第二話
おかしいなぁ。3000字も書けてないくせに投稿してる……。
蝙蓮を救急車で病院へ送ってもらってから、紅音は一人家路を歩いていた。間接的にではあるが、人ひとり救えた事が少し嬉しかった。自分の胸に顔を摺り寄せてきたあの少女、あれは自分に甘えていたのだろうか。幼児とは言えない年頃の少女にこんな感情を抱いて良いものか分からないが、あの少女を少し可愛く思った。
が、同時に少女の境遇を思うと少し胸が痛んだ。自分の知らない世界、暗い世界を知ってしまった事が、紅音の心に嫌な物を残す。蝙蓮のボロボロの身なり、身体の傷を思い出すと、人を助けた誇らしさはなくなってしまった。自分よりも少し幼いくらいに見えたあの少女、一体どんな闇を見てきたのだろうか。
明るいとは言えない気持ちで歩いていると、何かとぶつかった。顔を上げると、スーツ姿の男が立っていた。
「す、すいません!」
その短髪の男は若く、取り立てて特徴のない顔立ちだった。その特徴のない顔で、紅音を睨みつけている。
「痛ぇな、気を付けろよ!」
それだけ言って、男は歩いて行った。歩きながらも、まだ何かぶつぶつ言っている。紅音は、少しの間動けなかった。男が怖くて動けなかったのではない。大きな声に驚いたことは驚いたが、ぶつかった位であんな風にいい年の男が怒れるものなのだろうか。別にぶつかった事で何かあの男の大切なものを壊してしまった、という訳ではないようだ。
今ぶつかった男の、何と言うのか人間の小ささに驚いてしまったのだ。
それから数日、特に何か変わった事が起こる訳でもなく紅音の日常は続いた。朝起きて安物のパンを口に押し込み、最短の通学路を通り学校に行く。学校で授業を聞き、家に帰る。宿題を終わらせてベッドに入り、また朝が来ると起きる。安物を口に。学校を往復。夜になると眠る。その繰り返しだった。
強いて変わった事を挙げるなら、サイレンの数が少なくなった事だろうか。ドラ猫の様な顔の母親が
「サイレンも少なくなって、やっとこの町も平和になったねぇ」
と安心した口調で言っていた。紅音としても、それは喜ばしい事だ。が、蝙蓮の事が頭をよぎる。蝙蓮の様な娘がいて、果たして本当に平和と言えるのだろうか。知られていないだけで、もしかしたら蝙蓮の様な子供はもっといるのかもしれない。それなのに、『平和だぁ』なんて軽々しく言って良いものなのか。
そう言えばあの娘、元気になっただろうか。良くは分からないが、元気になったところで、もしまた悪いところで育てられるのだとしたら、もしそれであの娘が傷つくのだとしたら、果たして自分は彼女を助けて良かったのだろうか。悪い考えが浮かんでは、嫌なものを紅音の心に残す。
同時に、また会いたいとも思う。あの娘、ちょっと可愛かったなぁ。
ここはどこだ。木も川もない。変なにおいがする。この白い大きなものは何だ。そういえば、この自分を包んでいる頼りないものは何だろう。自分の視界のどこにも、自分の知っているものがない。
何かが横に立っている。ソイツはやたらと鳴いている。
「パ、パ……」
思わず口から言葉が漏れる。横の変な白い奴がさっきからうるさい。パパより白く、毛も少ない。パパはこんなにうるさく鳴かなかった。コイツはパパではない。
蝙蓮の大きな眼から、涙がこぼれる。何故だ。何故自分の目から水が出るのだろう。赤いもの、熱いもの、木が黒くなっていくのを思い出す。家族の悲鳴。パパが自分に向かって大声で鳴いている。そうだ、こうしてはいられない。
白衣を着た医者らしき男は、目の前の少女の突然の涙に当惑した。さっきから話しかけても少女は一向に応えてくれない。検査をしたから分かるが、別に耳が聞こえない訳ではないようだ。
蝙蓮は、布団を蹴り落としてベッドから降りる。いきなりの事に驚いた医者は蝙蓮を止め、ベッドで休むように言う。傷だらけで倒れていた少女なのだ。そんな少女がいきなり動き出したのだ。医者ならなおさら心配するのが普通だ。
蝙蓮は医者に目もくれず、周囲を見回す。こんな狭い所、臭い所からは出ていきたい。出ていきたいが、どうすれば出られるのか。ここには、自分が知っているものは何もない。
やがて、ゆっくり病室の窓に手をかける。窓からなら外が見える。ただ、蝙蓮は窓を開ける事はしない。何度か窓を触り、その後強く叩き始める。
「ちょっと、何してるの!」
医者が蝙蓮の肩を掴む。うるさい。蝙蓮のは振り返り、思い切りその手に噛みつく。が、嫌な臭いがして、すぐに手から口を離す。それにパパの手のように優しくない。
医者の手から匂っていたのは薬のそれだったが、蝙蓮にはそれが分からなかった。
「ウゥーッ!」
威嚇の声を上げる蝙蓮。医者はそこに立ちすくむだけで、声を出すことも近づくことも出来なかった。目の前の少女の、先程からの奇妙な振る舞い。その時、看護婦が扉を開けて入ってきた。そこから出ていけるということが分かったようだ。看護婦がドアを閉める前に、蝙蓮は素早くそこに身体を滑り込ませる。
どうすれば帰れるのか。ひたすらあてもなく病院を走り回る蝙蓮。パパの様な奴を何匹も見かけるが、どれもパパとは違う。何匹も自分を見ているが、関係ない。早く、パパや仲間を見つけなければならないのだ。
ようやく、蝙蓮は病院を出る。辺りを見回すと、確かに『家』は見える。が、沢山の四角い大きなものがまるで『家』と自分との間に壁を作っているように見える。
「アアァーッ‼」
無数の壁に向かって吠える。そこをどけ。『家』と自分とを隔てるな。その思いを乗せて、何度も吠えるが、当然ビルは動かない。恐らく蝙蓮が吠えるのを見ていた者には、ビルなどの建物に向かって吠えている事すら分からないだろう。
大声を出して疲れたのか、蝙蓮はアスファルトに座り込む。肩で息をしている。吠えた所であれらは動かないと分かったのか、立ち上がって蝙蓮は歩き始めた。
やっと投稿できたと思ったらこれだよ。