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第7話.恵理子の勘違い~父の夢は息子の夢

 恵理子が日本からイメリスへ移り住んで十四年。息子のアレックスにも手が掛からないようになったことから、恵理子には新たな役割を与えられた。それは、農場で生産された商品を日本に紹介すること。英語で書かれたラベルを日本語に訳したり、イメリスで使われている農薬や食品添加物が日本で許可されているものなのかを調べたり、義父のジェイムスの通訳を兼任する形で輸入代理店と話を進めたりと、初めて経験することに頭を悩ませる日々が続いている。全てがうまくいく訳ではないが、使う機会が減っていた日本語も話せることから、恵理子が日本とまた繋がりを持てたのが嬉しくなっていた。更に日本の両親も農場の商品のお得意様になってくれていることから、恵理子は日本とイメリス、両方の両親に恩返しができていると思い、やりがいを感じていた。

「ええと、これはどうやって訳せばいいんだっけ。あ~頭痛い!はぁ、大学を卒業して入社したばかりの時も、こんな感じだったわね・・・。」

「恵理子。顔が強張ってるわよ。」

「あ、すみません。お義母さん・・・。」

「疲れてるんじゃないかしら、ちょっと休みましょう。紅茶入れてあげるわね。」

「ありがとうございます。」

 恵理子は今も、マイクの両親のお世話になっているが、決して嫌な顔もせず、娘のように恵理子を支える姿に頭が上がらなかった。


 ある日の夜、恵理子はまた散歩がしたくなり、外に出た。

「お義父さん、お義母さん。散歩に行ってきますね。」

「おい、恵理子。またマイクに会いたくなっちまったのか?」

「今日はマイクと出会ってから十五年の記念日なんです。今度こそ誘惑に負けないようにしますから。ライトお借りしますね。」

「ふぅ、今度こそアレックスに心配されないようにな。」

 恵理子が夜道を歩いていると、そこにはあの時と同じく、満天の星空が広がっていた。恵理子は夜空を見上げ、目を閉じると、マイクへの思いを馳せた。

「マイク・・・私、当分そっちへ行けそうにないわ。だって、私を娘として迎えてくれたあなたの両親や姉妹たち、農場で働く皆さん、それに近所の人もみんな、私があなたの妻だからって優しくしてくれるんだよ。こんな名もないアジア人のために笑顔で支えてくれるんだから、私は幸せ者よね。だから私、一生を懸けて恩返ししなきゃいけないって思ってるんだ。それに、アレックスが結婚して、孫の顔を見るまでは死ぬわけにはいかないの。だから、私があなたと再会するのはまだ先ね。ごめんね・・・マイク。」

 本当は、恵理子はマイクに今すぐにでも会いたくなっていた。しかし、それは死を意味していた。もちろん、そのようなことをすれば、恵理子は日本の父の武雄どころか、アレックスと結んだ約束、“自分から死にたいと思わない”までも破ることになってしまう。それこそ、二度と取り返しが付かないことなのだ。


 恵理子はマイクに呼び掛けられているような気がしていた。

“恵理子、愛してるよ。俺の両親と、アレックスを頼んだぞ。”

「マイク・・・ありがとう。よし・・・帰るか!」

 恵理子は体の向きを変えて家に戻ることにした。

「ママ!」

 恵理子が体の向きを変えた先に、アレックスの姿があった。しかし、あの時とは様子が違い、笑顔を見せている。

「アレックス。どうしたの?ひょっとして、またパパに呼ばれたの?」

「違うよ。俺も何だか急に散歩がしたくなったんだ。お爺ちゃんとお婆ちゃんには、“お前もパパに会いたくて死にに行くのか?”って言われちゃったけどな。」

「そうか。マイクは・・・パパはもう、あなたの前には現れないつもりなのかしら。何か寂しくなるわね。」

「い、いや、そんなにしょっちゅう出てこられてもさぁ・・・。俺、またパパに怒られるんじゃないかと思って緊張しちゃうから嫌なんだよ。」

「アレックス。本当は会いたくて寂しいんでしょ?素直になりなさいよ。」

「何だよ、パパに一番会いたいのは、ママじゃないか!本当はまた死のうとでもしてたんじゃない?」

「もう、アレックスったら。ママ、日本のお爺ちゃんだけじゃなくて、あなたとの約束までも破っちゃうじゃないのよ。」

 二人は顔を見合わせて笑ってしまった。アレックスはふと、星空を見上げ、鼻から息を吐いた。

「ママ、今日は、パパとママが出会った記念の日なんだよね?」

「そうよ、今から十五年前の今日、パパは仕事から帰るママに道を尋ねてきたの。それがあったから、ママがこうしてイメリスへ移り住んで、あなたを産んで育てたのよ。よく覚えてくれてたわね。」

「何言ってるのさ。だって、パパが残したノートに、ママと出会った日が書かれてたんだ。だから、忘れる訳がないよ。」

「パパは几帳面な性格だったからね。おまけにママとエッチした時のことまで堂々と書いてたし・・・、見た時は恥ずかしかったわ。それをアレックスに見られた時にはもう、心臓が止まるかと思ったわよ。」

