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最終話.恵理子とクリスの出会い~これからも、ずっと・・・

「何やってんだよ。ママ!」

 するとそこにアレックスが現れ、恵理子の体を掴んで部屋に引き込み、床に下ろした。

「えっ、あれっ?あ、私・・・。」

 恵理子の前には、腕を組んだアレックスと、心配そうな顔をする真奈美の姿があった。

「ママ、あんたまたパパに会いたくなって死のうとしただろ?何を考えてんだよ。馬鹿かあんたは!」

 恵理子はアレックスに怒られ、放心状態になっていた。

「アレックス、どうして?」

「ママ、約束が違うだろ。あんた、死んだ日本の爺ちゃんとの約束を破ってどうなったか分かってるのか?それで誕生した俺との約束まで破ろうとするつもりかよ?どうなってんだよ。」

「ええっ?アレックスとした約束?」

「そうだ!俺、ママに“自分から死のうとするな”って約束したよな。俺に“孫の顔を見るまで死ねない”って言ったよな。それなのに、もう死ぬつもりか。え?今ここで死んだら、孫の顔が見られないんだぞ。孫の顔を見たくないのかよ?」

「そ、そうだったわね。私、自分のお父さんだけじゃなくて、息子との約束まで破ろうとしてたんだ・・・。ごめんなさい、アレックス。」

「もう、一回約束を破って取り返しのつかない失敗してるんだから、学習しろよな!全くもう・・・。」

 アレックスは約束を破ろうとする恵理子に呆れていた。恵理子はまた、自分が冒そうとしていたことを反省した。しかし、ここでアレックスが思わぬことを言ってきた。

「まぁ、でもここから飛び降りても、簡単には死ねないわな。」

「えっ、どうして?」

「ここ、二階だぜ?こんな所から飛び降りてもせいぜい、腰か足を骨折するぐらいだろうな。でも、命は助かっても痛い思いをするのは確実だから、絶対にやめてくれよな。」

「あ、そうだったんだ・・・。もう、私、何を考えてたんだろう。」

 しかし、恵理子はそんなことより、アレックスが何故、真奈美を連れて恵理子の部屋に来たかが気になっていた。

「アレックス。何しに来たの?」

「今日は、ママがパパと出会った記念の日なんだけど。実は、ママに話をしたいことがあるんだよ。真奈美も関わる話だから、こうして連れてきたんだ。」

「は、話をしたいこと、アレックス、真奈美さん。何かしら?」

「ほら、真奈美・・・。」

 アレックスは真奈美の背中を押し、恵理子の前に立たせた。

「真奈美さん・・・。」

 真奈美は恵理子の前に立ち、伝えたいことを話し始めた。

「お義母さん。あのね・・・実は私・・・・・妊娠したんです!」

「えっ!?」

 恵理子はこの一言に背筋がピィーンと伸びてしまった。その瞬間、アレックスと真奈美は満面の笑みを浮かべたのである。

「ほ、本当なの?真奈美さん。」

「ええ、今、二か月です!」

 恵理子は透かさず、真奈美のお腹に耳を当てた。心音はまだ聞こえない。

「ここにアレックスと真奈美さんの赤ちゃんがいるのね。早く会わせてくれないかしら。おめでとう、アレックス、真奈美さん!」

 恵理子は涙を流した。もしも恵理子が、生きているマイクと結婚していたら、妊娠した際は恵理子の両親も大喜びしてくれていたことだろう。

“ヒュゥ~ッ!”

