表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

1話 改定





「先輩、先輩っ‼」


 俺の腕の中で後輩の声が聞こえ、その直ぐ後に身体が激痛に襲われる。特に右腕が酷い。目に入るのは複数有る大きな車輪。ここは駅の電車とホームの間、ホーム側にある空きスペースだ。


「なんでっ、なんで先輩が……」


 かすんできた視界の中で、右腕は車輪に引きつぶされている。これは助からないだろう。トラックじゃないが、年下の少女を助けて死ぬんだ。テンプレみたいに転生出来たらいいな……走馬燈も見えて来た。しかし、二十六になってもまだ童貞なのだから。ロリコンでオタクな俺に彼女など出来るはずがなく、ましてや妻なんて出来ないのだ。ああ、異世界に転生したい。




 ※※※




 ピッ、ピッ、ピッ、という規則的な音が聞こえて目を開くと薄ぼんやりした視界に白い知らない天井が見える。口元には酸素マスクが付けられているようで、苦しい。というか、身体が動かない。動くのは首くらいだ。

 何がどうなった。確か、静久が電車の前に突き落とされたんだ。それを助ける為に俺も飛び出したんだ。ぎりぎり身体を線路横の空きスペースに転がりこんだんだったんだ。犯人はおそらくストーカーだろう。静久からストーカーについても相談されていた。頑張ってそれぐらい仲良くなったのに、逆にストーカーの疑惑を着せられたのだ。その疑いを晴らす為に通勤の時に電近付いた時、車のホームで彼女が突き落とされる所を見つけて、慌てて飛び出したのだ。

 そんな風に考えていると、扉が開いて誰かが入ってくる。首だけを動かすと、身長120cmくらいで肩まで有る綺麗なプラチナブロンドにブルーの瞳をした美少女が入ってくる。


「……先輩……?」

「……ぁ……」

「先輩っ、目覚めたんですかっ⁉ ちょっと待っていてくださいっ、直に先生を呼んできますっ!」


 入って来た美少女……静久が外に出て行き、直に先生と看護婦がやって来る。それから診察をして貰っていく中で判明したのは、俺の右腕が列車の車輪で潰され、切断されている事だった。






 ※※※






 目覚めてか二年が経った。退院してからは一年半だ。それよりも驚いた事は俺が意識を失っていた月日は三年だという事だ。その三年の内に世界は大きく姿を変えてしまった。

 まあ、こちらは後で説明しよう。それよりも退院した俺の生活は大きく変わった。



 一つ目は三年間も寝たきりだったので辛いリハビリを行わなくてはいけなかった事だ。


 二つ目。務めていた貿易会社を首になった事だ。これは静久に対するストーカーの疑惑の事で、既に首になる事が確定していたからだ。しかし、まだ確定した訳ではなく、通勤中だったので労災はいけたようだ。

 こちらは目覚めてから会社の人間がやって来て交渉した。静久が無実をもう一度上に訴えたそうだが、決まった事なので覆らないと言われたそうだ。なので、貰える物は貰う事にした。

 会社側は事を大きくしたくないようなので、雇った弁護士の人と一緒に臨んだ交渉は有利に進んだ。

 退職金は無しで今回の事を訴えたりしない代わり、労災を貰うのと性能の良い義手を会社の金で買って貰った。相手の感じからして、恐らく静久を突き落とした犯人が既に自首しているらしいが……おそらくスケープゴートなのだろう。どちらにしろ、この数日後、休職していた静久も会社を辞めた。


 三つ目。嫁が出来た事だ。そう、嫁。それも合法ロリで美少女の静久だ。聞いた話ではあの後直ぐに以前、告白してきた社長の息子である神崎正臣が近づいて来たそうだ。俺の事を色々と言って来たが、反論して直談判したら窓際部署に飛ばされたらしく、そのまま休職して俺の看病をしてくれていた。

