進路説明会
その日、有吾は久しぶりに母親に会っていた。
場所は学校の進路説明室。
先生はあきれた顔のまま言った。
「世間はそんなに甘くないぞ」
しばらく沈黙した後、有吾が声を上げる。
「でも、やりたいんです!」
「大学を出てからでも遅くはないだろ?」
それに反応して母親も声を上げる。
「そうよ、先生の言う通りよ」
まるで、二人寄って、自分の道を型にはめているような気がした。
「でも、高卒でやってる人もいる」
「そんな人間は一割だ」
なぜ、一割だからダメなんだ!
一割の可能性を、なぜあなた達は信じない!
好きな道を進もうとすることは、そんなにも悪い事なのか?
あんた達と、俺とは違うんだ。あんた達は、勝手に安全な道に進めばいい。
俺は、一割でも、可能性を信じて道を進むんだ。
有吾はそう思っていたが、口には出せずにいた。
「狩田は成績だって悪くない。今からだって頑張れば、良い大学も行けるんだぞ」
「そんな夢は持ったことも、やりたいと思ったことも無いです」
「先生はな、夢の話をしてるんじゃない! 現実の話をしてるんだ!」
「悪いな、夢の話をしてよ!」
そう言った後、有吾は終わるまで一言も口を利かなかった。
そのまま親と先生が、勝手に大学へ行くような流れに進め、線路説明会が終わった。
親と別れ、不機嫌なまま自分の部屋に戻ると、いつものメンバーの、大樹と、響也と、三夏が部屋の前で待っていた。
「よっ!」
「なんだか不機嫌だな」
「………まーな」
そう答えて、鍵を開け、乱暴に靴を脱ぎすて、カバンを下ろす。
六畳一間のワンルームマンションは、整頓されているものの、四人も入るといっぱいになる。
しかし、各自、自分のいつもの場所が決まっているのか、その場所に腰を下ろす。
そこで三夏が、解っているように声を掛けた。
「どうだった? ちゃんと小説家になりたいって言えた?」
「言ったけど、こっちの意見は全く聞いてくれなかったよ」
「あの先生って、そう言うところあるよね」
「大学に行け、夢の話はするなってさ。夢を持っちゃ悪いのかよ!」
「それはひどいよね。みんなはどうだった?」
大樹は少し照れながら言った。
「俺は、有吾みたいに頭が良くないから、就職を勧められたけど、しばらくは定職にはつかずに、バイトでもしながら、やりたいこと目指そうかなっと」
「やりたい事って?」
「実は、レーサーに興味があってな。知り合いのバイク屋のおっちゃんに、何度かサーキットに連れてってもらって走ってたら、今度50㏄のレースに出てみないかと誘われて………」
三人とも驚いて大樹を見る。
今までそんな話を、聞いたことが無かったからだ。
「それって、すごいよね」
「大樹、お前、俺より進んでんじゃんか!」
「そんなことは無い。有吾は昔から小説書いてたけど、俺は最近だぞ。こんなの、周りの連中からすれば、今から始めて遅いって思われるよ。けど、今からだって、自分がどこまで行けるか試して見たくてな」
「はぁー、大ちゃんはすごいね。響ちゃんは?」
三夏がそう響也に話をふると、彼は少しだけ悩んだ表情をするが、直ぐに普段の顔に戻り一言だけ答えた。
「まだ、わからん」
その台詞に彼女は共感するように頷いた。
「そうよね、それが普通よね。私も、狩ちゃんや大ちゃんみたいに夢がある訳じゃないし、悩んじゃうよね」
「まぁ、就職はしようと思って、色々と考えては居るんだけどよ」
「いいよね、下手な夢があるより、死ぬまで夢を探していくみたいに、私達の方がかっこいいよね?」
その言葉に二人はかみつく。
「おいおい、俺たちの夢って、下手な夢なのかよ!」
「自分達を美化しすぎだろ!」
そう言って、四人で笑った。
「で、三夏は、結局どうするんだ?」
有吾の声で三夏は固まる。
「えっ? 私?」
「進学するんだろ? 大学、行きたいところあるのか?」
三夏は焦るように、何かを隠すように早口で答えた。
「行きたいところ………。そうね、行きたいところって言われれば、海に行きたいね。今年の夏は忙しそうだけど、時間作って、みんなでまた行かない?」
「ごまかさないで、言えよ」
「ごまかして無いって」
「だったら、進路説明会で何て言ったんだよ」
「説明会。わっ、解った言うよ」
三人は三夏を見る。
彼女はしばらく照れていたが、何度か瞬きをしてから、少しだけ遠い目をして答えた。
「ずっと、ずっと、この四人で居れたら、最高なのになって」
「へっ? 進路説明会の話だよな?」
「どこで話が変わった?」
「本当に、それ、進路説明会で言ったのか?」
三人は頭をひねり、三夏は噴出し笑った。
「そんなわけないでしょ。冗談よ、冗談」
「そうだよな。そんなわけないよな」
「焦った、何の事だと思ったよ」
そう笑いながら納得する大樹と響也に、有吾は真剣なまま答えた。
「いや解んねーぞ。三夏はたまに、そういう事を言うところが有るからな」
「そう言われれば」
「たしかに有るな」
「あー、三人ともひどい!! 私の事、どういうふうに思ってるのよ!」
そう言ってまた、四人で笑った。
みんな笑いながら、そうだなって納得していた。
そうなんだ。
三夏の言っていることは正しい。
ずっと、このまま、この四人で笑っていたかったんだ。
大人にならず、ガキのままで居たかったんだ。