2 あたしたち、側室候補やっつけ隊☆
「聞いて、トニー。緊急事態よ」
「どうしたの?トリー」
「ママが増えるかもしれないわ」
あたしの深刻さが伝わったのか、トニーがわなわなとふるえだした。あたしたちは双子。みなまで言わなくても、気持ちがわかりあえるのだ。
「そうなの、ひどい話でしょ」
「ママって忍者だったの!?」
「───は?」
前言撤回。あたしたちは"言葉に出さずとも互いの気持ちがわかりあえる双子"なんかじゃなかった。
「ぶんしんのじゅつ!」
トニーは絵本をかかげてみせた。──ああ、これ、フェルナンデスおじさまがくれた本だわ。トニーが最近、いちばん気に入ってるやつ。
「違うの、トニー。そうじゃなくて。パパが、側室を取るかもしれないってこと」
「そくしつってなに?」
「パパが新しくもらうお嫁さんのことよ。ママと結婚してるのに、もう一人別の人とも結婚するの」
「えぇっ!パパ、うわき!」
「そうよ。ママが悲しむわ」
「そんなのだめ!」
「もちろんよ。あり得ない。だからね、」
トニーの耳元で、こっそり言う。
「あたしたちで、"新しいお嫁さん"をやっつけちゃおう」
「お行儀よくしてね」
いつもより数倍おしゃれしたママが、あたしたちに言った。
「今日はね、大切なお客様が来るの。龍の国からの大使なんだけど」
そこでママはため息をついた。緊張からなんかじゃない。
「知ってる。龍の国のお姫さまでしょ?」
あたしが言うと、ママは目をおっきくした。
「……ええ、そうよ。楽しみね」
ママはとりつくろうように笑うけど、顔色が悪かった。
あたし、知ってる。そのお姫様が、パパの新しいお嫁さんになるかもしれない人、でしょ?
だけど安心して、ママ。あたしとトニーが、その女をやっつけるから。パパと結婚なんて、絶対にさせないから。
きゅっと手をにぎると、ママはやわらかくほほえんだ。
「ママ、今日もキレイ!いつもより、もっとキレイ!」
トニーがママの足にしがみついた。
「あなたたちも、とっても素敵よ」
ママはあたしたちを抱きしめて、頬をくすぐった。
ママを泣かせるやつは絶対に許さない。トニーと視線を合わせ、決意を新たに頷きあった。
「お前たち、決まってるなぁ!かっこいいぞ!」
謁見の間で待っていたパパが、あたしたちを見つけて、二人同時に抱き上げた。さらさらの長い黒髪が冷たくて気持ちいい。
「パパもかっこいいよ!」
いつもとは違う高いところから見る景色に、トニーはきゃっきゃとはしゃぎながら言う。
「パパ、ママを愛してる?」
あたしはまっずくパパの赤い瞳を見つめながら聞いた。
「当たり前だ。ママも、トリーも、トニーも、みんな愛してる」
「だったら、浮気しちゃだめだからね」
「え?」
「だめだからね?」
「あ、うん……はい」
「嘘ついたらパパとは絶交だから」
パパの顔が青くなる。
うん、ちゃんと釘は刺しておかないとね。
まもなく、龍の国の姫がやってきた。
真っ赤な長い髪を高い位置でまとめた、小麦色の肌をした女の人だった。キレイなほうだけど、唇が太くて、眉も太くて、なんだか変な顔。たぶん、見慣れないせいだってわかってるけど。下着みたいに薄くて、ひらひらしたドレスは、動くたびに鈴みたいな音がした。
緑色の瞳が、パパを見る。──あ、だめだわ、これ。すっごく見覚えのある反応をしたもの。あれよ、パパに"お熱"になる女の人が、さいしょに見せる反応。ほっぺたが赤くなって、うるんだ瞳で上目遣いにパパを見るの。
「よくぞ参られた、龍の国の姫。上段からの挨拶で、失礼する」
朗々とよく響く声で、パパが言った。
「とんでもございません、魔王様。お目にかかれて、光栄ですわ。……お噂に違わぬ素敵なお方」
ふん、"ちょーはつ的な視線"なんてパパには通用しないんだから。
「ありがとう。龍の国とは何かと勝手が違うことも多かろう。不便があれば、側仕えに何なりと申し付けてくれ」
「───ありがとうございます」
かたい挨拶はそこまでで、パパは、ママとあたしたちを紹介した。パパを好きになる女の人の対応には慣れたもので、ママは龍姫のはしゃぎぶりにも冷静に対応していた。
「まぁ、可愛い子」
龍姫はあたしの鼻を、指先でつついた。
「私、子どもは大好きなんですの」
ちらちらとパパを見る。さっそく家庭的な一面をパパにアピールってわけ。
「それに、とっても美人。切れ長の目元なんて、魔王様にそっくりで麗しいわ」
ちょっとむかついたから、あたしは言ってやった。
「おばさんは面白い顔ね」
ひく、と龍姫の笑顔がひきつった。
「トリー!?」
「すまない、娘が失礼を」
「い、いえ、子どもの冗談ですわ」
あわてふためくオトナたち。
と、
「本当のことを言って、なにが悪いの?」
トニーが追い打ちをかけた。この子の場合はいじめてやろうなんて意図はなく、純粋な気持ちで言ってるだけなんだけど。でも、威力はばつぐん。
「「トニー!!!」」
パパとママがたしなめるけど、トニーはきょとんとしてる。
真っ赤になってぷるぷるふるえる龍姫を見て、ちょっとだけ満足した。さすが、あたしの相棒。
覚悟しなさい、龍姫。パパの側室になろうなんて、そんなの、あたしとトニーが許さない。あらゆる手段を使って邪魔をして、きっとこの城から追い出してやる。