 俺が目覚めてから退院できるくらいになると、俺の為に復職して神崎について調べると退院前にやって来た静久が行ってくれた時にこんな会話をした。





 ※※※





『いや、いらないし』

『先輩の名誉がかかっているんですよっ』

『どうでもいいな、うん』


 オタクで駄目な俺にはあってないような物だしな。


『それに既に色んな会社に話がされているので、再就職も絶望的ですよ?』

『まあ、最悪親父の店を手伝えば食ってはいけるからな』

『そんなの、駄目です。私のせいでこんな事になったんです。このままじゃ、先輩がまともな人生を送れないじゃないですか。そんなの、私が納得できません』


 やろうとしている事を考えても、命の危険はかなりあるからな。そもそも、あっちは入れるかどうかも分からないが。


『先輩は私の命を助けてくれたんです。今度は私が先輩を助ける番です』

『だから、そういうのは求めていないから、別に気にしなくていい』

『い・や・で・す』

『そんなに俺にまともな人生を送ってほしいのか?』

『そうです。出来れば幸せになってほしいです』


 静久の言葉を聞いて、俺はダメ元で言う事を決めた。


『じゃあ、お互いが納得するプランがある』

『なんですか? 聞くだけ聞いてあげます』

『結婚して一生、俺と添い遂げてくれ』

『ふにゃっ⁉ なっ、なにを言ってるんですかっ! 冗談ですよねっ! こんな身体ですよっ!』

『いや、本気だ。ロリコンの俺は静久に一目惚れしたんだ。だから助けるのに命だって賭けられたんだぞ』


 顔を真っ赤にした静久を一生懸命に口説く。今なら成功率が高いはずだ。これが一生に一度、あるかないかのチャンスだろう。


『静久が俺を受け入れてくれれば俺は幸せだ。もちろん、静久がを幸せに出来るように努力する。だから、あんな碌でもない感じのする野郎の所になんていく必要は無い。あっちは無視して二人で一緒に幸せになろう』


『っ⁉』


 抱き寄せて顔を近づけると、真っ赤な顔をしながら頷いてくれたので、そのままキスをした。その後、両親に話したら大喜びで賛成してくれた。静久の親は父親が他界しているので、母親のアンナさんに話した所、幸せにしてくれるなら構わないとの事だった。むしろ、大助かりとの事でとんとん拍子に話が進んだ。どうやら、相当生活が苦しいみたいだ。もともと、日本が好きでこちらに引っ越して来たアンナさんだが、苦労の連続だったみたいで、花嫁姿の静久を見たら泣いていた。しかし、その妹達にはかなり睨まれて恨まれているようだった。

 とまあ、そんな訳で結婚式をあげて、静久は柊静久となり、俺……柊孝二(ひいらぎこうじ)の妻になった。




 ※※※




 あれから一年が経ち、俺達の関係は順調だが……やはり、不安にもなる。


「しかし、本当に良かったのか?」

「何がですか?」


 一戸建ての自宅のリビングで椅子に座って、キッチンで台に乗って料理してくれている静久を見る。彼女は白いブラウスに青いミニスカートを履いて、エプロンを付けている。


「俺なんかと結婚した事だよ。右腕も無くなって義手があるとはいえ、世話になりっぱしだしな」

「何度目ですか。後悔なんてしていませんよ。私は先輩の無くなった右腕の代わりなんですから」


 やはりというか、なんというか。義手は違和感があり、まともに動かすのは苦労するし、メンテナンスも大変だ。というか、頑丈な上に高性能な高級品であるので調整する為には専用の施設に向かい、義肢装具士の人に調整して貰わないといけない。この金額も馬鹿にならないので、今ではかかりつけの医師の人に教えて貰った専門学校に通って必死に勉強した。テストもこないだ受けたので、受かるかどうかは不明だ。


「その事は気にしなくていいんだがな……」

「そういう訳には行きません。それに先輩は命の恩人ですし、その怪我も私のせいですから」

「だけどな……」

「結婚から始まる恋愛というのもいいじゃないですか。それとも先輩は私の事は嫌いですか?」

「まさか、大好きだよ。むしろ愛してる」


 だから、一年半で必死にリハビリをして動けるようになった。もっとも、特殊な薬が開発されて昔よりも筋肉の劣化が格段に抑えられているそうだが。


「知っています」


 微笑みながら静久が料理を運んできてくれ、二人で食べる。両親はお店へと出かけているのでお昼は居ない。家事は全部静久がやってくれる。俺と静久は現在、収入が無いので頼り切りだ。貯金は保険金と労災でまだあるのだけどな。


