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記録6 何かよく分からんが、とりあえずフラグがひとつ立ったっぽい

「あら、吉澤さん。おかえりなさ―― あれまあ、ルシアちゃん、ぐっすり眠っちゃって!」


「ええ、だから、あの……鍵開けるの手伝ってもらえませんかね」



 俺は笑顔を繕うと、大家にケツを差し出した。ズボンの左のケツポケットから鍵を出してもらいドアを開けてもらったのだが、その間にそれとなくセクハラをされた気がする。……鍵が取り出しづらいのを装って、ちゃっかりケツを撫で回さなかったか、このおばはん。

 とりあえず、手伝ってくれたのはたしかだ。俺は大家に礼を述べると、とっとと自室に引っ込んだ。というのも、背中の幼女が重たくて重たくて仕方がないのだ!



   **********



 ソフトクリームを買い与えてご機嫌をとりつつ駅へと向かう途中、他に買い漏らしたものはないかとルシアに尋ねながら、俺は電気屋へと向かった。

 昨日、初めて彼女の長い髪を洗ったわけだが、拭いても拭いても乾かなかったのだ。短く刈り上げた俺の頭は、バスタオルで体と一緒に拭けばそれだけで乾く。だからドライヤーなんてものはうちには無かったわけだが、女の長い髪ってのはそうは言っていられないものなんだな……。というわけで、風邪をひかれても困るため、俺は本日の買い物の最後に、ドライヤーを買って帰ることにしていた。ついでに、電気ケトルなんかも買っておく。舌の肥えた彼女がカップ麺なんか食べようもないだろうが、俺が朝寝坊するなどして昼食を用意してやれないということもあるかもしれないからだ。


 電化製品の購入中、ドライヤーの購入理由を聞いたルシアが何やら思い出したとでもいうかのように「保湿クリームを作りたい」と言った。必要品は一番最初に寄った百貨店の中にある店舗で買えると分かったので、本日の締めくくりとして俺らは再び百貨店を訪れた。

 全ての買い物が済み、帰りの電車に乗って座席に座ると、ルシアはスイッチが切れたかのように眠ってしまった。〈初めて外の世界に出る〉という興奮のおかげで何とか保っていたようだが、本日は出掛けからアレコレと魔法を使っていたからかなり疲れていたのだろう。俺は気持ちよさそうに眠っているのを起こすのは可哀想だと思い、最寄り駅についても起こすこと無く、彼女を背負って帰った。


 そんなこんなで、帰宅したわけだが。駅から家までが本当に遠く感じたよ! ぐっすり眠って完全に脱力した幼児、めちゃくちゃ重たいよ! 本日何度めか分からないけれど、本当に世のパパさんママさん尊敬しますわだわ!

 俺はルシアをそっとベッドに降ろすと、とりあえず靴を脱がせた。コートも脱がしたいところだったが、この重たいのをまた持ち上げるのは今はもう無理と思ったのだ。――とりあえず、飯作る前に一息入れよう。そう思った俺は、買ってきた電気ケトルを早速使ってみることにしたのだった。


 コーヒーを飲んでいると、ルシアが香りに釣られて起きてきた。



「タクロー、それは何……?」


「おう、おはよう。コーヒー、お前も飲む?」



 ルシアは眠たそうに目を擦りながら、コクリと小さく頷いた。百貨店で買い物した際にプレゼントで貰ったドリップコーヒーなんだが、果たして彼女の口に合うだろうか。――そう心配していたら、案の定あまりお気に召さないようだった。



「何これ、変に苦くて美味しくないわ……」


「今度、もっと美味いのを飲ませてやるよ……。それにしても、お前、驚くぐらいぐっすりだったな。そんなに疲れたか?」



 俺はつい今しがたまで使っていたコップを手早く洗うと、冷蔵庫からオレンジジュースを出して注いだ。そしてそれと引き換えに、彼女のコーヒーを引き取った。ルシアはオレンジジュースを一口飲むと、苦々しげな表情を浮かべてポツリと言った。



「この体、すごく疲れやすいみたいなのよ。体のせいなのか、感情の起伏も激しいし。だから、余計に疲れてしまって……。これじゃあまるで、本物の幼女みたい」


「ああ、だから魔法もあまり使いたくないのか」


「それもあるんですけど、向こうの世界でも魔法はやたらめったら使うものでは無いのよ。だって、いざというときに魔力切れを起こしてしまったら困るでしょう?」



 たとえば病院の診療所などで、骨折した患者が運ばれてきたとする。しかし、ちょっとした擦り傷を治すのに回復魔法を使用し続けていたせいで魔力切れとなり、その大怪我をしている者を放置せねばならなくなってしまったら。それは、本末転倒というわけだ。



