第9話 魔族育成プログラム
「あっ、ちょっと待ってください」
僕は踵を返して教室を出ようとするミラー先生を呼び止めた。
「あの一つ質問いいですか? 決闘って何をするんでしょう……?」
「「「えっ!?」」」
僕の一言で教室中の空気が凍った。
「ティモシー、決闘の意味も知らずに言ってたの……?」
フィオナが僕を残念な子を見る目で見つめてきた。
「いや、待ってください! 決闘の意味自体は知っています! 昔からこの国では決闘でいざこざを解決してきたことも知っています! ただ、決闘は所属する組織や集団で実施方法が変わると聞いたことがあるので……!」
「なるほど、分かりました。では説明だけパパッとしちゃいますね」
ミラー先生が黒板の前に立った。そしてチョークを手に取る。
「さてギルスリン式の決闘についてですが……」
ミラー先生の説明は分かりやすかった。以下が先生が黒板に書いた決闘のルールだ。
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ギルスリン決闘四箇条!!
その1! 決闘前に相手への要求を述べよ!! 決闘終了後の後出し的要求は厳禁だ!!
その2! 決闘は正々堂々戦うべし!! 魔法や飛び道具は使ってもいいが盤外戦は行わないこと!!
その3! 殺しはご法度!! 戦えない状態になった相手を追い詰めるのは禁止!!
その4! 審判が戦闘を終了させたら決闘は終わりだ!! 判定は審判が決めるぞ!!
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「これ以外にも<互いに敬意を持って臨むこと>や、<女性や子供または老人は代理人を立てても良い>などの細かいルールがありますが、とりあえずこれだけ覚えておけば良いでしょう。基本は魔法での戦闘になります」
「これって結構当たり前のことじゃないですか?」
手を挙げてミラー先生に質問をする。
「ティモシー君、良い着眼点ですね! ですが今では当たり前なこれらも今の時代だから整備されたルールなんですよ」
「昔は不意打ちや殺しは当たり前だった。と、お師匠に聞いたことがある。突然襲われて剣を抜いた瞬間に決闘が始まるから夜出歩くのも一苦労だったらしい」
「フィオナなんですかそれ!」
ボソッとフィオナが怖いことを呟いた。今の時代に生まれて本当に良かったと僕は思った。
「「「チッ」」」
「ちょっと待ってください。今舌打ちした人がいます」
「後で三人は職員室に反省文を持ってきてください」
僕と決闘予定の三人が墓穴を掘った。なぜ舌打ちしたのか考えるのが怖いので僕は別のことを考えることにした。
「あの、僕の相手は三人ですが決闘の人数はどうなるんですか? まさか三対一で戦うことはないですよね?」
「そうですね。三人の中で誰か代表を立てて一対一の決闘を行うことになると思います」
なるほど。なら少し安心だ。
「「「チッ」」」
「はい三人は反省文5枚追加です」
また三人が舌打ちをした。懲りないなぁ。
「決闘は申請一週間後に行われると慣例で決まっています。では今度こそ先生は決闘の申請をしてきますね」
ミラー先生はそう言うと教室を出て行った。少し騒ついた教室には僕とフィオナとイライラとした顔つきの三人が残される。
「はっ。ティモシーさ、お前、俺らとの決闘に勝てるとか思ってんのか?」
三人の中の一人が僕に対して嘲りの表情で言った。
「も、もちろん勝つつもりです」
それに対して少し怯みながらも言い返す。
「くくくっ、魔法が使えないから弾雨戦闘と白刃戦闘のどっちも出来ないくせに何言ってんだ」
弾雨戦闘とは遠距離から雨あられのように魔法を撃って戦うことを指す。また、白刃戦闘とは魔法で体や武器を強化しつつ近接戦闘を行うことを指す。冒険者はこの二つの戦法がメインである。その為、魔法が使えなければ戦いに大きなハンデを背負うことになる。
だけど今はもう昔の僕とは違う。
「魔法なら、使えるようになりました」
そう、今の僕は魔法を使えるのだ。学園ダンジョンから帰還した日からいつも不発だった魔法が発動するようになった。理由は分からない。きっかけは多分、僕が気を失っていた時にあったのだと思う。