「ハハハ・・・だって、そこにはママが“純粋だった天使が化けの皮を剥がして、淫乱なサキュバスであることを明かすかのようだ”って書かれてたから、その様子を想像してからママをしばらく注視できなかったよ。」

「もう、アレックス。でも、ママはそのノートのおかげで、こうやってパパとの思い出を何度も思い出せるの。それだけ、パパはママを他の誰よりも深く愛してくれてたのよ。」

「ママ、俺はどうなの?」

「アレックス、あなたもよ。だって、あなたのファーストネーム“アレクサンダー”だって、パパのノートに書いてあったんだからね。ちなみに、ミドルネームの“ツバサ”はママが日本名を付けることになってたの。覚えておいてね。」

「そう、俺の名前は、“アレクサンダー・ツバサ・ブラントン”。父のマイケル・ダグラス・ブラントンと母のエリコ・クサハラ・ブラントンが激しくエッ・・・あ、いや、愛し合ったからここに存在しているんだ。俺、この名前がすごく気に入ってるよ。ママが付けてくれた“ツバサ”も大好きだ。ありがとう、パパ、ママ。」

「アレックス、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。パパもきっと、あなたがそう言ってくれて喜んでるわ。」

 アレックスは目を閉じながら両手を広げ、空を見上げるように体を伸ばしました。

「あの時みたいに、この星空のどこからパパが俺たちを見てくれてるみたいだ。パパ、愛してるよぉ!」

 アレックスの顔は、どこか嬉しそうに微笑んでいた。恵理子はそれを見て嬉しくなった。 しかし、恵理子はアレックスに確かめたいことがあった。そこで、恵理子はこの機会に聞いてみることにした。

「アレックス。ママ、あなたに聞きたいがあるの。」

「聞きたいことって、何?」

 恵理子とアレックスは、体を向き合わせ、恵理子はアレックスに問い掛けた。

「アレックス。パパみたいな大人になりたいって、本当なの?」

「あ、ああ・・・そうだよ。俺、パパみたいになりたんだ。」

「ママね、それが不安なの。あなたは、パパみたいな大人になってほしくないの。」

「えっ、どうして?」

 アレックスは恵理子が何故そんなことを言ってくるか分からずにいた。恵理子は何の認識もないアレックスの両肩を掴んで揺らし、強い口調で言った。

「アレックス、考えてみなさい!パパがどうなったか、ママたちから聞いてるでしょ?それでもパパみたいになりたいの?」

「う、うう・・・ママ、いきなりどうしたんだよ?パパみたいになっちゃいけないの?」

「当たり前じゃない。どれだけママたちがあなたにパパの話を聞かせたことか・・・。アレックス、パパがどうなったか言ってみなさい。」

 アレックスは、恵理子が態度を豹変させたことに戸惑っていた。

「えっと・・・確か、パパはイメリス軍の空軍兵士だったんだよね。それでチャンサンとナイタラカンの戦争に介入する形で戦地へ送られて亡くなったって・・・ママ、まさか!」

 アレックスは、恵理子が気にしていたことが分かったようである。

「ひょっとして、俺が軍隊に入りたいって思ってたの?」

「そうよ。だから、あなたも軍隊に入れば、マイクみたいに・・・パパみたいに戦地へ送られて、死んでしまうかもしれないのよ、ママはそれが嫌なの。あなたまで戦争に駆り出されて死なれたら、ママ・・・ママ、もう生きていけない!それこそ、パパに・・・マイクに会いたくなっちゃうわ!お願い、アレックス。私から・・・ママからいなくならないで!アレックス。うわぁぁぁん・・・。」

 恵理子は突然、大声で泣き出した。しかし、アレックスはそれに動揺することはなく、何故か笑い始めたのである。

「ハハハ・・・。何だ、そんなことで悩んでたんだ。俺が死んでしまうのが不安って・・・ママ、意味を間違えてるよ。」

「えぇっ?」

「俺、軍隊に入りたいだなんて一度も考えたことないよ。だって、ママから嫌というほど、パパの話を聞かされたんだからね。俺が軍隊に入ってほしくないことは分かってたよ。」

「じゃ、じゃあ、何でパパみたいになりたいって言ったの?アレックス、ママに教えてくれないかしら。」

「俺、パパがママと描いてた夢を、俺も叶えたいんだ。」

「えっ、夢?」

「ママが生まれ育った日本からイメリスへ移り住んだのは、パパが戦地へ飛び立つ前に、ママと約束した夢を叶えるためだよね?」

 それは十四年前、恵理子がアレックスを身籠ることになった、マイクと体を重ねた後のベッドの上で、マイクが恵理子に語ったことである。マイクが生きて帰ってきたら軍隊を退役し、恵理子と共にイメリスへ渡り、そこで結婚し、子供を設け、農場を引き継ぐのが夢だったのだ。

「そうよ。それがどうしたの?」

「俺も、その夢を叶えたいんだ。ここで結婚して、子供を設けて、農場を引き継いで、家族と幸せに暮らすんだ。だからパパみたいになりたいってのは、そういうことなんだよ。その点をママに言ってなかったから、ママは俺が軍隊へ行くんじゃないかって思ってたんでしょ?ごめんなさい、ママ。」

