第7話 生還! 顛末と不穏な影
僕らは地上まで戻った。
探索許可証を返還しダンジョン棟を出る。外に出ると既に日が落ちていることが分かった。
「ガーディアンステラについて学務課に報告するのは明日の朝にしようか」
「そうですね」
ということで僕らは寮へ帰ることになった。もちろん僕とフィオナは男子寮と女子寮で帰る場所が違う。一緒に道を歩いたが途中で別れることになる。
「今日はごめんね。私が無茶をしたせいで大変な目に遭わせちゃったね」
そんな帰り道、黙々と歩いていたフィオナが不意に僕に謝った。
「いえ、僕が変な所にふらふらと入って行ったのが悪いです。フィオナのせいじゃありません」
「そう言うと思った」
フィオナが立ち止まった。僕は数歩、それより歩いてフィオナを振り返った。
「フィオナ?」
「だんだんティモシーの性格が分かってきたよ。優しいんだね。私はそれに甘えてしまった」
フィオナは突然どうしたのだろう。
僕はなにを言えばいいのか分からず、ただフィオナをジッと見つめた。するとフィオナはもじもじとしだした。
「えっと、あのね」
「はい」
「いや、やっぱり何でもない」
フィオナは何かを言いかけてそれを止めた。そしてまた歩き始めた。僕にはフィオナが言いかけたことがなんだったのか分からない。でも追求しようとは思わなかった。
そして女子寮の前にまで来た。
「それじゃまたね」
「はい、また明日です」
一言言うとフィオナは女子寮に入って行った。
フィオナと別れて僕も男子寮へ帰る。そして真っ直ぐに自分の部屋に入った。
「ふぅ」
部屋には誰もいない。僕は魔法具の、……魔法具というのは魔力を流すことで使える魔法の道具だ。生活の至るところで使われている。魔法具は魔力コントロールが必要ないので僕でも扱える……、ランプを点灯した。部屋に仄かな明かりが灯った。それから明かりを頼りにして木窓のはね上げ戸をあげる。
すると部屋に月光が差し込んだ。
「……夕飯、食べそびれちゃったな」
薄暗闇の中一人ごちる。
僕はため息を吐くと身につけていたレザーアーマーを体から外した。そして軽くメンテナンスしダガーと一緒にいつも使っている木箱へ押し込んだ。
やることを終えたので身軽なチュニック姿になってベッドに寝っ転がる。目を瞑ると今日のことが思い浮かんだ。
フィオナとダンジョンを冒険した。途中、変な声に誘われて奇妙な場所へとたどり着いた。そこで巨大な骨の化け物に襲われた。絶体絶命の状況になって、それからは記憶がない。気づけばフィオナにおぶられていた。フィオナが言うには僕がジャイアントスケルトンを倒したっていう話だけどとても信じられない。夢だったんじゃないかと疑ってしまう。
ただフィオナの手にあったガーディアンステラだけがあれが現実だったと証明していた。
「……」
フィオナの話だと僕は見たこともないような魔法を使ってジャイアントスケルトンを倒したという。
僕が魔法を?
これまで魔法が使えなかった僕には冗談にしか聞こえない話だ。
「でももし本当なら……」
僕は両手を掬うような形にして胸元に持ってきた。
「≪蛍火≫」
そして僕は小さな声で詠唱する。それは小さな子供が使うような簡単な、でも僕には使えない魔法の言葉。
僕の心には少しの期待と大きな諦観があった。
そして。
僕の視線の先、両手の中に小さな火が灯った。
*
次の日の朝。
「起きた!」
パチっと目を覚ましてベッドから這い上がると猛烈な勢いで朝の支度を済ませた。その勢いのまま洗面室まで行き歯磨きと洗顔を終えると今度は食堂に行き朝食をとる。
「よし、準備完了!」
食べ終えると食堂を飛び出した。急ぐ理由はフィオナとガーディアンステラのことを学務課に報告することを決めていた為である。僕は約束の場所へ走った。
学務課に行くと入り口すぐそばにフィオナが立っていた。
「おはよう、ティモシー」
「あっ、フィオナ。おはようございます」
挨拶もそこそこに僕はフィオナへ悪い笑みをこぼす。これから僕らはガーディアンステラを学務課に報告する。学務課は様々な学生のサポートをしてくれる場所だがこれを報告することでどんな反応をされるか予想が出来ない。
出来れば大歓迎されるといいなぁ。でも怒られる気がビンビンします。一年生なのに無茶したからなぁ。
「なんで冷や汗をかきながらニヤニヤしているの?」
「これは不敵な笑みです! 決して怖気ついているわけではありません!」
フィオナが訝しんだ表情で僕を変人扱いしたので認識を修正した。しかし僕が必死になってフィオナの認識を修正しようと詰め寄っているとフィオナにクスリと笑われてしまった。解せない。
「まぁいいです。いきましょう!」
「うん……」
そして、ついに意を決して僕とフィオナは学務課の受付に突入した。
さぁ、いざゆかん!
