第1話 落ちこぼれのティモシー
「かつて世界には沢山の種族が暮らしていました。エルフ、獣人、そして竜族。彼らは私たちヒューマンと共存し暮らしていたのです。ですが今の世界にはヒューマンしかいません。何故でしょう?」
先生が僕たちに問いかけた。
「はい! 別の種族の人たちはヒューマンに世界を託して神さまのところに行ったからです!」
誰かが手を上げて元気よく答えた。僕はそれをぼーっとしながら聞く。
「そうですね。正解です。他種族の人々は神様のところで今も幸せに暮らしていると言われています。突然ですが皆さん、先祖返りって知っていますか? 遠い祖先の特徴が子孫に現れることを言います。そんな先祖返りによって他種族のような見た目をしている人々が存在するのです。彼らはギフテッドと呼ばれています。有名なのは王都の勇者様ですね。天翼族の先祖返りだと呼ばれています」
先生の授業を聞いているとゴーンゴーンと鐘の音がした。
「はい、では今日の授業はここまでです」
先生の一言で教室が一気に動き出す。僕も帰る準備をするために立ち上がった。
「なぁー、ティモシー」
名前を呼ばれた。声をかけられた方向を振り向くと三人の友達が僕を見てニヤニヤと笑っていた。
「今日も荷物持ち頼むよ。友達なんだからこれぐらいしてくれるよな?」
「うん……」
僕は友達が少ない。落ちこぼれで役に立たないから友達になってくれる人自体があまりいない。だから荷物持ちにされても数少ない友達には文句が言えなかった。
友人が少ないのは在籍している学園が実力至上主義的な面を持ち、そこに通う人達もそういう考え方になっていることが大きい。
僕の通っている学園は≪ギルスリンダンジョンアカデミー≫という。ここは世界各地に存在するダンジョンと呼ばれる古い遺跡について学べる学園だ。卒業者は大体がダンジョンを探索する冒険者という職業に就く。
学園はギルスリンというかつてダンジョンで栄えた街の中にある。ここは王都からも遠く、長所は街の中に探索し終わったダンジョンが存在することぐらいしかない小さな街だ。探索の終わったダンジョンは安全なので学園が利用しているのだ。だからギルスリンのダンジョンは学園ダンジョンとも呼ばれている。
僕はこの学園の魔術師クラスに通っている一年生だ。今年13才。僕は全くと言っていいほど体力がないので戦士クラスには行けなかった。本当は冒険者の花形である戦士になりたかったのだけど仕方ない。
魔術師といっても僕は何の魔法も使えない。僕の中に魔法を使うための魔力が沢山あるそうなのだが魔力コントロールが最低といっていいほど下手なのだ。それは魔法を使おうとしても全く発動しないほどで、そのため僕はダンジョンに潜る時に重要な冒険パーティーに参加することも出来ていなかった。
そういう訳で、こんな僕と友人になろうなんて人間は少ないのだ。
「今日、戦士クラスに可愛い女の子が転校してきたらしいぞ」
「マジかよ。見に行こうぜ」
転校生?
友達三人が珍しい話題で盛り上がっている。友人達が転校生の教室に行くことを決めたので必然僕も着いて行くことになった。それにしても戦士クラスに女の子だなんて珍しい。……僕は少しその子に嫉妬した。
4人分の重い荷物を息を切らしながら運び三人を追いかける。すると戦士クラスの教室に着くなり怒号が僕たちを迎えた。
「おい、フィオナ! どこ行くんだよ!」
「どこへ行こうが私の勝手」
教室から誰かが出てきた。それは氷のように無表情な顔をした、だけどとても可愛い顔の女の子だった。4人とも慌てて通路の端に寄ってその人が通るところを空ける。その少女は桃色の髪を揺らして僕達が空けた道を通って行った。
「ひょえー、すっごい美少女」
「あれだよアレ! 今のが噂の転校生フィオナ!」
少女が通っていった方向をだらしのない顔で三人が見送った。僕も一緒になって少女の方を見るも既に見えなくなっていた。
「噂ではあの子、次代の勇者候補らしいぜ」
「へぇー、勇者かぁ。じゃあもう有名パーティーに所属しているんだろうなぁ」
「それがどこのパーティーにも所属していないんだってさ! 一人で学園ダンジョンに潜ってるらしいぜ!」
「なら俺たちが誘ってみるか?」
「無理無理。俺たちみたいなしょっぱいメンツに見合う花じゃないぜアレは」
あの子、僕と同じでどこのパーティーにも所属していないんだ。もし一緒のパーティーになれたら僕なら嬉しくて飛び上がっちゃうかも。
「なぁ、ティモシー!」
僕が少女とのことを妄想していると大きな声で呼ばれた。慌てて呼ばれた方を向く。
「な、なに?」
「お前、あの子と一緒のパーティーになれたらいいなって考えてただろ!」
「気持ち悪いなぁ。お前とあの子じゃソロになってる理由が違うだろ。あの子は高嶺の花。お前はただの落ちこぼれ。全く別の世界の人間なんだから変な期待とかしてるんじゃねぇよ」
「お前みたいな女男じゃあの子の騎士様には相応しくねぇわな。もっと筋肉ムキムキの大男じゃないと釣り合わん」
僕を馬鹿にして三人が笑う。
