不慮の事件
---プルルルル
「はい、システム開発部署の下村です。」
オフィスの電話が鳴り、電話をとる。
聞こえてきたのは、同じプロジェクトに携わる営業の人からだった。
「はい、…え、いや、納期をこれ以上短縮するのは厳しいかと…」
お客からの要望があり、納期を短縮してほしいとのことらしい。
ふざけんな、先週もそういって1週間すでに短縮しているんだぞ。
内心のイラつきは抑え込み、なんとか
お客には納期は待ってもらうように頼むことで話をまとめ、受話器を置いた。
「…ふう。」
「おつかれ下村ちゃん。また営業から?」
椅子の背もたれに体重を預けると、背後から声が聞こえた。
「…大原さん。お疲れ様です。ご察しの通りです~。」
顔だけ振り返ると缶コーヒーを片手に上司である大原さんが
少し苦笑しながら近づいてきたいた。
「お疲れ。いつも大変だねぇ。息抜きもちゃんとしなきゃだよ。」
大原さんはそう言いながら缶コーヒーを私の机に置き、
空いていた横の席に腰かけた。
「ありがとうございます。」
優しい言葉と差し入れに甘え、お礼を言って缶コーヒーを開けた。
大原さんは、私より2年上の先輩で、29歳という若さで
いろいろな仕事で成果を上げているいわゆるエリートな人だ。
そして既婚者。綺麗な奥さんがいる。
しかも誰にでも気さくで気遣いもできる人だ。
それに比べて私、下村莉佳子は、27歳独身で仕事はぼちぼちできる程度。
仕事にやりがいを持っているのかといわれたら自信をもってはいとは言えないだろう。
かといって特にやりたい仕事も他にないのだが。
「大原さんみたいになるにはどうしたらいいんですかね。」
「ん?急だね。何かあったの?」
大原さんは急な話に心配したのか、じっと私を見た。
「…いや、特に何があったとかじゃないんですけど。
なんか最近というかずっと、仕事にやりがいが感じられなくて。」
ポロっと出てしまった言葉を弁解するように、少し早口で私は答えた。
「大原さんはいつもなんというか、生き生き仕事しているなぁって。」
私の言葉に、大原さんは一瞬驚いたような表情をして、そしてすぐ笑った。
「あはは。なるほどね。うーん、そうだなぁ…」
そういうと、ちょっと考えるように手を顎に当て、そしてまたすぐに私に向き直った。
「俺はこの仕事好きだからね。下村ちゃんは、もしかしたら他にやりたいことがあるのかもね。」
「やりたいことですか…。」
「うん。下村ちゃんはなんというか今淡々と仕事している感じがするから、
もしかしたらもっと違うことがやりたいのかなって思うことがたまにあるかな。」
そういって大原さんは席を立った。
「なんかきっかけがあれば見つかるかもね。遊んだりとかでも。
ちょっとリフレッシュしたらいいんじゃないかな。最近根詰まっているようだしね。」
ポンポンと私の頭を撫でて、大原さんは仕事に戻っていった。
---やりたいことかぁ。
確かに今は仕事が忙しく、ちょっと根詰まっているから疲れているかもしれない。
今日仕事が終わったらちょっと贅沢にエステとかでも行ってみようかな。
そしたらちょっと頭がすっきりして自分のことを考えられるかもしれない。
「よし。」
空になった缶コーヒーを机に置き、仕事の続きをしようと背筋を伸ばした。
---ジリリリリリリリッッ
そのとき、けたたましい音がオフィス内に響いた。
「非常ベル…?」
オフィス内がざわつき、すぐに誰かの叫び声が聞こえた。
「---銃を持った人が、このオフィスに侵入して---!」
その言葉が聞こえるや否や、周囲はパニックになる。
席を立ち外に出ようと動き始める人や、硬直して動けない人。
下村も状況があまり読めないままではあったが、
席を立ち一旦非常口へ向かったほうがよいかと周囲を見渡した。
そのとき、オフィスの入り口となるドア付近に
黒い服装に身を纏った男が何かをこちらに向けて立っている姿が見えた。
---あれは、何を持って・・・
「---下村ちゃん!!」
---パァン!!
遠くで、大原さんの声が聞こえた気がしたが、
すぐに胸にひどい痛みを感じた。
何が起こったのか、分からなかった。
すぐに目の前が真っ暗になり、
下村は意識が遠のいていくのを感じるまま、目を閉じた。