01
「はあ……。」
青年は大きくため息をついた。ため息をつかずにはいられなかった。侍女達が目にかかるモサッとした前髪をオールバックにセットしていく。身綺麗になればなるほど青年の憂鬱な気持ちは大きくなっていった。
「どうして僕なんだ…。」
*
ため息の原因は一週間前の昼下がり。いつも通り日当たりのいい二階の角部屋で本を読んでいると、普段は誰も近寄らないこの部屋のドアがなった。
「兄王様がお呼びです」
そう控えめに告げられ、あまりのことに声が裏返った。
「…兄が?」
青年の名前はアキレア。この国の第八王子である。王位継承権などに興味なく部屋でずっと本を読んでいる彼に、他の王子達はなんの興味も示さなかった。そんな兄から、しかも第一王子であり現国王のホリホックから呼び出される事など今までほとんどなかった。
妙に嫌な予感がした。嫌な事といえばこの陽当たりのいい角部屋から追い出されて本を読めなくなることぐらいなのだけれど。
*
「アキレアです。」
返事が聴こえるまでの時間が恐ろしく長く感じた。手を握りすぎて手汗が滲んだ。
「入れ。」
いつもの厳しい声が聴こえ、大きく重厚な扉が開かれた。蛇に睨まれたカエルのように動けなくなったアキレアに、痺れを切らしたようにもう一度低い声が呼びかけた。
「……入れ。」
「…はい。」
遠慮がちに部屋に足を踏み入れて、ソファに腰掛けた。コーヒーが運ばれてきて悟った。これは話が長くなるに違いない。
((いやまじで勘弁してくれよ……なんだよこの沈黙。どうゆう状況だよ……。呼び出したんだからなんか喋ってくれよ頼むから……!!))
そんな彼の悲痛な心の叫びはもちろん兄には伝わらない。
「単刀直入に言う。お前には他国の姫と結婚してもらう。」
「……へ…? ぁ、え、あの、け、結婚……」
頭が痛くなった。ほら、僕の嫌な予感は当たるんだよと心の中でぼやいた。
「御言葉ですが王よ。第四王子まで妃を娶られておられるのですから、順番的には第五王子のリアトリス兄様とではないのでしょうか。」
順番なんて特に関係もないだろうけど、なんで何の力も能力も持たない第八王子の僕なんだ、と心の中で付け足して申し出た。
「お前でなくてはならないのだ。私としてもリアトリスを推したのだがどうしてもお前がいいと申されたのでな。アキレア。これは光栄なことだぞ。相手はあのガーデン王国女王、ヴィオラ様だ。」
ガーデン王国とは東の森を挟んで隣国にあたるが、アキレアやホリホックの父である前王のハイランドジアと前ガーデン国王が不仲だったらしくほとんど交流はなかった。しかし三年前にガーデンの国王は退位し、娘のヴィオラが女王に即位したことを機にホリホックはこの豊かな隣国との同盟を結びたかったようだ。そして弟を女王と結婚させたかったのは強国であるガーデンと手っ取り早く協力関係になる為。そして女王が政権を握る彼の国でアキレアをガーデンの実質的な王にし、政治の実権を握らせることが最も大きな目的であった。リアトリスの野心を察したアキレアはさらに頭が痛くなった。目眩すらした。
自分に拒否権などないことは彼には十分すぎるほどわかっていたから。