結局、僕とフィオナは大目玉を喰らうことになった。
なんて危険なことをしたのかと問い詰められ小一時間説教をされた。特にフィオナは優等生であることを期待されていたようで、それを裏切ってしまったことをくどくどと言われていた。可哀想に。
そして説教の次は職員が大勢集まってきてガーディアンステラの真贋の鑑定をし始めることになった。それはダンジョン棟の受付のおばさんが太鼓判を押したことで真だと判断された。おばさん、凄い信頼されているみたいだけど一体何者……?
ガーディアンステラが真だと判断されたことで僕たちは職員達に質問責めにあうことになった。僕はあまり詳しいことは話せなかったけどフィオナが大概説明してくれた。ただ少しだけフィオナの説明に引っかかることがあった。僕が凄い魔法を使ってジャイアントスケルトンを倒したとフィオナは昨日言っていたが、今日の説明では二人で協力して倒したことになっていた。なんでも息ピッタリでツーカーのテクニカルタッグだったとの話だ。昨日と今日、どっちの話が本当なんだろう。
「うぅ……。疲れましたぁー!」
「はぁ、凄い時間取られた。ティモシーもお疲れ様」
僕らが学務課の職員達から解放されたのは午後を過ぎた頃だった。朝早くから学務課にいたので結構な時間を説教と説明に費やしたことになる。
「それにしても大変なことになっちゃいました……」
「うん、これはちょっと予想外だったかも」
説明の途中でギルスリンダンジョンアカデミーの長であるギルバート学園長がやってきた。そしてなんと学園長が驚きの決定を下したのだ。
『我が学園生がダンジョンを攻略したことは大変喜ばしいことだ。だからギルスリン市長と掛け合って町でパレードを開催しようと思う』
なんて言っていた。
「パレードって! そんなの出たことありません!」
「私は過去に何回かある」
「フィオナ凄すぎです!」
フィオナの過去が気になる。勇者の弟子なんだよね?
「まあ、でも。ここで考えていても仕方ない。とりあえず昼食を食べに行かない?」
「いいですよ」
フィオナと一緒に食堂で昼食を食べた。その後、授業があるのでそれぞれが教室へ移動。放課後はフィオナは用事があるとのことで一緒に行動することはなく、僕は一人、訓練所で自主練に励むのだった。
……そういえばガーディアンステラはどうなったのだろう。フィオナが持ってるのかな。それとも今は学園の方で保管しているのだろうか。まあ、どっちでもいいか。きっとフィオナのことだから僕よりも適切な判断で保管をしているはずだ。
*
そして次の日。
朝起きて支度をする。支度を終えると僕は教室へ向かった。
道中、なんだか今日はいつもよりも他人にジロジロ見られてる気がした。角が生えてからジロジロ見られっぱなしで最近は慣れ始めていたが、それでも今日は気になってしまうほど見られていると感じる。そんなことを考えているうちに僕は教室へと辿り着いていた。
「?」
扉を開けて中に入ると教室でも僕は何やら注目を集めているようだった。だけど妙に居心地が悪い。皆んなの視線が何故か気持ち悪く感じた。
ヒソヒソ声がする。それは僕を見て話されているようだった。……自意識過剰だろうか。でも見られているのは確かだ。
授業が始まるまでの間、僕は教室の机でまんじりとも出来ずいると。
「ティモシー!」
教室の扉が大きな音を立てて開かれた。そこにいたのはフィオナだった。教室の注目が僕からフィオナに移る。
「あれ? フィオナ?」
僕が立ち上がるとすぐにフィオナが僕のそばまで来た。
「ティモシー、大変なことになってる!」
近くまで来たフィオナの顔は少し青ざめていた。
「ど、どうしたの?」
フィオナの普通じゃない様子に僕が上ずった声を出すとフィオナがカバンから何かを取り出した。
「これ」
それは丸められた羊皮紙だった。広げて中を見てみる。そこには僕とフィオナがダンジョンを攻略したことについて書かれていた。どうやら学園側が掲示板に貼って周知させていたらしい。
「えっ。こ、これって」
そしてそれには明らかに後から追記された文字で僕についての悪口が書かれていた。
『攻略者の一人ティモシーは魔法も使えない落ちこぼれ。フィオナに寄生するウジ虫野郎。アイツは攻略者として相応しくない。悪しき者、魔族の先祖帰り。先祖まで落ちこぼれ……。』
その他にもまだ色々と悪口が書かれていた。僕は気分が悪くなり目を逸らした。
「今、一年生を中心にティモシーが攻略者として相応しくないという噂が流れてるみたい。そんなことないのに。むしろ、私の方が……」
「フィオナ!」
「な、何?」
「僕は気にしていません。そもそもジャイアントスケルトンを倒した記憶もないですからこの噂はある意味正しいとすら思っています」
「そんなことない!」
フィオナがムキになって言った。
「私はティモシーが本当は凄いってことを知ってる! こんな噂を流されて良い訳ない!」
「フィオナ……」
フィオナは悔しそうだった。だけど僕は本当に気にしていない。でも。
「フィオナがそう思ってくれていることが嬉しいです。ありがとうございます」
「ティモシー……」
その時だった。
「おいおいおい。落ちこぼれ野郎がフィオナさんと一緒にいるぞ。まだ騙しているのか」
教室の入口の方から無粋な声がした。その声の主は、かつて僕の友達だった男子学生3人のものだった。