05
「………ま……ァ様……アキレア様。」
翌日、ふかふかのベッドで目を覚ました。見たことがない天井、見たことのないインテリア、そして見たことのないメイドは僕をじっと見て咳払いをした。
((そうだ、ここガーデンだ。))
ふと思い出してガバッと勢い良く体を起こした。そしたら彼女は優雅にお辞儀をして自己紹介をした。
「お初にお目にかかります。本日よりアキレア様の身の回りのお世話をさせていただくキキョウです。何なりとお申し付けくださいませ。」
「よ、ろしくお願い……します……?」
寝ぼけた頭で何とか状況を理解する。
「そして俺はクレマチスだよ。よろしくね、僕の弟!!」
キキョウと名乗った女性の後ろからひょこっと顔を出した青年の柔らかそうなブロンドはどこかで見覚えがある。ライトグリーンの瞳はぽかんと口を開けている僕と目が合うとまるでいたずらが成功した子供のように無邪気に笑った。
クレマチス……??弟……??………クレマチス殿下……!?!?
「ぉッ…!!お初にお目にかかります!!ブーケ王国第八王子、アキレアと申します!!ご挨拶が遅れ申し訳ございません!!」
焦って立ち上がり胸に手を当てて挨拶をすると、クレマチス殿下は楽しそうに笑った。
「サプライズが成功して何よりだよ。つい先程帰城したんだ。気にしないで。」
気取らないその態度はビオラのそれと同じだった。そして彼は宝石の様な瞳を輝かせて僕の肩をガシッと掴み、距離を詰めて少し興奮気味に言った。
「弟ができて嬉しいよ!アキレア、俺のことは遠慮せずにお義兄と呼んでくれ!」
そして勢いよく抱き締められた。正直、本当の兄にもそんなことはされたことがないから戸惑ったが、むず痒かったけれどとても嬉しくて小さくはい、と答えた。“クレマチスお義兄様”は満足そうに頷いた。
朝食を済ませてすることがないかビオラに尋ねるため彼女の姿を探した。しかしどこにも姿が見えず困っていると前方からクレマチス様が僕を見るなりキラキラと目を輝かせて走ってきた。
「探したよアキレア!君に見せたいものがあるんだ!」
「えっ」
「きっと君が今探してるのと一緒だよ、おいで。」
戸惑っていることを察したかのように優しく微笑んだ彼、彼は人の少しの表情の変化などを汲み取るのがとても上手らしい。
「お義兄様、見せたいものはこれですか…?」
「そうだよ。よーく見てごらん。」
そう言われてじっと騎士たちを見てみることにした。さすがこの辺りの国では一番の兵力を持つガーデンの騎士たちだ。素人の僕から見てもわかる剣技、気迫。僕はそれに圧倒されてしまった。
「そこッ!!気を抜くのが早すぎる!戦場では今引いた一歩で命を落とすぞ!!」
聴こえてきたのは、騎士たちの場からするには高すぎる声だった。その声の持ち主は自分よりふた周りほど体の大きな騎士と手合わせをしていた。体格差では不利に見えたが、その太刀筋はまっすぐ力強く、大きな騎士は30秒ほどでいとも容易く地に膝をついた。他の騎士たちはその様子に、次は誰がやるかと楽しそうに名乗り出ていた。
「剣を振るのに無駄がある。引きを小さくしなさい。」
「はっ!!ありがとうございます!!」
「次の者!!来なさい!!」
「はっ!!よろしくお願いいたしますッ!!」
次の騎士は、他の兵士たちとは違って兜に羽をつけていた。きっと部隊長クラスの人間だと思う。しかし、先ほどの騎士は動じもせずに対峙する。ただ1人黒衣のマントを羽織っているのできっとこの騎士は騎士団長だったりするのかも知れない。
「ハァッ!!!」
部隊長と思われる騎士は一気に距離を詰めた。何度も踏み込み、攻撃をする。しかし黒衣の騎士はいとも簡単にそれら全てを避け、相手の剣の根元に剣先を突き立て、ただ一太刀振り上げた。すると部隊長の騎士の剣は宙を舞い、その一瞬で黒衣の騎士は体勢を崩した部隊長の肩を踏み台にして宙を舞い剣を手にして倒れる彼の両頬の横に二本の剣を突き刺した。ガキィン!!!という金属が揺れる音がして、あたりが静まり返る。
「……ま、いり…参りました……!!」
「「おおおおお!!!」」
自分の稽古そっちのけで2人の手合わせを眺めていた周りの騎士達は歓声をあげた。
「良い突きだったわ。しかし少し脇をしめなさい、そうすればもっと力が入るはずよ。」
黒衣の騎士は部隊長に手を差し伸べて起こした。そして兜を取り、あたりに告げる。
「各自手合わせの続きを!!」
「「「はっ!女王陛下!!」」」
そう、その黒衣の騎士は、僕の婚約者だった。