「食後はどうすればいいかな?」

「散歩でもいきますか?」

「そうだな、それもいいかも知れない」

「では、そうしましょう。あっ、テレビをつけていいですか?」

「いいよ」

「ありがとうございます」


 静久がリモコンでテレビの電源を入れる。テレビからニュースが流れる。


『二年前に発生した地震の後に発生した特異災害地域、迷宮についてですが……どんな感じでしょうか?』

『現在、世界中で発生したこの迷宮ですが、現在は自衛隊により封鎖されております。また新たに発生した迷宮は四カ所に及びます……』

『この迷宮の中には化け物が出現する大変危険な場所です。現在、自衛隊により調査が行われておりますが、判明している事は少ないです。一つは魔物を倒す事で運動能力や記憶能力などが増える事、魔物の身体が素材に使える事ですね』

『一般の人が迷宮に入る事は出来ないんでしょうか?』

『今の所、無理ですね。これからに期待です』


 右腕を失う前では信じられない光景がテレビから流れる。それは全世界に地震が突如として襲い、世界各地に迷宮が生まれたらしい。ゲームのように中では魔物が溢れているようで、危険な為に自衛隊が閉鎖している。その土地を接収されるので、報告したくない人も多いだろう。


「迷宮ってやっぱり入れないのか?」

「危ないらしいですから、入れませんね」

「でも、やっぱり迷宮とかロマンだから何時かは入れるのを期待するか」

「そういえば、先輩の部屋にそんなのがありましたね」

「そうだな……」


 結婚式を終えた後、ホテルで泊まってから自宅の部屋に戻った時、俺の視界に飛び込んだのは綺麗に整理された部屋だった。部屋には身に覚えの無い家具が増えているのは静久のだろうからいい。だが、有ったはずのコレクションは殆どが捨てられていた。

 母さんと静久が事前に相談して、選別して捨ててしまったらしいのだ。静久は「私が居るので必要ないです」との事で、エロい物は全て廃棄されてしまった。殆ど捨てられてしまった上に俺の趣味を完全に把握されたのだ。まあ、自分でも尽されているのが分かるので、悲しいが諦めるしかなかった。それにオタク文化に関しても結構静久は寛容だし、エロいのしか捨てられていなかった。一般のゲームは残してくれたし、それを一緒にプレイもしてくれた。


「しかし、運動能力が増えるなら有りだな」

「危険ですよ」

「まあ、そうだが……簡単に倒せればいいんだがな」

「無理だと思いますよ?」

「それもそうだな」


 そんな他愛もない話をしながらの食事が終わり、静久が片付けてくれる。少しリビングでゆっくりしながらテレビを見ていると、電話が鳴る。


「出ますね」

「ああ」


 静久がなにやら話した後、こちらにやって来る。


「先輩、少し出かけてきます」

「どうしたんだ?」

「妹が入院したみたいなので」

「俺も行こうか?」

「いえ、大丈夫です。先輩は大人しくしていてください」

「もう大丈夫なんだが……わかった」


 静久に頬を小さな両手で挟まれて、不安そうな瞳で見詰められてしまえば何にも言えなくなる。


「では、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 静久を見送った後、パソコンでメールをチェックする。仕事の面接を受けた会社からの通知が来ているが、どれも不採用だった。気を落としながら、地下へと向かう。



 自宅にある地下室は倉庫と駐車場、犬と猫の遊び場が有る。慰めて貰おうと思って来たのだ。


「にゃぁ~」

「わふ」


 地下の一室には飼い猫であるロシアンブルーのセラと、シベリアン・ハスキーのヴォルフが居る。この子達が居る部屋は庭にも通じていて、自由に行き来できる。猫の為のタワーも設置してある。


「おいで」

「わふっ!」

「にゃぁ~!」


 飛び込んで来る二匹を撫でていると、急に地面が揺れた。震度は低いので大丈夫だろうが、一応倉庫を確認していく。





 ※※※





 二匹を連れて倉庫に向かった。ここには災害に備えて食料の備蓄や、まとめ買いがお得な為に沢山購入した物。親父の雑貨屋で使った時期の過ぎた保存の効く在庫がダンボールのままで置いてある。


