8 追撃
「ぼく、いいこと思いついたよ」
イタズラのアイデアを探すため部屋で本をあさっていると、トニーがやってきた。小さな花束を持って、嬉しそうにしてる。
「これはね、薬草なんだ」
「薬草?」
「うん、シャーロット先生がくれたんだけどね」
「この紫の花、可愛い。あたしの目の色に似てる」
「それね、ヒビアンって言って、眠り薬の原料なんだよ。でもね、食べると息がすっごく臭くなる」
「──食べると息がすっごく臭くなる」
「こっちはイソップ。整腸薬の原料。食べるとオナラが止まらなくなる」
「──食べるとオナラが止まらなくなる」
「これは、ブルボン。胃薬になるけど、食べるとゲップが止まらなくなる」
「──食べるとゲップが止まらなくなる」
「あのね、これをね───」
トニーの話を聞きながら、あたしは笑みを深めた。
「どうかな?」
「完璧よ」
その日の夜、龍姫の部屋に夜食が届けられた。クッキーとジュース。あたしたちからの贈り物だけど、そのことは伏せておいた。代わりに、"ヴィより"と書いたカードをつけた。つまりそう、パパからの贈り物をよそおったってわけ。
龍姫はもちろん、嬉々としてあたしたちからのプレゼントを味わった。ゆっくり、たっぷり、時間をかけて。
さて、お楽しみはその翌日。
異変は、昼食後のお茶の時間に訪れた。
パパはママにべったりで。ふたりは人目もはばからずにラブラブしてる。たぶん、見せつけようなんて意図はまったくないんだろうけど、目の前でくり広げられる甘いやり取りに、龍姫はあからさまに嫉妬してる。
あたしとトニーも負けじとラブラブした。お互いにお菓子を食べさせあったりして。龍姫の孤独をこれでもかとあおった。
あたし、感心しちゃった。龍姫って、すっごく神経が図太いの。ママとパパの間に割って入っていって、とにかくパパに話しかける。ママのことは完全にムシ。パパの腕をなでて、ハトみたいに張った胸を押し付ける。パパは困ってるけど笑顔だし、ママはそんなパパにキレかけている。龍姫は気にしない。あたしとトニーはお菓子をほおばり続けた。
「もうすぐかしら?」
「うん、あと10秒くらいかな」
『わたくしはー』って、たぶん、龍姫はこう言いたかったんだと思う。だけど、ちゃんと言えなかった。──ゲップにかき消されて。
龍姫は真っ赤になった。
「わた、わたし、ごべぇぇぇ」
また、ゲップ。たぶん、ごめんなさいって言いたかったんだね。
パパが顔をしかめた。察する、というものだ。少しして、異臭がこちらまで流れてきた。これは、強烈。今食べたお菓子、ぜんぶ吐きだしそう。
「あだ、あだじぃぃ……」
ぶぅ、っとこんどは……みなまでは言わないでおくわ。
龍姫はバタバタと部屋を出ていってしまった。レディなのに、恥ずかしいわよね。わかるわ、すっごく。もう一生、パパに顔を見せられないくらい恥ずかしいわよね。
立ち込める異臭を逃がそうと、使用人たちが窓を開けに走る中、あたしとトニーは平気で座っていた。特別に注文しておいたマスクを装備してるから、何ともないのだ。そっとプレゼントしておいたマスクを急いでそうちゃくし、パパとママも無事である。
あたしとトニーは無言でハイタッチを交わした。