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第5話.恵理子の旅立ち~恵理子とアレックスとの出会い

 安定期を迎えた恵理子は、遂にイメリスへ飛び立つことになった。両親や会社の関係者など、お世話になった人たちが空港に集まった。

「お父さん、お母さん。今までありがとう。こんな親不孝な娘になっちゃって、ごめんなさい。」

「いいのよ。私たちのことは気にしないでね。」

「恵理子、帰りたくなったらいつでも帰ってこい。笑顔で迎えてあげよう。俺たちは、ずっとお前の味方だ。」

 恵理子は武雄のこの前向きな言葉に感極まり、思わず抱き着いてしまった。この時、恵理子と武雄の間に、恵理子の腹にいるマイクとの子供を挟むことになった。

「お父さん・・・うわぁぁぁん。」

「おお、恵理子。お前、腹の赤ちゃんを潰す気か!まぁ、よしよし。泣きたいだけ泣いてすっきりしなさい。」

 そして恵理子は、生まれ育った日本を離れ、マイクの故郷、イメリスへ向けて飛び立ったのである。

(行ってきます!)

 途中、乱気流に巻き込まれ、思わずマイクに助けを求めて叫んでしまったが、無事に空港へ到着し、強面の審査官に睨まれながらの入国審査も通り、遂に憧れていたイメリスの地を踏んだ。


 恵理子はマイクの両親に出迎えられ、車でマイクの実家に移動した。農場を営んでいるだけあって、都会から離れた場所に広い土地を持っていた。

「恵理子!よく来てくれたね。待ってたよ。」

 恵理子はマイクの家族に笑顔で迎えられた。そこにはマイクの両親の他、マイクの姉妹、農場で働く人たちもいるので、一人っ子の恵理子は、まるで一気に兄弟ができた気分になり、温かく出迎えてくれたことに感動していた。

「皆さん・・・ありがとうございます。これから、マイクの妻として、ブラントン家の一員として頑張ります。よろしくお願いします。」

 恵理子が一礼すると、周囲から拍手が湧き起こった。


 ある日、恵理子は何故か、ウェディングドレスに身を包んでいた。我が子が眠る腹が目立つのは仕方がないが、マイクが亡くなったのに、結婚式を挙げる必要があるのだろうかそうなると、マイクが戦地へ飛び立つ前に交わしたマイクへとの約束は何だったのかと気になるが、実は、恵理子の結婚相手は何を隠そう、“マイク”である。それは、イメリスにはまるで恵理子に合わせたかのような制度が存在していた。

“結婚を約束した男女どちらかが亡くなった場合、それが重要なケースである場合は、州知事の認可の上、公式に結婚を認めることができる(以下略)。”

 つまり、亡くなった人と結婚できる“冥婚”の制度が存在する。恵理子は日本にいる時にこの制度があると知り、イメリス到着後、すぐに申請を出した。その結果、夫のマイクがイメリス空軍兵士で戦死したこともあって州知事の認可が下り、恵理子とマイクが正式な夫婦の関係になれたのである。この結婚式は、マイクの両親が親族のみで挙げたささやかなものである。なお、日本にいる恵理子の両親も礼服を着て、インターネットのテレビ電話で画面越しにその模様を見ていた。

式の間、恵理子は夫であるマイクの遺影を抱えていた。恵理子はまるで、ウェディングドレスを着て葬式に出ているような気分になり、ずっと違和感に包まれていた。

「それでは、誓いのキスを交わしてください。」

 恵理子は少し戸惑いを感じつつ、マイクの写真の口元にキスをした。

「恵理子!おめでとう。」

 この瞬間、恵理子は盛大な拍手で祝福された。すると、ジェイムスは突然、小さな赤い箱を取り出した。

「えぇと、恵理子。実は君に渡しておきたいものがあるのだが、これだ。驚かないでくれ。」

「こ、これは、何ですか?」

「これは、マイクが君と結婚することを前提に、こっちで作るようにお願いされた大切なプレゼントだ。本当はマイクから直接渡すはずだったんだが、わしから渡すことになってしまって申し訳ない。では、今から開けるよ。」