「やっぱり崩れているか」


 確認していると、ヴォルフが唸り声をあげた。ヴォルフが吠えている駐車場の方へと行くと壁が崩れていて、更に地下へ続く広い通路が出来ていた。


「おいおい、これって……」


 暗くてわからないが、とりあえず懐中電灯と双眼鏡を持っていく。俺が進むと二匹も着いて来てくれる。不安だが、放置してもしもの事が有れば困るから、とりあえず調べないといけない。静久や両親と相談する前に少しでも調べないとな。


「一緒に来てくれるのか?」

「わふっ!」

「にゃぁ!」

「ありがとうな」


 二匹を撫でてから奥へと進んでいくと、ほのかに光が見えてくる。そのまま進むと信じられない光景が広がっていた。




 ※※※




 暗い通路を抜けた先には高い位置になっている高台に到着した。遥かに高い天井には爛々と光る太陽のような温かみを発する花々。高台の上から見渡せる眼下には大きな花で作られた綺麗な花畑。遠くの方には巨大な木々で出来た森林が見える。


「なんだこれ……」

「わふぅ?」

「にゃぁ!」


 セラの声に振り向くと、出て来た通路の近くには大きな球体の水晶が重力を無視して浮いている。水晶の色は青色で、結構綺麗だ。試しに触れてみるとピリッと痺れる。その直後、水晶から光の塊が出現して俺の胸へと吸い込まれていく。


「うぉっ⁉」


 慌てて離れる。しかし、少ししても何も起きない。身体を触ってみるがなんともない。


「わふっ」

「にゃぁ~」


 俺が自分の身体を確認している間にヴォルフもセラも興味があったのか、ヴォルフは水晶をぺしぺしと叩いてセラは水晶の上に乗っていた。二匹もその後、俺と同じように光を身体に取り込んだがなんともないようだ。意味が分からないが、後で調べてみないといけないな。そんな事を考えていると、突然水晶が浮き上がって光を四本照射した。

 一つの光は正面の遠くに有る森の奥へと進んでいった。もう一つは右側で周りを囲んでいる花畑を過ぎた先に見える、大きな岩山へと進んでいった。もう一つは左側で、今度は視界の先に見える大きな水の塊へと向かっていった。最後の一つは入口の反対側、大きな煙を出している山へと進んでいった。そのどれもがしばらくすると消えていき、水晶は何事も無かったかのように漂いだした。

 もう一度水晶に触れると、今度は同じ現象が繰り返されるだけだった。光を出したままで下を見ると、光の線にそって直線の道のような物が見えた。ひょっとしたら、これは行き先の案内表示なのかも知れない。繋がっているのは三途の川かも知れないが、どちらにしろかなり距離がある。


「ぐるるるっ」


 ヴォルフの唸り声が聞こえてきて、そちらを向くと花畑の方を警戒しているようだった。


「どうした?」

「わふっ」


 花畑の方を双眼鏡で見ると、遠くで何か巨大な物が飛んでいる。よくよく見ると、それは一メートルくらいはあろう蜂だった。その蜂が同じく巨大な二、三メートルはあろう花から蜜を吸っているようだ。しかし、その次の瞬間には蜂が慌てるように逃げ出していく。その食後に花の茎が伸びて、いつの間にか中心に大きな口が空いて大きな蜂を丸呑みにしてしまった。


「食虫植物なのか? もしかして、これ全部」

「わふぅぅん」

「にゃぁぁ」


 ヴォルフは尻尾を股の間に入れ、セラも震えている。もしもここを囲む花が全て食虫植物ならば不味い事になる。いや、虫しか食べないのならいいが、明らかにそんな事はないだろう。


「よし、帰るぞ」

「わふっ!」

「にゃ!」


 即座に賛成してくれた二匹と共に自宅へと戻る。植物の対策としては動けない事を願って、遠距離から攻撃するのがオンラインゲームで一般的な手段だ。あとは火刑だな。現実的な手段としては除草剤とか、殺虫剤か。