「うわあっ!」

 三人は突然、窓から吹き込む風に驚いた。

「もしかして・・・。」

 恵理子とアレックスは窓の外を見た。

「えっ、アレックス、お義母さん・・・。」

 真奈美は二人に戸惑いながらも、窓の外を見てみた。

「マイクが・・・来てくれたのかしら?」

「きっとそうだ。パパがまた来てるんだよ。」

「アレックス、どういう意味なの?誰もいないじゃない。」

「真奈美、俺のパパが孫ができたことを喜んでくれてるんだよ。」

「えっ?」

 真奈美はアレックスのこの一言に疑問符を浮かべていた。すると、恵理子とアレックスに、あの声が掛かったのである。

「恵理子・・・アレックス。」

「あ、マイク!」

「パパぁ!」

 この時、真奈美は疎外感を感じていた。しかし、真奈美にもその声は聞こえてきた。

「君が、アレックスの奥さんだね。」

「えっ?だ、誰ですか?」

 恵理子は真奈美にマイクの声が聞こえたと思って喜んだ。

「いやいや、びっくりさせてすまないね。初めまして。私は恵理子の妻でアレックスの父、マイケル・ダグラス・ブラントンです。まずは、妊娠おめでとう!」

「ありがとうございます、お義父さん。私、アレックスの妻になりました、真奈美です。初めまして!」

「ハハハ・・・真奈美さん、あなたは恵理子に似て、とてもかわいい顔してるんだね。まさか、君は恵理子の娘かい?」

「マイク、私はあなた以外の男に抱かれたことはないし、アレックスしか産んでないわよ!もう、恥ずかしい話をさせないでよね。」

「ハハハ・・・恵理子、冗談だよ。日本人は同じような顔に見えるんだよ。」

 真奈美は部屋に飾ってある凛々しい軍服姿のマイクの写真を指差した。

「お義父さんって、あの写真の人ですよね?」

「そうだ、俺は二十五年前に発生したチャンサンとナイタラカンの戦争にイメリスが介入したことで戦地へ駆り出されて、チャンサン軍の爆撃を受けて死んでしてしまったんだ。アレックスは俺が飛び立つ前日に、付き合っていた恵理子に仕込ませた息子なんだ。」

「もう、マイク!真奈美さんの前で変なこと言わないでよ。」

「いや、事実だからなぁ・・・。アレックスは俺が戦死した後、恵理子が俺とした約束を果たすためにイメリスへ飛んで、この家で産まれたんだ。俺は、こいつと遊んであげられなかったことが今になっても悔しいよ。でも、俺は恵理子が産むかもしれない息子に付けようと考えていたファーストネーム“アレクサンダー”が付いていたのは嬉しかったよ。それに、こいつがここまで成長できたのは何を隠そう、母である恵理子の力が大きかったからだ。恵理子、お前は母親失格なんかじゃない。合格だ。感謝するよ。父を知らずに育ったアレックスも、今は結婚して子供までできるんだよなぁ。俺に孫ができるだなんて、俺は何て幸せ者だ!」

「お義父さん・・・グスン。」

 真奈美は義理の父であるマイクと話ができたことに感動し、涙を流した。

「真奈美さん。アレックスは出来の悪い息子だけど、頼んだよ。」

「ちょっと、パパ。出来の悪いは余計だろ?」

「はい!私、妻として、アレックスを幸せにしてみせます!空の上から応援してください。」

「あなたなら、安心してアレックスを任せられそうだ。元気な赤ちゃんを産んでくれよな。」

「はい!恵理子母さんみたいなママになります!」

 恵理子とアレックス、真奈美は、この空のどこかにいるであろうマイクと一家四人揃っての会話を、心ゆくまで楽しんだ。

「さぁ、そろそろ帰らないとな。」

「あ、マイク、もう帰るの?」

「そうだよ、パパ。せっかくだからもっといてくれよ。」

「いや、お前たちの邪魔ばかりする訳にはいかないからなぁ。恵理子、アレックス、真奈美さん。俺はこれからも、ずっと、この空の上から見守っているよ。だって、お前たちは俺の自慢の家族だからね。最後に、お前たちをぎゅっと抱き締めてあげよう。またどこかで会おうな!」

 マイクはまたどこかへ帰るかのように、風が吹き込んできた。三人は両手を広げて風を受け、マイクに抱き締められようとしていた。

“ヒュゥ~ッ!”

「マイク・・・今、ぎゅってしてくれてるのが分かるよ。ありがとう。」

「パパ・・・ちょっと強すぎて苦しいよぉ。でも、ありがとう。」

「お義父さん・・・私、あなたのような優しい方が義理の父になってくれて嬉しいです。ありがとうございます。」


 それから八カ月、真奈美も恵理子がアレックスを産んだ部屋の中で、この時を迎えた。

“フギャァ、フギャァ・・・。”

 部屋に産声が響き、真奈美は母になった。真奈美は我が子を抱き締め、目に涙を浮かべていた。

「やっと産まれた・・・私とアレックスの赤ちゃん。」

 恵理子は真奈美の出産に立ち会い、アレックスを産む時に感じたことを真奈美に伝え、落ち着いて出産できるように助けた。恵理子は出産で疲れている真奈美の手をそっと握り、涙を流した。真奈美が母なら、恵理子は祖母になったのである。

「真奈美さん、よく頑張ったわね。おめでとう!」

「ありがとう、お義母さん。うぅ~。」

 真奈美が我が子の対面に喜んでいると、そこに父となったアレックスが駆け込んだ。

「ま、真奈美。産まれたか?」

「あ、アレックス。かわいい女の子だよ。」

「おお・・・すげぇや。俺、パパになっちまった。おめでとう、真奈美!」

「ありがとう、アレックス。」

 アレックスと真奈美は肩を寄せ合った。二人は我が子の誕生を、始まったばかりの物語の新たなページとして刻まれたことを感じているのかもしれない。

「あ、そうだ・・・。あの、お義母さん。」

 真奈美は突然、恵理子に声を掛けた。

「どうしたの?真奈美さん。」

「ここに、マイクさん・・・お義父さんの写真を持ってきてくれますか?」

「えっ?ええ、いいわよ。」

 恵理子は軍服姿のマイクの写真を真奈美の前に掲げた。すると、真奈美はマイクの写真に向かって我が子を見せ付けたのである。

「お義父さん。見てますか?アレックスと私の子供・・・あなたのお孫さんですよ。喜んでくれますか?ほら、もっと褒めてくださいよ!」

 真奈美は恵理子がアレックスを産んだ時と同じく、義父のマイクにも孫の姿を見せたかったのである。真奈美は妊娠を報告した後、アレックスから死んだと聞いていたマイクと話ができ、優しくされたことがとても嬉しかったのかもしれない。

「ま、真奈美さん・・・。」

「真奈美、お前、嬉しいことしてくれるじゃないか。パパもきっと、孫ができて嬉しいと思ってるぞ!」

“真奈美さん。おめでとう、よく頑張ったね!”

