第6話.マイクとアレックスの出会い~恵理子が気付いたこと
夜道を散歩していた恵理子は、マイクがこの先にいると思い、無意識に足が進んだ。
「あっ・・・。」
恵理子の前に人影が見え、それも手を振っていた。その姿がはっきり見えると、恵理子は涙を流した。
「マイクぅ。迎えに来てくれたんだね。私、あなたに会いたかったんだよ。今度こそ、本当に結婚しようね!マイク。」
恵理子の目の前には、亡き夫のマイクが笑顔で両手を広げて待っているかのようだった。
「ママぁ!」
恵理子がマイクに抱き着こうとしたその時、誰かの声が聞こえてきた。すると、目の前にいたはずのマイクがどこにもなかったのである。
「あれっ?私、いつの間にこんな所に来たんだろう。」
恵理子は無意識のうちに道を外れてい。ふと後ろを見ると、アレックスが息を切らしながら恵理子に近付いた。
「ママぁ!はぁ、はぁ。」
「アレックス!」
「ママ・・・生きてたんだlぁ。うぇぇぇぇん。」
アレックスは恵理子に抱き着いて泣き出した。恵理子は何が何だか訳が分からなくなっていたのである。
「アレックス。どうしたの?あなた、寝てたんじゃなかったの?」
「僕、夢の中でママが死のうとしてるって聞いたから、助けなきゃって思って起きたんだよ!」
「な、何言ってるのよ。そんなことないわ。ママはただ、散歩してたのよ。」
すると、アレックスは恵理子に、思いもよらぬことを言ってきた。
「嘘だ!死んだパパに会いたくなったんだよね。」
「えっ?」
恵理子はアレックスの口からパパと言ってきたことに驚いていた。
「アレックス。誰から聞いたの?ママに教えて!」
すると、アレックスは下を向いてしまった。
「パパが・・・死んだパパが僕に教えてくれたんだよ。」
「えっ?マイクが?ねぇ、アレックス。それ、ママに詳しく教えてくれないかしら。」
アレックスは恵理子から離れると、自分が寝た後のことを話し始めた。アレックスはどこからか自分を呼ぶ声が聞こえてきたそうだ。
『アレックス、アレックス・・・。』
アレックスは目を覚まし、部屋の周りを見回すが、どこにも人がいる様子がなかった。
『何だ、夢か・・・。』
アレックスはまた目を閉じた。すると、また誰かが呼ぶ声が聞こえてきた。
『アレックス、アレックス!』
アレックスはまた目を覚まし、部屋を見回すが、それでも人がいる様子はなかった。
『もう、誰なんだよ・・・。お爺ちゃんでもないし・・・。』
アレックスが寝ようとしたその時、またもその声が聞こえてきた。
『アレックス、こっちだ。俺の写真を見ろ!』
『えっ?』
アレックスは軍服姿のマイクの写真を見た。すると・・・。
『アレックス、元気にしてたか?』
『パ、パパ?パパなの?』
アレックスの目の前には、一度も動く姿を見たことのない父、マイクの姿があった。アレックスはこの状況を飲み込めずにいた。
『そうだ。俺はお前の父、マイケル・ダグラス・ブラントンだ。俺と恵理子の面影があるな。目は俺と同じ色しているようだ。やっぱりお前は俺の息子だ。』
『パパぁ!会いたかったよぉ。うぇぇぇん。』
アレックスはマイクの動く姿に感激し、マイクに抱き着いた。その時、アレックスはしっかりとマイクに抱き着いている感覚があった。
『パパぁ、何で僕が産まれる前に死んじゃったんだよぉ。ママも寂しがってたんだよ。』
『ハハハ・・・お前とママに寂しい思いをさせて、すまないな。お前も七歳か。遊んであげられないのが残念だ。ほら、泣くなよ。』
『ごめんなさい、パパ。それより、パパ。どうして来てくれたの?』
