかもしれない。


「………そっか」

「悪いな」


 それが解ったのか響也はすまなそうに頷いた。


「それより、大樹が事故ったって聞いて、あいつ大丈夫だったか?」

「あぁ、何か所か骨折していて、とくに右手はひどいようだけど、本人は『あれほどの崖から落ちても生きている俺は、不死身の男だ!』って笑ってた」


 その様子を思い浮かべてか、響也は微かに微笑み、「良かったと」胸をなでおろした。


「今日は俺も見舞いに行こうと思って、学校に来たんだ。終わったら一緒に行こうぜ」

「あぁ、響也が来たら大樹も喜ぶよ」


 そう有吾が笑った所に声が掛かる。


「佐々木 響也、やっと来たか。お前、あれほど言ったのにどうゆう事だ!」


 振り向いた先には、響也の担任の山口先生が立っていた。

 響也は少しむくれたようだが、素直に謝った。


「すいません」

「すいませんじゃないぞ! せっかく内定が決まったのに、まだ向こうに連絡してないってどういうことだ?」


 響也はバツの悪そうに横を向くが、何も答えなかった。


「お前もだ、狩田! 進学も就職も決めないで、中西先生は困っていたぞ。河原 大樹といい、お前ら3人は何を考えてるんだ? 世間はな、お前らが考えてるほど甘くないぞ、少しは先生たちの苦労を考えろ、お前らのせいで先生たちは困っているんだからな!」

「あの、先生、お言葉ですが………」


 その言葉に有吾は思わず一歩前に出る。

 そこで響也はさらに前に出る。


「うるせーな! 別にあんたに言われる筋合いはねーよ! 大体な、就職が決まんなくて困んのは、あんたじゃなくて、俺等だろ?」

「お前、その口の利き方………」

「問題ないね、同じ人間だ。年上だろうが、先生だろうがかんけー無ーだろ!」


 そこで有吾は響也を止めに入った。


「おい、響也、止めろよ」


 しかし響也は止まらず、そのまま山口先生に詰め寄る。


「大体、何でしたくもねー仕事を、一生懸命決めなくっちゃいけないんだよ!」

「お前っ、何だその言い草は! 先生たちはお前たちの事を思って言ってるんだぞ!」

「俺達のためを思ってるんなら、もっと、ちゃんと考えろよ!!」

「佐々木、お前、今自分がやっていることが解っているんだろうな?」


 山口先生は低い声を出す。

 近くに居る生徒たちは、何が起こったのかと続々と集まってきた。


「当たり前だ!」

「今は、学生気分でそれでいいかも知れん。だがな、世間はそんなに甘くない! まだ子供なお前には解らないかもしれないが、いずれはお前も立派な大人にならんといかん。後々、後悔することになるだろうよ!!」

「はぁ? 何だよそれ?」


 その台詞で、響也の目が座った。


「とにかく! 後の意見は進路説明室で聞く!」

「おいっ! 待てよ! 大人の意見を聞かないから、後悔だと? ふざけんなよ!!」

「響也、止めろって!」


 有吾の制止を振り切って、響也は先生の首根っこを握った。


「なっ、何をして居るんだ?」


 山口先生は焦る。


「俺みたいな子供ではない、大人は立派なのか? そんなにすごい者なのか?」


 響也の問い掛けに、思わず有吾は足を止めた。

 確かに高校生のような気軽な子供ではなく、大人は自分で決断して、物事を進めていく。

 それが立派な事ならば、何故、自分は親と離れ暮らしているのであろうか。

 何故、そんな親の意見に振り回されているのだろうか。

 何故、こんなにも悩んでいるのであろうか。


 響也はさらに山口先生に喰いよる。


「だったらよぅ! 立派な奴が、何で子供を泣かせるんだ? 何で子供の将来を奪うんだ? 大人になったから立派だと? やばくなったら逃げようとする、テメーら大人の言う事なんて、一言も信じられねーぜ! そんな大人が立派って言うなら、俺は駄目でも、子供のままで十分だ! 腐った、汚い、大人になんてなりたかねーよ!!」


 響也は、先生ではない、今はこの場に居ない、誰かに対して言っている様子だった。

 それはまるで、無理矢理に怒っている、子供のケンカのようにすら見えた。


「お前っ、この状況が解っているのか? 今なら間に合う、その手をどけろ! こんな事を………」


 そして響也は、学校でも、社会に出ても、決してしてはいけない事をする。


「やかましい! 大人が立派って言うなら、子供のために、チョットは考えて生きて見ろや!!!」

「響也!!!!」


 有吾が止める前に、響也は殴っていた。

 山口先生は大げさにコケてから、思わず顔を守る。

 さらに殴ろうとする響也を、有吾は後ろから羽交い絞めにして、なんとか止めた。


「響也っ! やめろ!! どうしちまったんだよ!」


 周りの人だかりは増えだして、さらに騒ぎは大きくなっていった。そこに他の先生も駆け寄る。


「山口先生! 大丈夫ですか?」

「何があったのですか?」

「いや、何でも無い。大丈夫だ、今は何もなかった」


 意外な事に、山口先生は隠そうとする。

 それは、大人の威権(いけん)かも知れないし、子供に負ける訳にもいかない、プライドかも知れない。


「佐々木、狩田! お前ら、何をやったのか解っているのか?」

「有吾は関係無ぇーだろ! 俺が殴ったんだ!」

「響也、もうやめろ! 先生、お願いです、話を聞いてください!」

「殴ったって、佐々木、お前停学だけでは済まされないぞ!」


 駆け付けた先生の台詞に、頭に血が上った響也は、近くの窓を力いっぱい殴った。

 甲高い音を立て、ガラスの破片と響也の血が飛び散る。


「だったら、これで退学か?」

「響也っ!!!」

「佐々木! こっちにこい!!」


 先生たちに取り押さえられ、響也は暴れながらも連れて行かれる。


「狩田、お前にも話がある! 一緒にこい!」

「解りました」


 何とか自分も話に加わろうと、有吾は付いていくが、結局は別々の部屋に入れられ、話し終えた有吾はすぐに解放され、響也は親が呼ばれて暗くなっても解放されず、その日は響也に会えないまま学校を後にした。


 後日、響也の退学が決まった。




 響也の退学が決まったその日、大樹の病室には、彼女の美加がやってきていた。

 つまらない情報番組を何気なく見ているところに、静かに病室の扉が開き、下を向いたまま大樹の元にやってくる。

 大樹は少しだけ困った顔を覗かせたが、苦笑いのまま「よう」っと軽い挨拶をした。

 美加は下を向いたまま反応しない。

 大樹は身体を起こすと、美加にパイプ椅子に座るように促す。

 美加は、顔を伏せたまま「ごめんなさい」っと誤った。


「いや、美加が謝る事なんてないぞ! これは、俺が」

「だけど、私は「事故っちまえって」………その、ごめんなさい!」


 下を向いたままの美加の目元からは、涙が零れ落ちる。

 大樹はふら付きながらも、必死に立ち上がり、美加の手を取った。


「謝るのは俺の方だよ。美加が、本当にそう思って言っているなんて、ちっとも思ってねーよ。俺がドジっただけ、いいきみだよ」


 美加は、大樹にしがみつき、泣いている。

 しかし、大樹には解っていた。

 これからも、大樹は美加の思い描くような未来は見せれないし、自分のためだけにやらなければいけないこともある。

 だから、ここで終わらさなければ。

 大樹は優しく美加の頭をなでて言った。


「美加、ごめん。別れよう」


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