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I'm?(私は?)  作者: オトノツバサ
4/11

大樹

 8月


 太陽の照り付けが激しくなった季節。

 辺りには、甲高い50㏄バイク特有な音が鳴り響く。


 ツナギに足を通し、ブーツを履く。

 慣れていることのはずなのに時間が掛かった。

 ツナギの袖を腰のところで結び、ヘルメットを持ち車を出る。

 他の選手と目線を合わせないようにして、厳しい表情で車庫に入ってくると、仲間から「落ち着け」や「がんばれ」などの当たり前の台詞を貰うが、何の足しにもならなかった。


 ドキドキするのに、やたらと眠い。

 胃の辺りが痛い。

 小便が近い。


 こんな公式にも載らないような小さな大会で、何とも情けなく思うが、身体がまるで言う事を聞かない。

 フワフワしたようで、地に足がついていなかった。


「はぁー」


 朝から何度目かの、情けない溜息を吐ているところに、このレースに誘ってくれたバイク屋のおっちゃんがやって来た。

 昔に(かじ)ったことが有るらしく、おっちゃんは趣味で、気に入った若い子をたまにレースに誘うことをしていた。


「おい、大樹。朝飯は食ったのか?」

「いえ、何だか吐きそうで………」

「緊張してるのは解るが、何か腹に入れとかないと、いざッて言う時に踏ん張りがきかないぞ」

「解ってはいるんですけど………」


 大樹はそい言って、再び短い溜息を吐いた。

 仕方がないっと言った様子で、おっちゃんは自分のカバンからバナナを取り出し、大樹に投げ渡した。

 大樹は思わず受け取ってから、情けない顔でおちゃんを見る。

 言っていることは解るが、今は何も受け付けない。


「俺の朝飯だ。やるから食え」

「ありがたいですけど、今は胃が受け付けません」


 その台詞に、おっちゃんは本日に使う単車を見た。


「こんな小さな大会だがな、俺は、単車の整備なら完璧にしてやる。今日も、大樹のカーブの癖や、ストレートで伸びる力を最大限に発揮が出来るようにマシーンを組んできた。しかし、残念ながら俺たち整備士はレーサーの整備は出来ん」


 そう言って、おっちゃんは投げ渡したバナナを見た。


「そいつはな、今日、走るためのお前のガソリンだ。マシーンしか触れない、俺がレーサーにしてやれる、唯一の整備だ」


 その言葉で、大樹はバナナを剥くと頬張り、詰まった様に慌てると、ペットボトルの水で流し込む。

 とにかく、自分のガス欠で、最高のマシーンの本領発揮できないのだけは避けたかったためだ。


「それ食ったら、練習走行に行って来い」

「はい!」

「本番ではないから、気負って、下手に力を入れて走るなよ。流す程度で走れば良いからな!」

「分かりました!」


 大樹は口の中のバナナをモグモグさせながら、ツナギの袖の手を通した。


 