マイクは笑顔から急に浮かない顔をした。
『おっと!こうしちゃいられないんだった。アレックス。実はお前に今すぐお願いしたいことがあるんだ。聞いてくるかい?』
『僕にお願いって・・・何なの?』
『恵理子が、ママが死ぬかもしれない。今すぐ外へ出て、ママに会ってくれ。』
『えっ、ママが死ぬ?どうして?』
『恵理子は今、こんな夜に散歩に行くと言って外にいる。実は今日、八年前に俺と恵理子が出会った日なんだ。あいつはそれを思い出して、俺に会いたくなってしまったようだ。あいつ、俺が待っていると勘違いして崖に向かっている。このままではあいつは転落してしまう。だから、お前に恵理子を止めてほしいんだ!』
アレックスは恵理子が転落死してしまうと聞いて動揺していた。
『そんな、だったら、パパが止めればいいじゃないか!』
『馬鹿者!俺が死んだのに、ママまで死んだら、お前は親がいなくなってしまうんだぞ。』
『うう・・・パパぁ、怖いよぉ。』
『当たり前だ!俺はお前の父なんだから、自分の子供を怒るに決まってるだろう。俺が恵理子の前に現れたら、それこそ逆効果だ。今のママを止められるのは、アレックス、お前しかいない。ぐずぐずしている暇はないぞ。いいか?孤児になりたくなかったら、今すぐ目を覚まして、急いでママの所へ行って引き止めてくれ。頼んだぞ、息子よ!』
『あっ、パパ。待って。パパぁ!』
マイクはアレックスの前から姿を消した。
『パパ。パパぁ。はっ!夢か。びっくりしたなぁ。』
アレックスは目を覚まし、今までが夢だったと安堵した。しかし、マイクに言われたことが気になったのである。
『パパが言ってたことが本当なら、ママが死んじゃう。ママを引き止めなきゃ!』
アレックスはベッドから飛び起き。祖父母が待つリビングに駆け込んだ。
『お婆ちゃん。ママは?ママはどこへ行ったの?』
『ああ、恵理子なら外へ散歩するって言ってたわね。』
『僕、ママを探してくる。ライト貸して!』
『おいおい、アレックス。何を慌ててるんだ?』
『いいからお爺ちゃん。ライトを貸して!時間がないんだ。』
アレックスはジェイムスからライトを借りると、急いで外に飛び出した。
『ママ、ママぁ!どこに行ったの?ママぁ・・・。』
アレックスは恵理子を探し出し、迷うことなく姿を見付けられたのである。
「何故か知らないけど、ママを探してる間、誰かが僕の背中を押してるみたいだった。そしたら、ここにたどり着いたって訳。ほら、この先は崖になってるんだよ。」
「えっ?あ、そうだったの?私、本当に死のうとしてたんだ。危なかったぁ。アレックス、助けてくれてありがとう。」
恵理子はアレックスの発見が遅かったら、そのまま崖から転落し、本当にマイクの元へ行っていたのかもしれなかった。恵理子はマイクとアレックスの連携プレイによって、命を救われたのである。
「マイクはきっと、私の暴走を止めようとして、アレックスの夢に潜り込んでくれたのかもしれないわ。ありがとう、マイク。」
「ママ、もう死にたいだなんて思わないでよ。ママが死んだら・・・ママが死んだら、僕・・・僕、一人ぼっちだよ?」
恵理子はアレックスのこの言葉に気付かされた。今、アレックスが親と言えるのは、直接の血の繋がりがある恵理子しかいないのだ。恵理子は自分がしてしまったこと反省し、子供を持つ者としての意識に欠けていたことを痛感した。
「そうね。ママが馬鹿だったわ。ごめんなさい、アレックス。うわぁぁぁぁぁん。」
「ママぁ。うぇぇぇぇん。」
二人は互いの体を強く抱き締めた。するとその時・・・。
“ヒュゥ~ッ!”