 ※※※







 自宅に戻った俺は念の為に木箱などでバリケードを作る。これだけでは不安だが、今夜は念の為に俺もここで寝ればいいだろう。


「じゃあ、ちょっと上に行ってるから後を頼むぞ。何かあれば吠えてくれ」

「わふ!」

「にゃぁっ!」


 二匹の為に水やご飯も用意しておく。それから、一つ思い付いた事が有るので外へと出る。外に出ると隣の森谷家を訪ねる。インターホンを押せば直ぐに返事が返ってきた。


『はい』

「孝二ですけど、竹を別けて欲しいのですけど構いませんか?」


 目的は竹を別けて貰う事だ。森谷さんの家は竹藪を持っていて、小さい頃から掃除やたけのこの収穫などを手伝っている。今はお爺さんとお婆さんと二人のお孫さんである結衣の三人暮らしだ。結衣の両親はある事件で亡くなっている。


『ええ、いいですよ。丁度いいから、上がって結衣を引っ張りだしてくれるかしら?』

「ええ、構いませんよ」

『じゃあ、鍵を開けるわね』

「はい」


 玄関の扉を開けるとお婆さんが迎え入れてくれる。そのまま結衣ちゃんの部屋へと通される。部屋の扉をノックする。


「孝二だけど、入っていいか?」

『……兄さん……?』


 直に扉が開けられて、中から長い黒髪の130㎝くらいの少女が出て来る。彼女は現在、中学三年生だ。もっとも、学校には行っていない。というのも、両親が死んだ事件の事で、小学校から虐めにあって引き篭もっているのだ。お爺さんもお婆さんも無理に外にだそうとはしていないが、やはり年齢がいっているので孫が心配なのだ。

 森谷さんの家は昔からの知り合いであり、彼女の世話をやいていた俺は兄のポジションだ。それから、静久と出会う前で下心もあり、虐めの事を聴いて結衣の言い分を認めたりと、世話をやいたら物凄く懐いてきた。

 気付けば光源氏計画みたいになっており、依存していた。そこで俺が妻として静久を紹介したのでまた引き篭もった。その為、何度か会いに着たり、連絡をしたりして関係の修復を頑張ったお蔭でまた出て来てくれるようになった。


「元気か?」

「ん、元気」


 結衣は俺に抱き着いて頭を擦りつけてくる。それから匂いを嗅ぎだした。そんな結衣を放置して、部屋の中を覗くとパソコン画面が目に入った。そこにはハーレムもののエロゲーのシーンが映っていた。直ぐに視線を外すと、そこには見覚えのある物が沢山あった。


「おっ、おい、アレはどうしたんだ?」

「拾った」

「まさか、それって……」

「ん、兄さんの」

「のぉぉぉぉぉぉっ⁉」


 コレクションがまさか御隣の妹みたいな子に回収されていたとはとんでもない事実だ。


「趣味、理解した。直に泥棒猫、潰す」

「待て待て、まてぇっ! 静久に何をする気だっ」

「刺す、腹を」

「ちょっ⁉」

「冗談」

「そうか、良かった……」


 とりあえず、頭を撫でると嬉しそうに目を細める。育て方を間違って、病んしまったかも知れないがまだ間に合う。見捨てるのは流石に出来ないだろう。付き合ってもいなかったが、これは浮気になるのかもわからないが、一応静久に相談しないといけないだろう。


