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藁人形に口づけを  作者: タケノコのコ
エピローグ
10/10

恋した藁人形

 

 事実を元にした物語など、すべからく美化脚色されている。

 

 母は子の生を願ったけれど、妻の生を願った夫は子供を受け入れられなかった。

 子供は社へと捧げられ、神様の供物となった。

 だから再会を果たしたのは、青年ではなく子供なのだ。


 



 僕の愛する彼女は、「いってきます」といって今日もどこかへと出かけてゆく。

 片手には藁人形を握りしめて。



 陶器のような白に、腰まで届く濡羽色。

 すっと通った鼻筋に、大きな黒い二つの瞳。

 そして淡く色づく薄いくちびる。


 物憂げな表情も儚く美しかったけれど、それでも今のように笑っているほうがきらきらと輝いて美しい。

 絹のような髪が動きに合わせて揺れ、頬は桜色に染まっている。





 僕は彼女が好きだから、彼女には笑っていて欲しいと思う。

 例えそれが、歪んだ結果なのだとしても。








 いつかの時代に行われた素敵な恋愛譚は、時が経つにつれて呪いとなった。


 ――絶対に死ねない呪い

 ――子を成すと死んでしまう呪い



 彼女が何代目の犠牲者なのか、僕にはわからない。



 彼女が僕のことを父と呼んだのは、

 僕がまだ十の時。


 彼女が僕の世話係を母と呼んだのは、

 彼女(世話係)が十九の時。


 彼女は家にいる男を父、女を母と呼ぶ。

 先代もその前もそして僕も、彼女にとっては一人の『お父さん』。

 個人でなど認識されていなかった。


 彼女が『あなた』と呼び、愛を囁き続けている彼。

 いつぞやの供物だけが、個体として認識されている。





 『あなた』が亡くなってから、もう何百年経ったのだろう。

 彼女はいつからか心を病んだと聞いている。

 

 果てなく待ち続ける恐怖から逃れるための、自己防衛なのかもしれない。

 彼女は、事実を認識することができなくなったのだ。




 彼女の容姿は十七で止っている。

 だからだろうか、彼女は自分のことを十七だと、『あなた』のことも青年なのだと思っている。彼女は彼女の中だけで、学校にも通い続けている。友達にも恵まれ、平日は学校で楽しく過ごしている。

 『あなた』は死んではいないし、いなくなったのもつい先日。いつ帰ってくるのかと、彼女はずっと待っている。

 彼女の時は、もうずっと前から動いていない。


 過去の話は数百年前の常識で語り、未来の話は現代の常識で語る。

 その間の矛盾には、気がつかないよう蓋をして。





 神が消えた後も、供物は捧げられ続けた。

 神の子らの寂しさを慰めるために。

 

 彼女が『あなた』以外を正常に認識できなかったとしても、

 いつか彼女が『あなた』の代わりを求めた時に、彼女を死に誘うために。

  


 彼女はずっと部屋に閉じこもっていたから、何年もその姿すら知らなかった。

 それでも彼女に捧げられる前から社で育てられていたし、生贄として選ばれるのは社の子供の中でも一等優秀な子だと決まっていたから、僕は捧げられたことに不満を感じていなかった。なんだったら誇らしいとすら思っていた。

 

 そして、あの秋の朝、彼女に出会った。

 多分、一目惚れだったと思う。

 身代わりであったとしても、この人の特別になれることが嬉しいと思った。

 


 なのに彼女は「藁人形がいるからもう大丈夫」なんて笑顔で告げて、楽しそうに藁人形と出かけて行った。

 



 身代わり人形(藁人形)なら、僕がいるのに。

 

 本体は土に還ったのだから、彼女の行為がフィードバックされることはない。

 そんなただの物と違って、僕だったら彼女の望みをなんでも叶えてあげるのに。



 でも、何をしたって、『あなた』の藁人形にはなれなかった。

 僕は『お父さん』の藁人形なのだ。




 ならばせめて良き『お父さん』として彼女に尽くそうとそう決意した。

 そして決意通り、彼女を見守ってきた。



 

 

 初代は彼女を犠牲者と呼んだ。

 僕も彼女に会う前は、その生に苦しんでいるのかと思っていた。


 けれど、本当にそうなのだろうか。


 彼女は毎日『あなた』帰りを願いながら、生きている。

 その表情は暗く曇るときもあるけれど、彼女は生を捨てようとしたことはない。

 


 初代は親の勝手な願いで子に命を与えたことを後悔していた。


 けれど、いつだって、子を生むことは親の身勝手だ。

 そこに子の意思など介在しないのだから。



 彼女は心を崩してまで、『あなた』と生きることを選んだ。

 例え、それが思い出であったとしても。


 彼女はたぶん、生まれたことを後悔してなどいない。

 例え、その生が呪われたものだとしても。




 彼女はきっと死を望まない。

 だから私は最期まで、『お父さん』として彼女を見守っていくのだろう。




 


 藁人形を作ってからもう三年。

 毎日持ち歩いていたそれは、そろそろ限界を迎えている。

 

 あの藁が人型を保てなくなった時、彼女はまた別れの悲しみに暮れるのだろうか。








 桜の下で待ち続ける男と彼女が再会を果たすのは、一体いつのことだろう。

 願わくは、それが優しいものであってほしい。


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