有吾
12月
外に流れる風は、この季節にはふさわしい寒さだった。
三夏は換気のために空けていた窓を閉めて、寒そうに背中を丸める。
「有吾、今日は風が強いよ」
「そうか?」
有吾はパソコンの画面から顔を上げて、背伸びをした。
その様子を見た三夏は、彼の背中に凭れ、横から顔を出す。
「今度はどんな話?」
「ん――――、今回は、今までの俺らの事を書いているんだ。もうすぐ出来上がる」
そいって、有吾は三夏を見た。
「それより夏、勉強は良いのか? もうすぐセンター試験だろ?」
「有吾が集中して書いている時に、私も集中して勉強してるんだよ」
「そうなのか」
「そうなの。平均点も最近は上がって来たし、調子は良いんだよ」
「だけど、夏はムラがあるからな。調子が良いと思っても、直ぐに成績が下がるし」
「それは、誰かさんが中々告白してくれなくて、悩んでいた時期のことを言っている? そりゃ、ムラも出るよね」
「あっー、そう言う事だったんだ」
「そうです。そう言う事だったんです」
そい言って、有吾から離れると、オマケ程度に付いてるような、ワンルームマンションの台所で、勝手を解っちいるかのように紅茶を入れ出す。
「ところで、今までの俺らの事って、こんな、地味な日常が、盛り上がる様な話になるの?」
「それなりに、話は誇張したり、変えたりしているよ。でも、これは、書きたいから書いている話なんだ。どっちか言えば、自分に対して書いている感じかな」
「それで、もうすぐ出来上がるの?」
そこで、悩んだように有吾は再びパソコンの画面に目を向けた。
「そうだな、後はラストだな。どう締めくくるか」
そう言いながら、再びキーボードを打ち出した。
夕暮れ。
大樹はバイクをいじっていた手を止め、立ち上がった。
何度か角度を変えて、バイクを眺める。
そこには、事故をおこした大樹のバイクがあった。
谷底から引き揚げ、時間のある時に、コツコツと直したのだ。
まだまだタンクやマフラーなど、外見は傷だらけだが、駆動系は直っていた。これなら何とか走れるはずだ。
シートに座って、キーを回してセル押すが、エンジンは掛からない。
何度かアクセルをふかしながら掛けてみると、勢いよくエンジンが掛かった。
「おっ、ようやく直ったのか?」
バイク屋の、一つ年上の先輩に話しかけられ、大樹は嬉しそうに頷いた。
「直すより、買った方が早いのに、よくここまで直せたな」
「はい、こいつを壊したのは自分ですから、もう一度、こいつに乗りたくて」
「お前は偉いな」
先輩に褒められ、大樹は照れたように頭を搔く。
「でも、廃車からとか部品を取って、ほとんど変えてるから、もう、別物みたいですけどね」
「これだけ直したんだ、こいつも喜んでいるよ」
大樹は、久々に跨り聞いた、自分のバイクの振動に、走ってみたい衝動が抑えられなかった。
「あの、少し、試運転に行っても良いですか?」
「別にかまわないが、クラッチが握れるか?」
「何とか。それに、上げ下げするときはダブルアクセルで行きますよ」
「だったら、信号待ちは気をつけろよ」
「直ぐにニュートラルにぶち込みますよ」
「エンストこくなよ」
先輩にそう言われ、「はい」っといい返事をしてから、ヘルメットをかぶり、町に繰り出す。
久々のバイクに乗る興奮と感動で、ニヤけ顔が止まらない。
だけど、バイクも身体も試運転だ。無理をせず、近所のコンビニまでにしておこうと、バイクを走らせた。
再び有吾は背伸びをした。
切りのいいところまで終わり、後は、本当のラストのみ。
どういうエンディングにしようかと、悩み、少し頭を切り替えようと、三夏を見た。
彼女は有吾のベットに寝っ転がり、小説を読んでいる。
「………」
先ほど、有吾が小説に集中している時は、自分も勉強に集中していると言っていたのは、なんだったのだろうか?