「何の、用?」

「ああ、竹を貰いに来たんだ。そしたら、結衣に手伝って貰えって」

「ん、わかった。手伝う」

「よろしく頼む」

「任せて」


 それから、虫よけスプレーを施してから二人で道具を持って裏にある竹藪へと移動する。


「どれがいいかな?」

「こっち」


 結衣の案内に従って、切っても大丈夫な竹を教えて貰う。


「これでいいんだよな?」

「ん、それが要らない」


 間引かないと、栄養がなくなって良いタケノコが育たなくなるので切る事は問題無い。


「これ、どうするの?」

「弓を作るんだ」

「出来る?」

「ああ。まずは手ごろな大きさにしないとな」


 ある程度の所で切断し、竹を立てにする。


「ん、貸して」

「ああ」


 竹を渡すと結衣が鉈で枝を斬り落としていく。それが終れば同じく鉈で半分に割っていく。


「どこまで割る?」

「6分の一くらいだな」

「ん」


 直に竹を割って渡してくれる。今度は三つを重ねて上下の所に穴を空ける。次はガスバーナーの火で炙って曲げていく。竹は熱すると曲げやすくなり、冷やすとその状態で固まってくれる。同じ物をもう一つ用意する。後は何にもしていない状態の物を間に挟んでしっかりと紐で固定する。その後、空けて置いた穴に紐を通して上から押さえつつ結んで固定すれば弓の形状になり、完成だ。昔、ボーイスカウトの時に作ったので、作り方を覚えていた。まあ、あの時は火なんか使えなかったので竹一つだけだが。


「完成?」

「ああ、そうだ」


 適当に作った竹の矢を飛ばすとそれなりに飛んでくれる。決してまっすぐには飛ばないが。まっすぐに飛ばすには矢の方のバランスを整えて、曲がりにくいしっかりとした木で作らないといけない。


