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イバラの女王に嫁ぎました  作者: まある
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03

「お待たせして申し訳ない。私がガーデンの女王、名をビオラと申します。」

部屋に入ってきてテーブルを挟んで目の前に立った彼女を見てアキレアは息をのんだ。しばらく目が離せず呆然と立ち尽くしてしまった。見事にフリーズしているとビオラにどうぞ、と促されソファに腰掛ける。

( (これが……イバラの、女王……!))

目の前にいる初めて会う婚約者は、今まで出会ったどんな女性よりも美しく、目を細めてしまいそうなほど眩しさを感じた。髪と同じブロンドのまつげなんて瞬きするたびバサバサと音を立てそうだし、瞳はまるで雲ひとつない青空を写したかのようだった。

「申し訳ないけれど、席を外してくれるかしら。」

形の良い紅色の唇が開き、周りの人たちにそう声をかけると執務室にはアキレアと彼女の二人きりになった。チッ…チッ…と秒針が動くのがやたら大きく聞こえた。

落ち着きなくやや震える手で紅茶を飲みながら何を話すべきかを必死に考える。普段からあまり人とコミュニケーションをとらないからこうゆう時の話の始め方がわからない。ソワソワと迷っていると、顔の目の前に影ができ、突然音がなった。

パァン‼︎

「……ッ!」

大きく手を叩いたのはビオラ。驚きのあまり持っていたティーカップから紅茶が溢れそうになった。驚きすぎると人は声が出ないらしい。こんなどうでもいい発見は置いといて、さっきまでまるで無表情だったビオラは今楽しそうに笑っていた。呆気にとられて見つめていると、ああ失礼、と一度咳払いをしてこう言った。

「改めまして、私がこのガーデンの女王ビオラ。驚かせてごめんね。君があまりに怯えているからつい。」

あっけらかんと笑っているビオラを見て、アキレアはまだ全く状況を飲み込めずにいた。

「そんな驚かないで。人質の為に手元におこうなんて思ってないわ。あなたは大事な婚約者だもの。」

彼女のさっきまでの無表情はなんだったのだ、アキレアはぽかんと口と開けたままだ。そんな僕を見て彼女はわざとらしく肩をすくめた。

「驚かせてごめんなさい。ちょっとしたサプライズよ、気を悪くしないで。」

今まで緊張していた自分が馬鹿らしくなった。気が緩んだ途端笑いが込み上げた。するとビオラは嬉しそうに笑った。

ビオラは二十二歳でアキレアと同じ歳だった。楽しそうに笑う彼女はさっきの無表情の時よりもずっとずっと美しかった。

「ビオラ女王陛下は、本がお好きなんですか…?」

「ビオラでいいわ、私もアキレアと呼ぶから貴方も楽にして。」

「えっと、じゃあビオラ…は、本が好きなの?色んな本があったから気になって。」

「ええ、すごく好き。本なら何でも読むわ。物語でも、歴史書でも、指南書でもね。例えば最近読んだのは……」

初めて、初対面の人との会話が弾んだ。この書斎には仕事で使う本がたくさんあるけれど、書庫にはもっと沢山の本があるらしい。彼女は博識で、色んな事を知っていた。

「僕も、本を読むのがすごく好きなんだ。新しい知識を取り入れるのって、自分の世界が広がるみたいで楽しいんだ。」

自分が本が好きだなんて、ほとんど人に話したことなどなかった。貴族が集まるパーティーで、僕の地位と目立つ見た目につられて寄ってくる貴族の女性達はいつも自分の話だけで僕の話なんて聞こうとしてくれなかったから。

「ねえビオラ。恥ずかしながら僕は城でずっと本ばかり読んでいたんだ。馬術も剣術も、他の兄弟よりもずっと下手だよ。正直僕が君と結婚しても、この国の何の役にも立たないんじゃないかな…。」

正直に打ち明けた。ずっと思っていたアキレアの本心だった。ガーデンを衰退させることになるかもしれないと考えると、自責の念で死んでしまいそうだ。しかもガーデンは騎士達の王国。その権力者達は皆ブーケの貴族のように屋敷にこもって仕事をしているだけでなく、騎士として武功を挙げている方々だと聞いていた。つまり、この国は武力ある者達が国を守り動かしている。僕には勿論そんな力はない。

「兄弟たちからも言われていたんだ。本ばかり読んで男らしくない、お前は飾り物の王子だって。」

お飾りの王子というのは言い当て妙だった。アキレアは母親譲りの中性的な美しい顔立ちをしていたため、昔はよく女だと間違えられたり、上の二人の姉の着せ替え人形にされていたりもした。おまけに筋肉のつきにくい細身の体で剣術も馬術もほかの兄弟たちに劣っていた。美青年といえば聞こえはいいが、彼はずっと自分の容姿にコンプレックスを抱えていた。他の兄弟たちより何か優れているものは、この無駄に目立つ見た目くらいだったから。アキレアが俯くとビオラは短く「そう。」とだけ返事をして紅茶を飲み、立ち上がった。窓の縁に手をかけて何かを考えるように目を伏せた。そして少ししてから小さく息を吸い、こう言った。

「何が好きだとか、何が得意だとか、そんなの貴方の自由よ。男らしいとか女らしいとかそんなものに囚われるなんてもったいないと思わない? 人生で一番大事なことは、自分が自分らしく輝くことよ。」

ビオラのサファイアの瞳がまっすぐ僕を捉えた。陽の光が彼女の髪を照らしキラキラと眩しく輝いた。金糸のようなそれと白いカーテンが風で優しくなびく。それがあまりに美しくて、なんだか泣いてしまいそうな気分になった。僕はこの瞬間を死ぬまで忘れないだろう。


《それはまるで、絵画のように》

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