「夏、今日は何時までいるの?」
「今日は、晩御飯を作って、食べてから帰る」
三夏は顔も上げずに答える。
「そうなの?」
「うん、材料は買って来たから」
受験で忙しい時期に、ご飯を作ってもらうのは悪く思ったが、この状態を見ていると、不思議とそんな気分が薄れていった。
「じゃ、気分転換に、飲み物でも買いに行くかな」
「まって、今いいとこ」
本から目を離さない彼女に、有吾は少し笑った。
「いいよ、そこのコンビニまでだし、ちょっと行ってくる」
「だったら、チョコクッキーが欲しい」
この姿で、チョコクッキーを食べている姿を思い浮かべ、思わず有吾は言った。
「………夏、太るぞ」
「太らない! 勉強に糖分使っているから!」
即答て答える三夏の答えに笑いながら、有吾は靴を履き扉を開ける。
そこで、何かに気付いた様に、とっさに三夏は有吾を見た。
「………なに?」
「え?」
三夏は理由が解らない様に首を振った。
「何でもない。気をつけて」
「あぁ、ああ。じゃ、行ってくる。すぐに戻る」
そういって、玄関を出ていく有吾を見送ったあと、心の中にざわめきが生じた。
なんだか………、いま、有吾が………。
気のせいだろうと、三夏は首を振った。
有吾が、近所のコンビニで買い物をしていると、大樹がヘルメットを持って入ってくる。
「大樹」
「よう、有吾も買い物か?」
「お前、ヘルメットってバイクなのか? 大丈夫か?」
「あぁ、なんとかな」
大樹は照れたように笑い、そして、有吾の籠をのぞきこむ。
「おまえ、一人でそんなに食うの? てっ言うか、チョコクッキーって、有吾は甘い物あんまり食わなかったのに………あっ、そっか」
何かを気付いた大樹は、納得をしたように頷く。
「いや、その………」
「そうか、そうか」
そう、呟きながら、大樹は離れていった。
有吾は手短に買い物を済ませると、最後に大樹に声をかけた。
「大樹、先に帰るぞ。またな」
「あぁ、三夏ちゃんによろしくな」
大樹の返しに、有吾は照れたように頷いた。
「あぁ、言っとくよ」
そして、コンビニを出てから、空を眺めた。
冬の澄んだ、雲一つない空は、コートの襟を立てなきゃならない季節でも、暖かさを提供していてくれていた。
まだ先が解らず、何も決まっていない、六月と、全く変わっていない状況だが、今は不思議と、焦りはなかった。
あの時と変わったのは、三夏がもっと近くに居ることだけだ。
だけど、それがうれしい。
コンビニのビニール袋を持って、進んでいく、慣れ親しんだ町並み。
今のバイトを続けて、出版社に持ち込んで、ネットに載せて。
いつか、自分の作品を、本屋で見ることを夢見ている。
夢を追いながら生活するのが大変なのは解っていた。
だけど、それは、大賞が取れなくても良い。
同級生に噂されるような、大作も書けないかもしれない。
数人に読んでもらって、その中の一人にでも、「面白かった」っと言ってもらえれば、それだけで嬉しい。
そう願い、今の書ける、全てを書いて行こうと誓う。
出ることの、全てをやってみよう。
そう思った。
そうすれば、いずれ、自分が本当に欲しくて、胸の張れるものがものが手に入るだろう。
暗いトンネルを抜けれるだろう。
そんな事を考えながら、嬉しそうに、有吾は交差点で信号を待った。
涼しい季節だからだろか、それとも、こんなつまんない事を考えたからだろうか。たまらなく人の温もりが欲しかった。
早く帰ろう。
そうして、三夏の「帰ってくるのが遅い」って台詞を、早く聴こう。
有吾は微かに笑う。
そして、青になった交差点を足早に渡った。
大樹は、バイク屋の人たちの分の缶コーヒーを買い、レジを済ませて表に出る。
ヘルメットをかぶり、バイクに跨ろうとして、けたたましいサイレンを鳴らしながら走る救急車に目を奪われ、直ぐ近くで止まったサイレンに、野次馬根性で見に行く。
どうやら、目の前の交差点で交通事故があったようだ。
何処にでも運の無い奴が居るんだなっと、目を向けた先に、袋から出た、チョコクッキーが転がっていた。