 ジェイムスは箱の上をゆっくりと開けた。

「ええっ、嘘でしょ?」

 赤い箱の中にあったのは、銀色に輝く一つの輪、結婚指輪である。内側には恵理子用に作られたことが分かるように、“ERIKO”と小さく彫られていた。恵理子は絶対にはめることはないと思っていただけに、こんな思わぬサプライズに拍子抜けしてしまった。

 早速、恵理子は左手栗指に結婚指輪をはめた。恵理子は一度もサイズを聞かけれたことはなかったが、寸分の狂いもなく収まった。空にかざすと、太陽の光に反射し、キラリと光った。恵理子は目を閉じると、ここまでするほど自分を愛してくれたマイクに感謝し、涙を流した。

「マイク、ありがとう。私、やっとあなたと夫婦になれたよ。でも、結婚できなかったら、これはどうなってたんだろうなぁ。気になるけど、まぁいいか。」

 恵理子は今日を境に、名前を日本名の草原恵理子から、エリコ・K・ブラントンと名乗ることに決めた。


 基地を飛び立つ前日のマイクと体を重ね合ってから十ヶ月後、恵理子は遂にその時を迎えようとしていた。恵理子は初めて襲われる陣痛に顔が歪んでいた。

「うぅ・・・はぁ、はぁ・・・。」

 恵理子の正面には、基地で撮影したマイクの凛々しい軍服姿の写真があった。これは恵理子が前もってマイクの両親にお願いして用意したもので、マイクが恵理子に託して成長した遺伝子を生み出す様子を、マイク自身に見てほしかったのである。しかし、恵理子は正直、恥ずかしさを感じていたのだ。

「ほら、恵理子。顔が出ればあと少しだからね。」

 恵理子はマイクの母、エミリーとマイクの姉妹たちの協力で、我が子を子宮の中から外の世界へ送り出した。その間、恵理子は激しい陣痛に襲われ、気分がおかしくなりそうだった。そして・・・。


“オンギャァ、オンギャァ・・・。”


 恵理子から我が子の体がスルリと出てきた後、部屋の中に、我が子の泣き声が響き渡った。これで、生前のマイクが気にしていた、自分の遺伝子を残せない懸念が見事に解決できたのである。

「はぁ。はぁ・・・。」

「ほら、恵理子。元気な男の子よ。」

 恵理子の腕には、布に包まれた産まれたばかりの我が子が抱かれた。恵理子はその瞬間、それまでの痛みや疲れがどこかへ飛んでいったの。

「最初にあなたと出会ってから八カ月、やっとあなたに会えたね・・・ママ、あなたに会えるのを待ってたんだよ。私のお腹の中、狭かったでしょ?苦しかったよね。それも今日からはのびのびとしていいんだからね。」

 しばらくすると、我が子はゆっくりと目を開いた。瞳の色がマイク譲りの青色をしており、恵理子はマイクとの子供を産むことができたと確信した。恵理子は我が子に頬ずりしながら涙を流した。

「はい、おっぱいだよ。まぁ、まずは一杯。おぉーっ。飲んでる飲んでる。」

 恵理子は胸を出すと、乳首を我が子に向けた。我が子は乳首に吸い付き、母乳を飲んでいった。恵理子はその様子に、自分が母になれたことへの喜びから、満面の笑みを浮かべた。

「マイク。私、ママになったんだよ。凄いでしょ?ほら、もっと褒めてよ!パパ。」

 恵理子はマイクの写真に向けて、産まれたばかりの我が子を見せ付けるようにした。マイクはまるで、我が子の誕生を微笑みながら喜んでくれているようである。

“恵理子。おめでとう、よく頑張ったね!”