 恵理子は、マイクが孫の誕生を喜んでくれているかのように思えた。しかし、真奈美は急に暗い顔をしてしまったのである。

「そうですよね。お義父さんは、この子を抱けないんですよね。お義父さん・・・うわぁぁぁん。」

 真奈美は我が子の対面できたことの喜びから一転して、我が子を義父のマイクに抱いてもらえない悲しみへと変わってしまった。恵理子やアレックス、曾祖父のジェイムスや曾祖母のエミリー、マイクの姉妹たち、農場で働く人たち、そして真奈美の両親は、恵理子の時と同じく、真奈美が悲しんでいる意味を察したのか、みんな同じように涙を流したのである。


 孫の名前は“クリスティーナ”と名付けられ、愛称“クリス”と呼んでいる。クリスは父のアレックスが日本とイメリスのハーフであり、母の真奈美が日本人の両親を持つので、日本の血を四分の三持つクォーターとなる。顔つきも、目がアレックス譲りの青い瞳をしている所以外は、指摘を受けなければ日本人として通る顔をしていた。クリスはアレックスと真奈美の愛情を受けて育ち、恵理子も祖母として、息子のアレックスを育て上げた経験を活かして、クリスにも愛情を注いでいる。まるでクリスは恵理子が産んだみたいな気分だが、恵理子の垂れた胸からは母乳は出ない。ちなみに、マイクが残したノートには、孫の誕生を思わせるような書き込みはどこにもなかった。マイクは自分の子供のことばかりを考えていたからか、孫まで想定していなかったのだろう。いや、本当は想定したものの、後は子供夫婦でどうにかしてくれと言いたくて、敢えて書かなかったのかもしれない。しかし、マイクが亡くなった今となっては、確かめようがないことなのだ。


 恵理子はこれで孫の顔を見たことになるので、もう思い残すことはなかった。後は心置きなくマイクの元へ・・・といきたいのだが、実は恵理子には新たな夢ができたのである。

「アレックス。ママね、クリスが結婚して、“曾孫”の顔を見るまで死なないわ。」

「ママ、今度という今度はしっかりと約束を守ってくれよな!」

「分かってるわよ、アレックス。もう二回も破っちゃったから気を付けなきゃね!」

「お願いしますよ、お義母さん。私たち、あと二~三人は産むつもりなんで、その子たちの面倒もお願いしますね!ねぇ、クリス。」

「あぁ、私、体が持つかしら・・・。アレックスに結婚相手を見付けろと迫った時の気持ちが、ようやく分かった気がするわ。」

 三人は顔を見合わせながら笑った。


 恵理子がマイクに会う日がまた遠くなってしまった。もしかしたら、天国にいるマイクも待ち切れずにまた、恵理子の前に現れるかもしれない。しかし、恵理子は丁重にお断りするつもりでいた。それで自殺をしてしまったのなら、“自分から死なない”と約束を交わした息子のアレックスにまた怒られるばかりか、義理の娘の真奈美や孫のクリスに悲しまれてしまう。それに、恵理子は未だに義理の父、ジェイムスと義理の母、エミリーのお世話になっていることから、恩返しも続けることに決めた。余命わずかとなった日本にいる母・朱里のことも気になっていた。恵理子はまだまだ、死ぬわけにはいかなかった。


 もし、恵理子がマイクの元へ誘われる時が来たら、その時は本当に結婚してほしいと願った。更に恵理子はマイクに、自分の黒い髪や肌の色を褒め、ぎゅっと抱き締めてほしかった。いくらイメリスの法律によってマイクと恵理子が正式な夫婦になれたとしても、それはあくまで形式上にしか過ぎず、恵理子が満足できるものではなかった。天国にマイクがいるのなら、そこでまたマイクとの関係を築きたかった。だから恵理子はこれからもずっと、自分の初恋の人で、体を重ねて遺伝子を受け取り、イメリスへ渡って、その遺伝子を産んで育てるきっかけを作ってくれた亡き夫のマイケル・ダグラス・ブラントン、愛称:マイクを一生愛し続けることを強く誓った。そして、恵理子はマイクがいる大空に向かって、こう叫んだ。


「マイク、大好き!愛してるよぉ~!」


(ハズバンド・オーバーザスカイ ~空の上の"夫”~・終)

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