04
『見せたいものがあるの。』
そう言ったビオラに腕を引かれてやって来たのは大きな扉の前だった。ギィィと重そうな音を立てて扉を開くと広い部屋一面に本がビッシリと並べられていた。ビオラは得意げに微笑んで振り返った。
「ふふ。凄いでしょう?私の自慢の書庫よ。これからここへの出入りは自由だから、好きな時に来るといいわ。」
アキレアは口を開けながらぐるりと本棚を見渡した。胸が踊るとはこのことを言うのだろう。
「最高だよ!本当にありがとう!!」
ビオラは満足そうに笑うとまたアキレアの手を取った。
「次にいくわよ。」
早足に歩く彼女に腕を引かれてたくさん城の中を歩いた。庭に出ては剣術の相手をさせられ、早駆けもした。ビオラは自分の指先のように自由に剣を扱っていた。僕などでほんの少しも本気を出してもらえず惨敗だったが、なぜか無性に楽しかった。
また手を引かれて早足で着いていくと、今度はキッチンに到着した。そこにはもう小麦粉や砂糖、生クリームや色とりどりのフルーツが置かれていた。
「ケーキ?」
「そう!」
身支度をして二人でキッチンに立った。料理は本を見ながら興味の湧いたものはたまに作っていたから少し自信があった。兄弟たちには王子が料理なんてするなと言われたのだけれど。ビオラはそんなことなど気にもせず、少し不器用にフルーツを切ろうと包丁を持っていた。
「ビオラ見てて、フルーツを持つ手は指先を丸めるんだよ。」
彼女は僕の言葉のように右手を丸めてゆっくりフルーツを切って、切り終わると満足げに僕を見て笑った。
「見て!苺はなかなかうまくいったでしょう?」
スポンジが焼きあがり、いよいよ飾り付けに入る。生クリームで全体をコーティングしてデコレーションする作業はビオラが大苦戦していたので僕がやった。
「すごいわアキレア。あなたすごく上手なのね!」
「ちょっと本を読んで作ったことがあるだけだよ。」
照れ臭さをごまかすようにフルーツを手に取った。真っ白なクリームの上にカラフルなフルーツを散りばめて、紅茶を入れて少し遅いティータイムにした。キッチンで立ちながらケーキを頬張るなんて、生まれて初めてだ。
「「おいしい!」」
二人して目を丸くして顔を見合わせた。普通のケーキなのに、不思議と今まで食べたどんなケーキよりも美味しかった。
夜になり、辺りが暗くなった頃。用意された部屋で本を読んでいると部屋にビオラが訪ねてきた。
「最後に見せたいところがあるの、着いてきて。」
夜の城は少し静かだった。昼間はビオラに挨拶する人たちがいたから余計静かに感じた。僕もビオラも何となく口数が減って、ただコツンコツンという彼女のヒールの音が狭い塔の階段に響いた。
「ここよ。」
塔の階段を登り切り、扉を開くと屋上に出た。町中の灯りが点いて美しく輝いていた。夜景を背にビオラは振り返り、日中とは違う少し真面目な顔をして口を開いた。
「これが、私の守りたいもの。」
「私は女だから、最初は反対の声も大きかった。でも、私はこの国を愛してる。この国を……民を守る剣であり盾でありたいの。」
そう言う彼女の肩は、白く華奢で、女の子だということに初めて気付いた。その肩に手を伸ばしたけれど、伸ばした手は彼女の冷たくなった両手をそっと包み込んだ。
「君が剣にも盾にもなるのなら、僕は何になればいい?鎧にでもなろうか?」
少しおどけたように、彼女に言う。少し驚いた様子の顔を覗き込んで言葉を続けた。
「君が全部になってしまえたら、君を守るものがなくなってしまうじゃないか。僕に何ができるのかまだわからないけれど、きっと、君を支える何かになってみせる…から…。」
だから、ぼくにも一緒に守らせてくれないか。
心に浮かんだこの言葉は口に出さなかった。何も出来ない今の僕ではまだ言えないと思った。
手を握ったまま言葉を詰まらせる僕を見て、彼女は少し困ったように眉を下げて微笑んだ。そして少し暖かくなった手で、僕の手を握り返してポツリと言った。。
「ありがとう。」
昼間のように満面の笑みを浮かべたビオラにほっとして、僕も自然と微笑んだ。
いつか、君にこの言葉を伝えよう。僕が僕らしさ を手に入れることができたとき、一番に君に伝えるから。だからどうか、その時は今みたいな笑顔で頷いてほしい。