「魔力だって体力と同じで有限なんですもの、そうパカパカと使えるものじゃあないのよ。だから、無駄打ちなんかしていられないわ」


「じゃあ本当に、〈風呂に入らずともたちまち体が綺麗になる魔法〉とか〈濡れた髪がたちまち乾く魔法〉なんてのは漫画や小説の中の話なんだな」


「何それ……。ていうか、元の姿だったら、そんな〈魔力の無駄使い〉も出来るくらい魔力が満ち溢れていたんですけど……」



 呆れ顔で俺を睨んでいたルシアが、一転してしょんぼりとうなだれた。元の姿の彼女は〈異世界への門〉を開くほどの力の持ち主だけあって、魔力量も相当のものだったらしい。

 俺は〈どうすれば元の姿に戻れるのか〉ということを尋ねた。彼女は昨日留守番している間中ずっと、そのことについて考えていたそうだ。しかしながら、小さくなってしまった原因が思い当たらないし、それが分からずじまいだから策も練りようがないのだとか。



「世界の危機なんですもの、一刻も早く帰りたいのはもちろんなんだけれど、でも、原因が分からないことにはどうしようにも……」


「焦ったところで状況が好転するとも思えないし、向こうの世界には申し訳ないかもだけど、のんびり解決策を模索していくしかないのかもな」


「ええ、そうね……」


「ところで、一時的に元の姿に戻ったことが何度かあっただろ? あれは何で戻ったんだ?」


「さあ……」


「何か、それぞれに共通することなんかもないのかよ」



 ルシアは腕を組むと、百面相しながら考え込んだ。そして顔をしかめると、〈本当は言いたくない〉とばかりにもったりとした口調で言った。



「とても、凄まじく、この上なく、満たされていたわね……」


「はい……?」



 うどんを食べて戻ったとき、彼女は大量の魔力を消費していた。おかげで、今にも死にそうなほど腹が減っていたそうだ。だから、空腹が満たされてこの上なく幸せな気分となったという。また、ラザニアを食べたときは〈初めて自分が調理に携わった〉ということや〈とても美味しい〉ということが重なり、嬉しくて嬉しくて仕方がなかったそうだ。

 風呂で頭を洗ったときは、綺麗好きな彼女は〈幼女の体でいる限りは洗髪出来ないのか〉と絶望すら感じていたそうだ。それが回避されたうえに、今まで体験したことのない〈気持ちのいい洗髪〉が毎日受けられると思ったらものすごく気分が上がったという。

 俺は相槌を打って頷くと、きょとんとした顔で彼女に返した。



「つまり、幸せな気持ちで満たされればいいのか?」


「確証はないけれど、そうかもしれないわね……」


「お前、そんな幸せに飢えてるってさ、もしかして、向こうの世界ではかなり寂しいヤツだったのか」


「まあ、そうね……。大切にされすぎて自由が無かったくらいですしね……」


「じゃあ、俺はお前を幸せにしてやればいいのか」


「はあ!?」



 ルシアは素っ頓狂な声を上げると、耳の先まで顔を真っ赤に染め上げた。俺は怪訝な表情を浮かべると、少しだけ首を捻った。



「いやだって、元の姿に戻るまで面倒を見るってことは、そういうことだろう?」


「そ、そうかもしれないけど、だからって! あなたって意外と、恥ずかしいことを平気で言うのね!」


「そうかなあ?」


「そうよ! 今日のお出かけ中だって何度も――」


「え、俺、何か言ったっけ?」


「自覚ないの!?」



 ルシアは顔を真っ赤にしたまま、口をあんぐりと開けて俺を呆然と見つめていた。――ごめん、マジで心当たり無いんだが。俺、そんな爆弾発言しまくってるのか?


 俺が〈解せぬ〉という表情で首を傾げていると、ルシアは不満とも不服とも照れ隠しともとれるような、機嫌の悪そうな表情で俺を睨みつけてきた。そしてフンと鼻を鳴らすと、彼女は挑戦状を叩きつけてきた。



「いいわよ、分かったわよ! やれるもんならやってみなさいよ! タクロー、私のことを精一杯満たしなさい!」


「お、おう……。とりあえず、飯作るからテレビでも見ながら待ってて」


「テレビって何? ――わあああああ! すごい! 小さな箱の中で、人が動き回っているわ!」



 テレビの電源を付けてやると、ルシアの機嫌は元に戻った。キラキラと目を輝かせながら画面に食い入る彼女をぼんやりと見つめながら、俺はキッチン部分に移動した。

 とりあえず、彼女が元の姿に戻るために必要なことは分かった。チュートリアルを終了して、任務発令のための〈最初のイベント〉も無事に終えたようだ。そして「ひとまずフラグが一本立ったようだが、あと何本立てたらエンディングに漕ぎ着けるのだろうか」と思いつつ、俺は彼女の腹を満たすべく冷蔵庫を開けたのだった。

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