「ねー、まだ始まらないの?」


 コースに目をやりながら、三夏はつまらなそうに声を上げた。有吾はピット横を指さし答える。


「練習走行は終わっているみたいだけどな」

「もう始まるって。ほら、みんな出て来て、バイクにまたがっていくだろ」


 各々がエンジンをふかして、その時を今か今かと待ちわびる。

 そして、チェッカーフラッグが振り下ろされ、一斉にエンジンをふかした。

 辺りは一機に騒音に支配され、我先にとバイクは走っていく。


「大ー樹ー!! 行けー!!」

「えっと、大ちゃんって何番だっけ? ヘルメットかぶっているから、分かんないよ」

「8番って言ってたじゃん。だけど、8番は小柄に見えるな」

「その後ろの9番じゃないか? 体格もそれぐらいだし」

「ちょっと、どっち?」


 そう三夏が頭をかしげたところに、横から声が掛かった。


「河原 大樹は6番です」

「6番? あっ、本当だ。あのヘルメットはそうだ!」


 そう返しながら、三人はその声の主を見た。

 こんなレースには珍しい、自分たちと、同じ年ほどの少女。

 そこで三夏は気が付いた。


「あなたは、大ち………河原君の彼女さんですか?」

「川本 美加です」

「川本さんか。私達は、昔っからの知り合いの3人で、今日は応援に来ました。よかったら、一緒に応援しませんか?」

「私はっ!!」


 三夏が気を使いながら彼女を誘う台詞に、川本は思わず叫んだ。

 しかし、そこで何か思ったのか、そのまま下を向き、小さく続けた。


「私は…………応援に来たんじゃありません!」


 そう言って、3人とは距離を開けるが、座ってレースを眺めている。

 大樹と彼女の、二人の間に何かあったのか、他人が口を出したはいけない空気に、3人は川本から意識を放し、レースに集中していく。


 現在の大樹の順位は11位の真ん中あたり。

 バイクが好きで、運転技術もそこそこ旨いのだが、レースは勝手が違うのか、前に追いつくも抜くことが出来ない。

 そして、レースは後半に差し掛かり、大樹はさらに順位を落とし、14位になっていた。


 レーサーを夢見て、自分がどこまで出来るかを、大樹は知りたがっていた。

 それが、こんな結果で終わってしまうのかと、有吾は祈るように大樹の背中を目で追う。


「やばいな、もう、あと2周しかないぞ!」

「だけど、大樹も頑張ってるって!」

「解っているけどよ」

「でも、先頭の方は団子状態だし、上手くいけば一気に抜けるかも知れねーぞ」

「そうだよな、トップ集団とそんなに離れて無いし、チャンスさえあれば」


 たしかに、トップとの差は開いておらず、先頭から中盤にかけては団子状態で、上手くいけば一気に順位を上げれるだろう。

 後は、どこで仕掛けるかだ。


 そこで、先頭を走っていた選手と2位の選手が接触して、二人して倒れる。

 団子状態が良く無かったのか、周りもその転倒に巻き込まれていった。

 大樹の目の前には、なんとか体勢を立て直そうと、ふら付くバイクが現れ、彼は大きくそれを躱した。


 そこで道は開く。

 大きく集団を避けたことにより、大樹の目の前には、邪魔する者が居無くなっていた。


 大樹は一気にアクセルを煽る。


 転倒に巻き込まれた連中や、それによりスピードを落とした連中をすり抜け、どんどんとスピードを上げる。

 この事故で、何台も抜いたが、無事にすり抜けた者もいるだろう。



 前にマシーンは見えない。 



 どれほどの距離を開けられたか解らないが、少しでも、前の連中との距離を詰めなくては、残り1周も半ほどしかない。

 先頭を探して再びアクセルを吹かす。


 そして、残りも僅かなコースにして、ようやく先頭のテールランプを見つけた。

 その差ははるかに遠い。

 大樹はどんどんとスピードを上げ、それに追いつこうとする。

 周りの風景なんて、もう視界には入らない。


 一歩でも前に。


 しかし、まえの単車に追いつくことも無く、チェッカーフラッグが振られてしまった。


 追いつけなかった。

 だが、転倒に巻き込まれなかったので、少しは順位は上がっただろう。

 せめて表彰台に上がれるなら嬉しいと思い、ピットに戻ると、おっちゃんが笑顔で両手を広げ待ち構えていた。


「やったな! 大樹!」

「おっちゃん! 俺、何位だった?」

「何位って、お前、ピットの方見てないっと思ったけど、解らず走ってたのかよ?」

「集団で倒れたのを躱した後は、解んなくなって、とにかく追いつこうって必死だったから。3位までには入っていたか? 表彰台には登れるか?」

「登れるかって、お前………」

「やっぱダメだったか。けっこう追いあげたと思ったんだがな」


 そう、頭を下げた時、おっちゃんは大きく大樹の背中をたたいた。


「登れるんだよ、一番高いところに!」

「っえ? 一番高いって?」

「大樹、お前が1位なんだよ! 優勝だよ!」

「優勝? 俺が? だけど、まだ前に誰か居たぜ?」

「ありゃ、周回遅れだ。チェッカーフラッグはその選手が過ぎた後に振られていただろ?」

「じゃ、俺、表彰台か?」

「あぁ、棚からぼた餅みたいなところもあったが、それも含めてがレースだからな。大樹、お前がトップだ」

「やった! マジで、やったぞー!」


 大樹はバイクに跨ったまま、両手でガッツポーズを作った。




 簡単な表彰式が終わり、片付けをしているところに、3人はやって来た。


「おぅ、大樹! 友達が来てっぞ!」


 その声に反応して、大樹がマンベンな笑顔を作る。


「みんな、見ててくれたか?」

「大樹スゲーじゃん、俺、カンドーしちまったよ!」

「大ちゃん、やったね!」

「みんなが転倒したときは、一緒に転倒しないか心配したぞ」

「バカヤロー、俺が巻き込まれて転倒なんかするもんかよ! 俺は、最初っから誰かがあそこで転倒するって思っていたぜ。あのカーブは無理に攻めようとしたらやばいんだ! 俺の作戦通りなんだよ」


 そう得意げに話しながら、みんなの後ろに居る人物に気付き言葉に詰まった。


「美加! ………来てたのか」

「ごめんね! 来たら迷惑だった?」


 美加は眉間にしわを寄せ、言葉荒げにそう言う。


「迷惑だなんて………」

「そう思ってるんでしょ? 邪魔者だって! そうよね、バイク、バイク、バイク! 私なんて、どうでもいいもんね!」

「そんな事………」

「優勝おめでとう! 良かったわね、これで、また、私をほったらかしにして、走る理由が出来たもんね!」

「美加、俺は………」

「大樹なんて、大樹なんて! 一緒に事故っちまえば良かったのよ! バカ!!!」


 そう大声を上げて、美加は一人走り去っていく。

 大樹はただ下を向き、拳を握り締めていた。


「ぉ、おい、大樹、追いかけた方が……」


 響也がそう言うが、大樹はまるで動こうとはしない。

 その様子に有吾も声を上げた。


「なぁ、大樹」

「いや、俺には、そんな事する資格は無いよ」


 そう言って無理矢理笑うと、大樹は車庫の中に消えていった。

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