9 龍姫のターン、再び
あたしたちが嫌がらせを続ければ、龍姫もいずれ心が折れて龍の国へと逃げ帰っていくだろうって、そう思ってた。だけど……
龍姫はそんな、やわなやつじゃなかった。あたしたちの嫌がらせにもぜんぜんへこたれず、毎日、毎日、パパにすり寄っていくんだもの。だから、いずれこうなることはなんとなくわかってた。
そのスープを口にしたとき、あたしは思った。ついに、龍姫が反撃に出てきたって。
龍の国から遅れて大臣たちが到着し、こちらの重鎮たちを集めて食事会がひらかれた。
ママはもちろん、あたしとトニーも出席を命じられた。
長くて大きなテーブルの、割と目立つ位置に、なぜかあたしとトニーは並んで座らされた。
前菜の次に運ばれてきたスープについて、龍の国の大臣の一人が言ったんだ。これは、龍の国の特産品、ポド芋を使ったスープですって。濃い紫色の、どろりとした液体を見たときから嫌な予感はしてたんだよね。
あたしとトニーは、二人そろってスープを吐き出した。うぇぇって、効果音つきで。
「お子様には、口に合わなかったかしら?」
すごく心配しているふうに、龍姫は言った。でも、あたしは見逃さなかった。扇子の下に見えた龍姫の口元。醜い笑みが浮かんでた。にぃって。
口に合わなかったか、ですって? 冗談。それ以前の問題よ。こんなの、食べ物じゃない。
ほかのオトナたちが平気で食べてるってことは、あたしたちのスープだけがおかしいんだ。龍姫の命令で、どこかで取り替えられたんだ。大臣たちだってグルかもしれない。ていうか、城の毒味係はどうなってるの。買収でもされたわけ?
「ごめんなさい。せっかくおもてなしいただいたのに、失礼を」
ママが龍姫や大臣たちに謝った。悪いのはこの人たちなのに。ママもパパも、まるで気づいてない。『だってマズイんだもん!嘘じゃないよ!吐き出したあたしたちは悪くない!』なんて声に出して訴えることは、あたしとトニーにはできなかった。言えば、龍の国の特産品を馬鹿にすることになる。魔界にあるすべての国を統べる魔王の子どもという立場が、それをあたしたちに許さなかった。悔しくて、悔しくて、おなかの中がよじれそうだった。スープを龍姫の顔にぶちまけてやりたいけど、それをしてしまったら、パパやママに、ますます恥をかかせてしまう。
「お行儀よくしてちょうだい」と、ママにしかられた。スープを吐き出すなんて、淑女にあるまじき行いだって。わかってる。淑女たるもの、たとえ出されたものが泥水だって、顔色一つ変えずに微笑んで飲み干すべし、でしょ?
その夜、あたしとトニーはしょっぱい涙を味わった。
許さない。絶対に、仕返ししてやる。
翌日、あたしとトニーは、龍姫と廊下ですれ違った。
「側室のお話が、本格的に決まりそうよ」
龍姫が言った。あたしは唖然とした。
「あんたたちは邪魔してたつもりなんでしょうけど、残念。無駄骨だったわねぇ」
あれだけこの女の醜態をさらしてやったのに!? なんでよ!
こんなちんちくりんを側室に、なんてパパや重鎮たちは何を考えてるわけ?
「ママが増えるのよ、嬉しいでしょ?」
「あたしたちのママは、一人だけよ。そしてそれは、あなたじゃない」
「ほんとに、可愛くないわね」
「あなたもね。どうして良い子にできないの?」
「あら、ちょっとくらい悪い子のほうが男の子にはモテるのよ」
龍姫は勝ち誇ったように、腰をくねらせて歩いて行った。
嫌味もなにもかも、この女には何一つひびかない。
「………ぼく、あのひと大嫌い」
「………あたしもよ、トニー」