「貸して。やってみたい」

「ああ」


 結衣に貸してやると、矢を飛ばして遊びだした。俺はそれを見ながら矢を量産していく。考えた攻略方の一つは矢の先端に灯油を閉め込ませて火をつけて放つという事だ。


「先輩、なんですかそれ?」

「迷宮で必要な物でな……って」


 慌てて振り返ると、二メートル上にあるガードレールの上から静久が顔を出して居た。何時の間にか暗くなって来ていたようで、静久が帰って来たようだ。


「迷宮……っ⁉」


 静久が何かに気付いて首を傾げると、その直ぐ横を矢が飛んで行った。


「結衣っ」

「ごめん、手が滑った」


 振り返ると、結衣が俺に謝ってくる。


「謝るなら静久にだろ」

「……ごめんなさい」

「静久、大丈夫か?」

「ええ」


 静久は矢を持って飛び降りて来た。そして、軽く矢の腹で結衣の頭を叩く。


「これで許してあげます。次からはちゃんと気を付けてくださいね」

「ん、善処する」

「こら」

「いいですよ、先輩。それよりも大事な話があるので……」

「わかった。結衣、またそっちに行くな」

「ん、待ってる」


 弓と矢を受け取って、静久と一緒に帰る。俺達が家に入るまでの間、ずっと結衣は見送ってくれた。




 ※※※





 自宅へと戻り、荷物を置いて静久と二人でソファーに座って話をする。といっても、静久は俺の股の間に座っているのだが。


「で、本当に大丈夫なのか?」

「ええ、見えていましたから避けるくらい簡単でした」

「相変わらず良い反射神経だな」

「鍛えていますから」


 静久のお父さんが元軍人で、厳しく鍛えていたそうなので身体能力は普通よりも格段に高くなっている。体力も俺よりも格段にある。


「まあ、気を付けてくれ」

「わかっています。あの子には真正面から色々と言われていますから」

「悪いな」

「いえ、先輩は気にしないでください。こちらで話をつけないとややこしくなるだけですから」

「わかった。それで、リナとレナはどうだったんだ?」


 静久の妹は双子の美少女で、静久とは違って金髪碧眼だったな。名前はリナとレナで、漢字だと里奈と怜奈。双子のうち病弱なのは里奈の方だったはずだ。


「妹を病院につれていったら、熱だけではなく、病が悪化して失明していっているようなのです。治すにはドナーを待つか、迷宮から出るという万能薬に頼るしかなくて……」

「しかし、ドナーなんてなかなか見つからないか」

「はい。ドナーが見つかるまでに更に悪化して死んでしまう可能性が高いです。迷宮から出る薬は高すぎて私達では手が出ません」


 確か、万能薬は高かったはずだ。そう思っていると、静久が近くのテーブルの上に有るノートパソコンを操作して、開かれたオークションについての記事を見せてくれる。


「万能薬が八億三千万か」

「それもドルですからね」


 このサイトは俺達が貿易会社に勤めていた時に使っていたサイトの一つだ。個人で登録していた為、IDやPSも持ったままだ。


「しかし、これは……買えないな」

「そうですね。どう考えても無理です」

「そうなると自力で取るしかないか。そうなると接収されるのは困るな」

「はい。なので先輩は家で待っていてください。私が取ってきますから…」

「却下」

「ふにゃぁっ⁉」


 後ろから抱きしめながら、静久の口に入れて頬っぺたを引っ張ってやる。


「にゃっ、にゃにを……」

「にゃにをじゃない。俺達は夫婦だから、どんな事も分かち合わないとな。それにどんな時も一緒だ」

「しょれはちょっと……」

「確かに、どんな時もってのは無理だな。まあ、死ぬ時は一緒がいい。という事にしておこう。危険な所に行くのだから、一緒に行くぞ」

「むぅ~」

「膨れても駄目だからな」


 口から指を抜いて頬っぺたをぷにぷにと押して、空気を抜いてやる。


「愛している妻に先立たれたら、後追いするしかないだろ」

「……先輩なら、結衣ちゃんとかがいますよ」

「俺の一番は静久だからな」

「はぁ~仕方ありませんね。先輩は私が守るとしましょう」

「それは男の台詞なんだが……」

「今の先輩にそんな事が出来ますか? もちろん、怪我をせずに」

「無理だな。というか、静久の方が強いしな」

「じゃあ、大人しく守られてくださいね」

「わかった。だけど、無理だけはするなよ」

「もちろんです」


 これで互いに納得して迷宮に潜る事になった。後は攻略をどうするかだ。


「さて、攻略方法だが……」

「具体的にどんな感じなんですか?」

「ほぼ一面、花畑だな。だから、弓を作ってた」

「花という事は火の矢ですか」

「ああ」

「それが有効だと楽に倒せそうです。相手が動かなければですが……」

「まあ、それを試してみようじゃないか」

「そうですね……」


 そんな話をしていると、くぅ~と可愛らしい音が聞こえて来た。


「あうっ」

「お腹が減ったな。晩御飯にしようか」

「そっ、そうですねっ。じゃあ、急いで作りますね」

「まあ、ゆっくりでもいいぞ。ちょっと足りない物を買いに行ってくるから」

「……それなら、食べに行きましょうか?」

「それもいいな。確か、回転寿司店が肉のキャンペーンをしていたな」

「回転寿司店なのにお肉ですか……」

「別の所はウニだったな」

「でしたら、買いに行く場所の近い所に行きましょう」

「じゃあ、出かけるか」

「はい」


 回転寿司店をスマホで予約してから、車に乗ってホームセンターに移動する。静久は身長が小さく、アクセルやブレーキに足が届かないので免許が取れない。いや、正確には足が届く状態になるとハンドルの上が見えない状況なのだ。なので運転は無理だ。スクーターなら問題ないだろうが。






 ※※※






 ホームセンターでポリバケツと布を数個購入し、肉のフェアをしている回転寿司店で食事を取った。それが終れば帰りながら、ガソリンスタンドで灯油を購入してから帰宅した。


「では、軽く迷宮に入ってみましょうか」

「そうだな」


 準備した物を確認して、全部ある事を確認する。静久も飲み物とかを用意してくれている。


「じゃあ、行くか」

「駄目です」

「ん?」

「準備運動をしていきましょう。命が掛かっているのですから、やっておいた方がいいです」

「確かにそうだな」


 準備運動をせずに足をつったり、痙攣したりするのは不味い。出来る限り、防げる事は防いだ方がいい。


「では、準備運動をしましょう」

「ああ」


 準備運動を終えて地下に向かうと、ヴォルフとセラが待っていた。そのセラは静久に飛びかかって、受け止められた後になでられていく。ヴォルフはこちらにゆっくりとやってきて、頭を擦りつけてくる。二匹の世話も俺が寝たきりの時は静久がやってくれていたので、静久に懐いている。


「じゃあ、行くか」

「はい」


 バリケードを撤去して静久達と共に迷宮の中へと入っていく。用意した手段が有効かはわからないが、試すしかないだろう。出来る限り、安全に稼ぎたいと思う。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