隠れ家はますます大盛況でございます。
積み上げた文庫本が僕に訴えかけたのは、2050年8月15日の夜8時だった。背表紙の文字列が何かを相談しかけているようで、僕は少しフリーズしかけたところをなんとか歯をくいしばって耐えた。まあ、たまにあることさ。
でも、この世界中で、僕の悩みを解決できる人間はどのくらいいるだろう。今時点で、相談できる人はお父さんとお母さん、そして高校生二年の姉の豊子だ。僕たち家族は仲が良くて、大概のことは話せる。それでも、僕にとって好きな女の子の沙耶子のことはまだ相談していない。中学三年のこの時期、学校のクラスで異性と付き合っているのはほんの一握りに限られる。まだ告白するタイミングではない。僕たちのクラスはみんなお互いのことを認めあっていて、共に何でも協力しあって問題解決に勤しんできた。例えば、学級委員のジュンが体育の柔道で骨折したときには、みんなで彼の代わりに学級委員を勤めたし、杉本加奈が隣のクラスの男子のことが好きになった時など、クラスの男子で協力して、そいつに杉本加奈の良さを何気なく囁きまくったりして、見事、両思いになって、お互いに抱き締めあったりしたものだ。
しかし、こんなことで驚いてはいけない。僕たちはもっと感動しなくてはいけないことがあるのだ。それは地球行きのチケットが、宝くじとして販売されるということだ。僕は未だ地球に行ったことがない。僕たちが住んでいる月では、地球から移住してきた偉大なる一世の人たちからいかに地球が美しい惑星であるかを聞いてきた。週に一度、日曜日に集会所で地球から移住してきた人たちが、地球の歴史や文化について教えてくれるのだ。僕はどうしても地球に行って見たかった。犯罪が多いと聞いていたし、物価も月に比べて高いと聞いた。この月ではほとんどの物質は配給制だ。しかし、何千年も地にそびえている樹木や空を飛ぶ鳥、そして雄大な海、是非とも泳いで見たいものだ。地球に行くには片道百万円はかかる。僕の預金では到底賄えない。でも、ひょっとしたらお父さんに相談すれば、なんとかなるかもしれない。