クソッ。余計なお世話だ。三人だってあの子が高嶺の花なのは変わらないのに。
それから三人は帰り道でも僕を散々に馬鹿にした。
僕は寮の自分の部屋に着く頃には心も体もくたくたになってしまっていた。
「はぁ、今日もあまり良いことはなかったな。……こんな場合じゃないのに」
ベッドに腰掛けてうなだれる。
「あっ、そういえば。学務課に呼ばれてたんだった」
学生として学園からの呼び出しを無視は出来ない。急いで身支度をして本校舎内の学務課へ移動した。
学務課に着くと受付の前にあのフィオナがいた。
なぜここに居るんだろう。フィオナの後ろで並びつつもそわそわしてしまう。すると僕の存在に気づいたようでフィオナと話していた受付のおばさんが僕を見た。
「あっ、丁度良かったわ。ティモシー君もこっちに来てください」
「は、はい……」
横目でフィオナをこっそり見つつその隣に並ぶ。わっ、なんか良い匂いがする。こんなに近くにいるとドキドキするなぁ。……この子背高いな。僕よりも大きい。
「さて、あなた達は今どこのパーティーにも所属していませんね? 今月末の期末試験ではソロは認められていませんのでパーティーを組んでもらう必要があります」
「えっ!」
そんな話は初耳だ。どうしよう。僕と組んでくれるパーティーなんてない。
「じゃあ、この人と組みます」
「えっ!」
フィオナが僕を指差して言った。僕は突然の展開にまたしても声が出た。
「ティモシー君は、それでもよろしいですか?」
学務課のおばさんが僕をちらりと見る。
「は、はい! 勿論!」
僕は慌てて返答をした。そして思わず顔が緩む。
なんて幸運なのだろう。パーティーメンバーのいなかった僕がこんな可愛らしい子と同じパーティーになれるなんて。
「それじゃよろしく。ええと、ティモシーさん?」
フィオナの青空のように澄んだ瞳が僕を見つめた。
「あ、僕の名前はティモシー・ロイドです! フィオナさん、でしたっけ?」
「うん。私の名前はフィオナ・ドレイク。フィオナでいいよ。私もティモシーって呼ぶから」
いきなり呼び捨て!? それは難易度が高い!
「あと、一つ言うことがあるけど良いかな」
「な、なんでしょう!?」
フィオナは左手で横髪を弄って少し言いにくそうな顔をした。
「私はこの学園で学ぶことはないと思ってる。だから期末試験の時やどうしてもって時以外は学園ダンジョンに潜る気もないからあまり手伝えないと思う」
「えぇ!」
それは困る。いや困らないか。いや、やっぱり困る。せっかくパーティーを組んだのだ。協力して冒険をしたい。だから聞いた。
「どうして……?」
「私、普段は街の外のダンジョンに潜っているから。そこに着いてこられるのも困るし」
「すみません、もう少し詳細な説明をお願いします……」
「私の目的は学園の卒業じゃなくてダンジョンの奥深くに潜む悪しきモノ達の殲滅だからこの学園では活動する気がない。ごめんね」
一気に天国から地獄へ落とされた気分だった。
*
気づいたら寮の自室に帰っていた。学務課から自室までの記憶がない。それほどショックだった。
やっと一緒に冒険ができる仲間に巡り会えたと思ったのに……。
気落ちしたまま僕は不貞寝したのだった。
*
そして次の日。
目が覚めると妙に頭が重かった。
「う、うーん。風邪かな? 昨日泣きながら寝たから疲れて風邪引いちゃったかも」
洗顔と歯磨きの為に歯磨きブラシとタオルを持って外に出る。
「?」
寮の廊下を歩いていると、なんだか寮中の人に注目されている気がした。特に頭の辺りをジロジロと見られている。寝癖でも酷かっただろうか。ファサファサと頭を触ってみる。
「!?」
すると頭に髪以外の硬質な何かがくっついていることに気づいた。
「え、何これ!?」
思わず手に持っていた荷物を落として両手で頭をまさぐる。その硬質な何かは右側頭部と左側頭部の二箇所に付いているようだった。
触っているだけじゃ分からない。僕は落とした荷物を拾って寮の共用洗面室まで走った。走っていると周囲の人が驚き僕を見て、更に二度見することに気づく。やっぱり頭に付いているこれが注目されている要因らしい。
「か、鏡、鏡!」
僕は急いで走ると洗面室に駆け込んだ。そして鏡の前に立ち覗き見る。
「えっ! 本当に何これ!」
すると鏡に映る僕の見た目は別人のように変わっていた。顔が変わった訳ではない。変わったのは瞳と髪、そして頭だ。瞳は赤い虹彩に色を変え、髪は銀髪になっていた。そして頭には羊のように内側に曲がった角が両側頭部に生えてしまっている。理解し難い急激な変化が僕の身に起こっていた。
「一体どうして……」
鏡を見て混乱していると僕の後ろを学園の教員が通る。
「ヒッ!」
「え?」
その教員が僕の顔と頭を見て小さく悲鳴をあげた。
「ま、魔族!!」
「魔族?」
そして両手を勢いよく振って逃げ出した。それはまるでランナーのように見事な逃げざまだった。
「魔族って、なに?」
頭の角をさわさわと触りながらポツリと呟く。その言葉に対する返答は誰からもなかった。