閑話
『乙葉って、地味だよね』
───地味。
それが、私が中学校や高校で持たれた印象。いつも本を読んでいる子でした。
赤いリボンが特徴的な、ブレザーが制服だった高校で、私はいつも茶色い眼鏡に編み込んだ三つ編み。セーラー服だった中学生のころは、ポニーテールにピン留めを付けていました。
「もっと、お洒落したら?」
仲の良い友達だった、ロシア人のおばあ様を持つ、クォーターのミミ。服飾をしているデザイナーがいる家族の一人娘。
休日には家で遊んだり、買い物に連れ出してくれたり。
そのささやかな日々は、とても楽しいものでした。
そして、鮮烈な出会いは、突然で。
夏休みを控えた、高校3年生の夏。私は、それと出会いました───。
♡♡♡
「見て、乙葉!」
「え?」
その日、一緒にお買い物をしていたミミが見つけてきたのは、綺麗な白いワンピース。
腰から下にはレースも上乗せされて、上品さと爽やかさが両立されたようなもの。
「乙葉なら似合うわ、着てみてちょうだい」
ところどころ、おばあ様の母国語の言葉が入るミミは、私を強引にそのお店の試着室に押し込んで、私はその服を着させられました。
ミミが選んだものなら、きっと大丈夫
出来たよ、と私は遮断用のカーテンをシャッと引き、その白いワンピースを身にまとう私をミミに見てもらいました。
「わぁ……」
ミミは口に手を当てて、肩まで伸びている、お祖母ちゃん譲りの綺麗な白金の髪をふわりと揺らし、私を見ています。
「どうかな?」
気になって感想をせがむと、ミミは目をきらきらと輝かせはじめました。
「とっても、似合ってる!
Выглядитхорошо!だわ!」
「ええと……」
困惑した表情を浮かべると、店員さんが来て、高くて可愛い声でこう言ってくださいました。
「お世辞ではなく、本当にお似合いです。
黒と茶色みがかった髪と、鮮烈な白、そして綺麗な編み込みのハーフアップ。
すごくかわいいですよ、自信を持って下さい」
「あ……ミミ、Спасибо」
ミミに、「ありがとう」と伝えました。
華のような笑顔で、ミミは「Пожалуйста!」と言って、手をグーとする仕草をして見せました。
最初は、その一つの白いワンピースだけ。
そのはずでした。
♡♡♡
「今日、私の家に来ない?」
「ミミの家?」
うん、とミミは頷いて、ミミの家があるマンションの最上階に上がり、大きな扉の中に入ります。
そこには、ミミのお母さんがいました。
「Этотребенок?」
「так!」
ミミのお母さんがこっちに来て、そのブロンドの髪を耳にかけました。
「こんにちは、乙葉ちゃん。ミミの母です。ううんと…レイトリーフのデザイナーって言ったら分かるかしら?」
「はい」
レイトリーフは、遅れた葉という意味で、ミミのお母さんはレイトリーフというブランドのデザイナー。
ボタニカルな自然のものを使った布地に、若い女性をターゲットにしたデザイン。今、人気を集めるブランドの一つ。
いつもどこかに行っていて、帰ってきているなんてとても珍しい。
「実はね、ミミからあなたに服を贈ってほしいと頼まれたの。あなたを見て、デザインが沸いてきたわ。
ミミ、乙葉ちゃんってミエイルリストな子ね。ふふっ、楽しみだわ」
「ミエイルリストは、可愛いって意味よ。乙葉は可愛いもの。当たり前だわ」
ミミが誇り高そうに言います。ミミのお母さんはパサパサしたブロンドの髪をまとめて、私の身体を採寸し、あっという間にデザインを書き上げていきます。
「夏だから、水色やミント色なんて良いわね。ミミ、私の部屋からビジョナリーミントの布地を持ってきてちょうだい。
棚の上から二つ、右から三つのところにブルーペール系統のがあるわ。」
「ええ、分かったわ」
ミミが、ととと──と駆けていき、ばたんと扉の音がしました。
ちらりとデザインを見れば、ワンピースに透け感のあるセパレートで、レースも使われて動きやすい。なんだか涼しげな感じがします。
「これかしら?」
「それはティファニーブルー。ビジョナリーミントは、もう少し淡くて渋いような色味よ」
これでもいいわ、とミミのお母さんは服を作り上げていく。1時間ほどで、ミミのお母さんは私に服を作って下さいました。
「───見立てどおり似合うわ」
ミミが満足げに呟いて、私は水色のワンピースをもらい受けました。
茶色い網に、ターコイズブルーの色をしたイミテーションの宝石をはめ込んだサンダルに、白いつばに青いリボンのある帽子。
───少しは、地味じゃなくなった…かも
そんな淡い期待を寄せて、ミミは私に服の世界を教えてくれました。
昔話は、これでおしまい────。
はじまり編はこれにて終結です
次回からは、Raffine編が始まります
Raffineで働くことになった彼女に
何が立ちはだかるのでしょうか?