「冗談だろ? あんなに泣きべそかいて実習でもクソみたいな成績しか残せなかった奴が何言ってんだよ」
「落ちこぼれすぎて頭でもおかしくなったんだろ」
「ギャハハハハハ!」
三人は僕の言葉を信じられないようだ。
「本当です!」
「私もダンジョンでティモシーが魔法を使っているところを見てた。ティモシーは嘘ついていない」
フィオナがそう言うと三人は少し顔色を変えた。
「ああ? どうせ≪蛍火≫レベルのクソ雑魚魔法を運良く発動できただけだろ」
「話になんねぇよコイツら。行こうぜ」
三人は僕らから背を向けて離れていった。
「彼らは終始ティモシーのことを信じずに自分にとって都合のいいことを言っていたね」
「きっと何かむしゃくしゃした気分だったんです。そういうこともありますよね」
「いや、違うよ。彼らは他人の足を引っ張ることで安心感を得るような人種。ティモシーとは違う」
フィオナがむすっとした顔で言った。ちょっと怖い。
「あんなのに絶対負ける訳にはいかない。ティモシー、放課後これから毎日トレーニングするよ」
「フィオナと一緒にトレーニングですか!」
でもなんだか楽しそう。戦闘訓練はいつも一人だったから少しワクワクしてきた。
ということで放課後。
僕はフィオナとともに学園訓練所に居た。
訓練所といっても屋外のだだっ広いだけの運動場といった場所だ。この場所は学園の生徒たちには人気がない。訓練所で訓練するぐらいなら皆んな学園ダンジョンに潜るからだ。だから殆ど貸切状態なので好きに魔法を使うことが出来る。
「じゃあ魔法の練習をしようか。ティモシーは得意属性は何?」
「ええと、多分火です」
魔法には基本五属性というものがある。その属性とは火、水、土、光、そして闇である。これらの属性の得意不得意によって使える魔法に個人差が生まれる。
「そう、火なんだ。なら私と一緒だから色々と教えられると思う。じゃあ何か魔法を使ってみて。マンツーマンで指導してあげるよ」
「わかりました!」
珍しくニコニコした顔のフィオナに釣られて僕も笑顔で返事をする。そして和やかな雰囲気でフィオナと一緒のトレーニングが始まった。
しかしそれは地獄の入り口だった。
*
それから一週間が経った。今日は決闘の当日である。
「……」
朝、目が覚めた。黙々と朝の支度を終える。そして恐る恐る部屋のドアを開け外に出た。
「ティモシー」
「うぎゃぁぁぁ!! フィオナ! なんで部屋の前
に!?」
ここ男子寮ですけど!?
「今日、決闘の日だよね。応援しにきたよ」
「早朝から!?」
気が早すぎる!
「この一週間、ティモシーは良く頑張ったよ。あの特訓を一週間もこなすなんて本当に根性があるよ。すごく偉い」
「……」
無理やり付き合わされたんです。
という言葉をギリギリで飲み込んだ。僕はそういうところは大人なのだ。
さて、決闘までの一週間、僕はフィオナと鬼の特訓を繰り返していた。毎日毎日、日が暮れるまで僕は魔法戦闘の訓練をフィオナと行った。そして夜は二人で魔法学の勉強をしていたのだ。
ずっと付きっ切りでやってくれたことは感謝しかない。けれど。
「あのティモシー、なんで震えてるの?」
あの地獄の訓練の日々は僕の心に深い爪痕を残していた。
「これは、魔族震いです」
魔力不足で気絶するたびに不思議なお薬を飲まされて強制覚醒、からの走り込み数十周。終わった頃にはランナーズハイ?によって魔力が回復。そこからまた魔力が尽きるまで魔法訓練をさせられて以下ループ。
こんなのは序の口で二日目からは属性拡張訓練、弾雨精度向上訓練、身体強化からの白刃訓練、詠唱滑舌訓練、型稽古、そして拷問級の筋トレが加わった。
なんであんなに追い込むのだろう。フィオナは実は僕のことが嫌いなんじゃないだろうか。だって僕をしごいている時のフィオナ笑ってた……。いやもう訓練は終わったんだ。忘れよう。
フィオナがペタペタと僕の体を触ってくる。
「うん、でも本当に仕上がってるよ。 今のティモシーなら本気の私とも良い戦いが出来る!」
「そ、それは褒めすぎです……」
一通り全身を触ってからフィオナは僕の手を取った。
「じゃあ食堂に行こう。今日の食事メニューは私が決めるね。肉類は胃に悪いからパンを沢山食べようか。後は果物かな。消化に良いものを食べようね……」
フィオナは僕のお母さんか何かだろうか。