「キャッ!」
「うわぁっ!」
突然、強い風が二人に吹き付けた。恵理子はアレックスが吹き飛ばされないように体をしっかり押さえた。
「な、何よ。突然・・・。」
「び、びっくりしたなぁ。」
すると、アレックスはどこからか声を聞いた。
「アレックス・・・アレックス・・・。」
「えっ、パパ?」
アレックスは突然、恵理子から体を離し、空を見上げた。
「アレックス、どうしたの?」
「恵理子。」
「えっ、マイク?」
恵理子はマイクの声が聞こえ、同じく空を見上げた。しかし、そこには満天の星空しか見えなかった。
「恵理子、アレックス、元気にしてたか!」
「パパ・・・。」
「マイク・・・。」
恵理子とアレックスは、何故かマイクに呼び掛けられているような気になっていた。
「どうやら間に合ったようだな。アレックス、お前の行動力の速さは、俺譲りだって分かったぞ。よくやった!それにしても恵理子、どうしたんだよ?あと数歩進んでたら、崖から落ちて死んでたぞ。しっかりしてくれよな。」
「私、マイクが呼んでると思って歩いていったのよ?本当はあなたが仕向けたんじゃないの?」
「馬鹿言うなよ。そんな訳ないだろ?お前が勝手にそう思い込んでるだけだ。まぁ、お前が俺に会えない悲しみは、痛いほど分かるぞ・・・。」
三人は形は違うが、家族が全員揃ったことになる。恵理子もアレックスも、マイクと話ができたことが嬉しくなった。
「せっかく、こうやって家族が揃ったのに、お前たちに俺の姿を見せられないのが残念だ。でも、俺はいつでもお前たちを、この空の上から見守っているぞ。アレックス、悪さをしたらすぐにばれるからな。気を付けろよ!」
「うん、分かったよ、パパ。」
「さぁ、俺の親父とお袋が、お前たちを心配しているぞ。早く帰ってやれ。」
「で、でも、マイク。あなたに聞きたいことがいっぱいあるのに・・・。」
「気にするな、また気が向いたら、こうして話しかけてやるからな。じゃぁ、また会おう。恵理子、アレックス。お前たちは俺の自慢の“家族”だぁ!」
するとそこに、恵理子とアレックスを包むかのように風が吹き抜け、二人はマイクがどこかへ行ってしまったことを感じた。
“ヒュゥ~ッ”
「マイク・・・そうよね。離れてても、私たち三人は、“家族”だよね。また会えて嬉しかったよ。来てくれてありがとう。」
「パパ・・・僕、パパと初めて話ができて嬉しかったよ。僕からも、ありがとう。」
恵理子は久々に夫のマイクとの再会できたことを、アレックスは初めて父のマイクと話ができたことに満足していた。
「ママ、もう帰ろうよ。」
「そうね・・・。お爺ちゃんたちに謝っておかなきゃ。アレックスも謝るのよ。」
恵理子はアレックスと手を繋いで、家に帰った。
「ママ。僕ね、パパから聞いちゃったことがあるんだ。」
「アレックス、何を聞いたの?」
「パパね、七年前にママが僕を産む所を、しっかり見てくれてたんだよ。」
「えっ?」
恵理子はアレックスから思わぬ一言を聞き、目を丸くしていた。
「ママが痛みに顔が歪んでたのも、僕が出てくる所をパパに見られている気がして恥ずかしそうにしてたのも、ママが喜びながら僕におっぱいを飲ませてたのも・・・それに、ママがパパに僕を抱いてもらえないと気付いて、急に悲しくなってママたちが泣いてたのも全部見てたんだ。パパもその時、“なんで親の反対を押し切って軍隊に入ったんだろう”って後悔してたんだよ。」
アレックスまるで、七年前に自分が産まれてくる時の様子を、離れた所から見ていたかように話したのである。
「パパはね、僕が産まれてきたことをすごく喜んでくれたんだよ。僕、パパから聞いて嬉しかったんだ。」
「そう・・・良かったわね。あの時、パパの写真を用意してもらって正解だったわ。」
恵理子は七年前に、自分が出産する様子をマイクに見せてあげたいと、軍服姿のマイクの写真を正面に置いた。その思いはしっかりと天国のマイクに伝わっていたことが、アレックスの言葉を通じて証明されたのである。
