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とある男の決心

 

 暖かな陽気が、深い眠りについていた草木を優しく揺り起こす。

 それにつられて俺の心までも晴れるのだから、佐保姫とはきっと明るく優しい神様だったのだろう。


 その昔、人と共にあった神々が消失し、自然を司る神々はそれを嘆いて人と交わることをやめたと伝え聞いてる。それが神代の終焉なのだと。

 だから俺は、なぜ君だけが残ったのか不思議に思っていた。


 いつの日だったか、まだ君と出会って間もない頃。

 なぜ君だけが残ったのかと、幼子の純粋な好奇心が赴くままに君に問うたことを覚えている。他人の痛みにすら濁されないその純粋さは、ひどく鋭利なものだとも気づかないで。

 

 そんな愚かな俺に君は怒ることもせず、ただ困ったように笑った。

 そして、人が栄養を糧に生をつむぐように神が願いを叶えるためには対価を要し、その対価とは自らの願いなのだと教えてくれた。

 

 幼い俺は、願いという力を失ったから消えたんだと、そう思った。

 けれど今更なって気が付いてしまったんだ。神は生きるために願いを必要とするわけではないのだと。


 気が付いてしまえば、君が残ったことが余計に不思議に思えた。



 神が対価を要するのは生きるためではなく、人の願いを叶えるために過ぎない。だから、多くの神々が消失したということは、それらの神々の願いは「る」ことにあったのだろうと思う。

 そして、人里に在って人と暮らし、自らの願いを犠牲に人の願いをかなえ続けた神は、きっと人が好きだった。だからこそ、人の営みの中で人と在り続けたいと願ったのだろう。

 自然を司る神々も、きっと人が好きだった。だからこそ、このまま人に情を移して自身の破滅を迎えないようにと人と交わることをやめたのだと思った。



 では君は?


 君は人と共に在ることを願わなかったのだろうか。

 君は参拝人を愛おしそうに見つめているのに、本当は人が嫌いなのだろうか。

 だから問いをはぐらかしたのかと、少しだけそう疑った。


 でも、君が、人の願いを叶え続けている君が、人が嫌いなはずは無い。

 君と過ごしてきた時間が、俺にそう確信させた。

 

 だから、気づいてしまったんだ。君の願いに。

 ――――人になることを願っていたのだと。



 神々は人と生きたくて、君は人と逝きたかった。

 

 人の行く末をいつまでも見守っていきたいと願った神々は人ともに消え、人と同じ時を生きたいと願った君だけが人の営みと共に残った。人になりたいと願った君だけが、神であり続けた。



 君の願いが分かった時、俺はなんだか君に与えられた謎かけが解けた気がして、嬉しくなって浮かれていた。だから今日、俺は得意気に君にこれを伝えてしまったんだんだ。


 君にこれを伝えた時、君は顔を曇らせながらも否定することをしなかった。

 そして、叶えた数だけ在り続けてしまうのだと、そう言った。





 すまない、君。


 俺はこの時まで、君が何故はぐらかしたのかを理解していなかった。

 叶わなかった願いを知られたくないとか、そんなことだろうと思っていた。君は人となることを願ったのに、俺は君に自分という存在が認められた気がしていたのかもしれない。俺が大人になったら君を連れ出して、人の願いから解放してやればいい。そして君に人の女と同じ生活をさせてやろうと、そう思ったんだ。


 俺は対価の重みを、そして君の優しさを測りそこなっていた。


 願いを叶え続けてきた君の寿命は、まだまだ果てしなく続くのだろう。

 俺の寿命なんかでは待てない程に。

 

 そして、先に死ぬであろう俺に、その願いを押し付けたくなかったんだろう。

 君を見ることのできる人間が、次に現われるかすらもわからないから。


 俺は自分のことしか考えていなかった。


 

 みてくれだけはやっと君に並んだというのに、俺はまだまだお子様だ。

 出会った時のまま俺を子供扱いする君に不満を持つ資格もない。

 君が心のうちを明かしてくれていなかったことに不満を持つ資格もない。

 



 俺は、君と対等になりたい。

 神と人では立場は違うかもしれないけれど、生きてきた時間も圧倒的に君の方が多いのだけれど、それでも俺は、君に頼られる人となりたい。君の心の重荷を共に分かち合いたい。君の抱える悲しみを、怖れを、どうか俺に吐き出して欲しい。


 庇護される存在ではなく、共にありたいと思う。

 君が好きなんだ。



 だから、君に釣り合う人となるとここに誓う。

 君が惚れるほど、思慮深くて落ち着いた大人に。






 その時、君にこの気持ちを伝えよう。







親愛なる君へ




佐保姫  秋を司る龍田姫と対を成す、春の女神

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