表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

とある男の告白

 

 数日臥せっている間に、野山が随分と眩しくなっていた。

 生きとし生けるものが眠りにつく死の季節でありながら、きらきらと光る毛布がすべてを覆い隠し、美しく幻想的な季節だと錯覚させる。



 私は、雪の上を歩くことが好きなのだと、君に言ったことがあっただろう。が、あれは正確じゃない。

 私は、冬が、死が美しいなどという妄言に誑し込まれぬよう、まっさらな雪に足跡をつけて、些細な抵抗を続けていただけなんだ。勝ち目は未だ、見いだせてはいないのだけれど。

 

 いつの頃からか、君も一緒になって足跡をつけるようになった。

 君は、雪に足が沈む感覚を堪能するかのように、興味深そうに足跡をつけていたな。私はそんな君を見て、いつの間にやら、少し楽しいと感じ始めてしまっていた。

 

 だから正確には、私は、君の隣で雪の上を歩くことが好きだったんだ。地団駄を踏む子供のように摂理に抗っていたはずなのに、その目的を時々忘れてしまうくらいには。





 やはり私は、これを誰かに送るつもりはない。

 もし、君がこの手紙を読んでしまっているのだとしたら、それはきっと死期の目測を誤った私の不手際だ。だから君を責めるようなことはしない。

 けれど私は、せめて君の前でだけでは見栄を張っていたいと思う。だからここで引き返して欲しい。私の、最期の願いだ。

 

 君に見つかる可能性もあるのにこうして手紙を書くなんて、自分でも愚かな行為だとは思う。だが、君に宛て気持ちを綴らなければ耐えられないほど、私は弱い男なんだ。願わくは、君がこの事実(弱さ)に気が付いていないといいのだが。







 私は、死ぬことが恐ろしい。


 人であれば死に怯えるのも当たり前のことだ。

 皆、死に怯えながらも生を謳歌している。

 

 だが、私は駄目なのだ。どうしても、どうしても耐えられない。


 私は君よりも、先に逝くだろう。

 人の時間は短いから、君と過ごせる時間もそう多くはないはずだ。



 死ぬことそれ自体も、もちろん怖い。

 死んだ後は暗い世界に一人きりなのだろうか、それとも意識など消滅するのだろうか、好き勝手に想像しては足が竦むこともある。


 だがそれ以上に、私が死んだ後に時間が流れ続けるという事実が、何よりも恐ろしいんだ。

 私はすでに死者であり、何事にも干渉できず、歴史の層と埋もれるだけだ。だが生者は、生者は干渉し続ける。生者は死者わたしの行為に干渉し、改変することが叶うのに、死者わたしは生者の行為に干渉することは叶わない。



 それが嫌だ。

 嫌で嫌で嫌で嫌で嫌でたまらない。

 

 俺が今何をしても、死んだ後に行われる干渉に抗う術はない。

 そんなのずるいじゃないか。後出しが有利と相場は決まっている。



 私がいない世界で、君は誰と出会い、どんな風に笑うのか。

 俺にとって、世界は君だけだ。君だけが、俺を特別な存在として選んで(あいして)くれた。そんな君が、他の男を選んで(あいして)、私のことを忘れるのかと思うと――――





 俺は君を愛してる。

 愛しているからこそ、君に一番に愛されたい。


 俺が死んだ後、俺以外を愛さないでほしい。

 それが約束できないのなら、一緒に連れていきたい。




 ……嘘だ。


 君には幸せになってほしい。

 君にはまだ知らないものが沢山ある。だからまだ生きて、楽しいことや美しいものを知って欲しい。君が人生を一人で過ごすのが寂しいと思うのなら、そして私のような人間が君の前に現れたのなら、誰かと一緒に過ごして欲しい。


 



 嘘だ。これも嘘、俺は嘘つきだ。


 本当はそんなの嫌なんだ。

 君の幸せを本気で望んでいる。

 でも、君の一番でいたいという気持ちを失くすことができない。



 俺が今どれだけ君を愛そうとも、月日の中で記憶は薄れていく。

 その後に現れるであろう男に、俺は敵うことが出来ない。




 いつからか、こんな気持ちを抱くぐらいなら、君との未来なんて願わなければよかったと思うようになっていた。それが君の存在を否定することだと分かっているのに。





 君の前で君の幸せを願う俺はすべて偽物。

 君の前で君に優しくする俺もすべて偽物。

 俺は君に嘘しかついていない。

 俺は君に忘れられないために、自分のために行動していただけだ。


 君の愛している私は、本当の俺じゃない。





 ああ、だから私は、本当の自分を、弱い自分を見せたくて、弱い俺を知った上で愛してほしくて、あの日、君に泣きついたのかもしれない。


 そしてまた、本当は君に気が付いてほしくて、醜い感情ごと愛してほしくて、この手紙をしたためているのかもしれない。

 


 なんて自己中心的で余裕のない男なのだろう。







 だが、こんな俺なのに、君に愛されたいと思ってしまう。

 そして、君はきっと愛してくれるのだろうと傲慢にも思ってしまう。












 君が好きだ、俺だけの神様

 君だけを愛している







親愛なる君へ




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