「それから僕、ママに謝りたいことがあるんだ。」
「謝まるって、アレックス、何か悪いことしたの?」」
「ママ、今までパパのことを馬鹿にして、ごめんなさい。」
「そうだったわね。あなたはママがパパのことを話すと、いつも嫌がったもんね。」
アレックスは、恵理子がマイクのことを話しても関心を示さなかった。それに、恵理子はアレックスに日課でやらせている朝と夜の挨拶を本気で行っていないことに激怒したここがある。更には、恵理子がマイクの墓参りに連れて行こうとしたら、“死んだ人に会いに行くのって変だよね?”と言い、アレックスの頬にビンタをし、しばらく口を聞いてくれなかったことがあった。確かに、恵理子がいくらアレックスに、マイクが自分の父であることを刷り込ませようとしても、アレックスが実物に触れることはないので、イメージが湧きにくいのも事実である。
「僕ね、夢の中でパパに会って、パパは死んだ今でも、僕を誰よりも愛してくれてるんだって、僕を応援してくれてるんだって、僕をすごく心配してくれてるんだってことに気付いたんだ。僕、夢の中だけどパパに会えて嬉しかった。だから、これからはパパのことをもっと大事にするよ。だって僕の自慢のパパなんだもん!」
「アレックスがパパのことをそう思ってくれたなんて、ママ嬉しいわ。パパはね、姿を見ることのないあなたを、産まれる前から思いを寄せてたの。だって、あなたのファーストネーム“アレクサンダー”も、パパが戦地へ飛び立つ前までに決めてくれたのよ。だから、あなたはパパであるマイケル・ダグラス・ブラントンに感謝しないといけないの。分かった?アレックス。」
「うん、分かったよママ。これからは、朝と夜のパパへの挨拶をしっかりするね。ママ、パパと会ってくれて・・・僕を産んでくれて、ありがとう。」
「アレックス・・・あなたがパパのことを分かってくれたのなら、ママはそれ以上、何も望まないわ。」
アレックスは恵理子に、自分を産んでくれたことと、恵理子が父のマイクと出会ってくれたことを感謝した。こうして恵理子とアレックスの絆は、更に深まっていったのである。
「それから、もう死にたいだなんて思わないでよ!パパもきっと、同じこと思ってるよ。約束だからね!」
「分かったわよ、アレックス。孫の姿を見るまでは、死ぬ訳にはいかないわ。だから、あなたも結婚を考えて早めに彼女を作りなさいよ!」
「あ、ああ・・・僕、押しつぶされちゃいそうだぁ。」
家に戻ると、ジェイムスとエミリーが恵理子とのアレックスの帰りをを待っていた。
「ただいま!」
「恵理子。アレックス。どこへ行ってたのよ?」
二人は夜のことを話した。恵理子がマイクに会いたくなって無意識に死にに行こうとしたこと、アレックスの夢の中にマイクが出てきて、恵理子を止めてほしいと願い出たことを話すと、両親は感心していた。
「そうか。恵理子、本当はマイクがいなくて辛かったんだね。本当は、君は日本でアレックスを育てるべきだったもしれん。無理やり連れてきた格好になってしまって、すまなかった。恵理子。」
「いえ、いいんです。アレックスがいることに気付かなかった私が馬鹿だったんです。私、親として失格ですね。ごめんなさい。お義父さん、お義母さん。」
「恵理子、自分を責めちゃだめよ。私たちも、本当はマイクに会いたいんですもの。あの子は本当に家族思いなのね。」
マイクの両親は恵理子を慰めてくれた。恵理子は二人の優しさに、本当に頭が上がらなくなってしまった。
「アレックス。パパと会えて、良かったわね。」
「うん。パパ、すごくかっこよかったよ。僕、“パパみたいな大人になる”って決めたんだ!」
マイクの両親はアレックスのこの一言に喜んでいた。しかし、恵理子はその一言を素直に喜ぶことができなかったのである。
(えっ?アレックス。どうして?)