「アレックス・・・いいのよ。ママが勘違いしてたんだから。あなた、パパに会って変わったのね。ママ、応援するからね。」

 恵理子はアレックスが自分の父、マイクと同じ夢を持ったことに感激していた。

「さぁ、家に帰ろうよ。またお爺ちゃんとお婆ちゃんが俺たちのことを心配してるよ。“二人揃ってマイクの所へ行ってしまったか”ってね。」

「そうだね。帰りましょう。」

 二人は手を繋いで、来た道を家に向かって戻っていった。


「アレックス、もうひとつ聞きたいことがあるんだけど。いいかしら?」

 実は、恵理子にはどうしてもアレックスに聞いておきたいことがあり、この機会に聞くことにしてみた。

「えっ、何?ママ。」

「アレックスって・・・今、付き合ってる女の子とかいるの?」

「マ、ママ、何を急に言い出すんだよ?」

「だって、アレックスは将来、結婚して農場を引き継ぎたいんでしょ?ママの義理の“娘”になるんだから、その点を今のうちに知っておかないといけないじゃない?」

 アレックスは恵理子からの際どい質問に対し、急に顔を赤くさせてしまった。

「そ、そんな・・・いないよ。だって、俺の好みの子なんか、学校や街の中にいないもん。」

「へぇ~、そうなんだ。じゃぁ、アレックスが好きな女の子って、どんな子なの?ママに教えなさいよ。」

「そ、それは・・・その・・・。」

「もじもじしないの!あなたはイメリス人、マイケル・ダグラス・ブラントンの息子。堂々と自分の意見を言う!ほら、怒らないからママに教えてよ。結婚するならどんな子なの?」

「ママ、そこでその手を使うのは反則だよ。分かったよ。実は・・・ママ・・・がいいなぁ。」

「ええっ!あ、私?」

 恵理子はアレックスが自分を恋愛対象にしていると知り、一気に顔を赤くさせてしまった。もちろん、そんなことが日本どころかイメリスでも通用する訳がない。

「だ、だ、だめよ!アレックス。あなたねぇ、実の親を何だと思ってるの?親子で結婚なんかできないし、まずお爺ちゃんとお婆ちゃんに猛反対されるにきまってるでしょ?それに、親子でそんな・・・あーもう、アレックスぅ!」

 恵理子は何故だかパニックに陥っていた。恐らく、親子で体の関係を持ってしまうと思ったからに違いない。

「ママ、何興奮してるの。また勘違いしてるようだね。」

「あ、そう?」

「俺、ママみたいな日本人がいいなぁって言ったんだよ。もう、こっちがびっくりしたじゃないか。ママと結婚したいみたいに思ってただんて、俺だって嫌だよ。もう、勘弁してよ。」

「そうだったの?ごめんね、アレックス。でも、どうして日本人がいいの?」

 アレックスは何故、恵理子のような日本人と結婚したいのかを話し始めた。

「日本人て、すごく真面目だし、笑顔がかわいいし、黒髪がきれいだし・・・要は俺、産まれてからずっとママを見てきたからさ、ママがたまに作ってくれる日本料理、特に肉じゃがが大好きだし、俺が片言だけど日本語を話すと、ママが喜んでくれるし。だから、結婚するならママみたいな日本人がいいなぁって、ずっと思ってたんだよ。でも、ここら辺で日本人といったら、ママしかいないもんね・・・。」

「まぁ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。ママもアレックスが日本人と結婚したほうがいいと思うわ。楽しみにしてるからね。あなたからいい報告が来るのを待ってるわよぉ。」

「うう~っ、何だか寒気がしてきたなぁ。」

 恵理子は、アレックスが自分のことを考えてくれているのが嬉しくなっていた。


「アレックス、中学校を卒業した後はどうするの?」

「えっ?もうそれを聞くの?俺、十四なんだけどなぁ・・・。」

「何言ってるのよ。来年、あなたは高校受験を控えてるのよ。今のうちに決めないと、直近になって“俺、行ける高校がない”って騒ぐ訳にいかないでしょ?あなたが今後どうしたいか、ママに聞かせて。」

 私は、アレックスの進路が気になったので、ここで聞くことにしました。

「俺、郊外の農業が学べる高校に通いたいって考えてるんだ。」

 実は、マイクの実家がある場所から通える高校はなく、電車やバスもないので、全寮制の高校に行くしかなかった。当然、恵理子から離れることになるが、恵理子には不安があった。イメリスは銃社会で、各地で発砲事件が相次いでいると聞いている。もしかしたら、アレックスが撃ち殺されてしまうのではないかと思うと、一人暮らしをさせたくないと思ってしまうのだ。しかし、これはマイクも高校時代は学生寮で生活をしていたので避けられないのである。

「アレックス、生きて帰ってくるのよ。ママを寂しがらせないでね。」

「ママ、やめてよ。軍隊に入って、戦争に行く訳じゃないんだからさ。」

 恵理子はアレックスの一言に一安心し、アレックスを高校へ進学させることを認めた

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