 しかし、マイクの遺伝子を残すことができても、マイクはそれに触れることは一回もないのである。恵理子はそれに気付いた瞬間、出産の感動の涙は一転して、マイクを失った悲しみの涙へと切り替わったのであった。

「ありがとう・・・マイク・・・うわぁぁぁん!」

 ジェイムスやエミリー、マイクの姉妹たち、それに農場で働く人たちは、恵理子が悲しんでいる意味を察したのか、みんな同じように涙を流した。


 我が子は“アレクサンダー”と名付け、“アレックス”と呼ぶことにした。この名前を決めたのは何を隠そう、生前のマイクである。マイクが兵士用住宅に残していたノートの中にあった、恵理子とのイメリスでの新生活の構想の中に、我が子の名前としていくつもの候補から削除して残した一つである。また、ミドルネームは恵理子が決めると書かれていたので、恵理子は“ツバサ”と名付けた。ちなみに、二重国籍の日本名は草原翼とした。

 恵理子の出産はその日のうちに、日本にいる私の両親にもインターネットのテレビ電話で伝えられた。

「お父さん。お母さん。元気な男の子だよ。ほら、アレックス。日本のお爺ちゃんとお婆ちゃんが見てくれてるよ。」

 アレックスは祖父母を認識しているかのように、画面に映った恵理子の両親に満面の笑みを見せながら画面を触っていた。

「こ、こいつが、俺たちの孫か?信じられんなぁ。おい、わしが日本の爺ちゃんだぞ。」

「あんたが生まれた時の顔と似てるわ。おめでとう、恵理子!ほら、私が日本の婆ちゃんよ。」

 こうして、恵理子は亡き夫の遺伝子を受け継ぐアレックスの誕生により、母としての第一歩を踏むことになった。アレックスは母である恵理子とマイクの両親や姉妹、農場で働く人たちから愛情を受けて成長していった。日本にいる恵理子の両親も、できる範囲でアレックスに愛情を注ぐようにした。天国にいるマイクもきっと、空の上からアレックスを見守ってくれるに違いない。


 恵理子がイメリスへ飛び立って八年が経過した。アレックスも八歳を迎える。アレックスとの会話は基本的に英語だが、恵理子が考え事と独り言を日本語でするのを聞いているからか、不意に日本語を話してくるのでびっくりしていた。

「“ママ、疲れたの?”」

「ヒャアッ!アレックス・・・いきなり日本語で話すのはやめてよぉ。ママ、心臓が止まるかと思ったわ。でもありがとう、アレックス。ママ嬉しいわ。」

 アレックスは片言であるものの、少しずつ日本語を話せるようになっていた。周囲に日本人がいない場所で、恵理子は自分が生まれ育った国の言葉で会話ができることが嬉しかったのである。


 恵理子の一日は、まずアレックス起こす所から始まる。アレックスは夜遅くまで起きていることが多く、その結果、朝は恵理子が起こさないといつまでも寝ているのだ。

「アレックス。起きなさい!」

「う~ん。ママぁ。まだ眠いよぉ。」

「何言ってるのよ。だからママが早く寝なさいって言ってるでしょ?それを守らないから朝がすっきり起きれないのよ。はぁ、パパがあなたの情けない姿を見たらどう思うかしら。」

 恵理子はアレックスを起こすと、マイクを父であると認識させるためにあることをやらせている。

「ほら、アレックス。“パパ”に朝の挨拶しなさい。」

 アレックスは壁に掛けられている、軍服姿に身を包むマイクの凛々しい姿を撮影した写真に向かい、起きた時と夜寝る前に挨拶をさせている。

「パパ、おはようございます!」

「はい。よくできました。さぁ、ごはん食べよう!」

 アレックスは写真に向かって何故挨拶する必要があるのか浮かない顔をしていた。恵理子もやらせすぎかなとは思っているが、やめるつもりはなかった。恵理子も妻として、マイクの写真の前で挨拶をしている。


 恵理子はアレックスの育児の傍ら、農場の手伝いを始めた。農作業は力がいる作業が続くので、恵理子にはかなり負担が大きかった。しかし、恵理子は日本で黙々とパソコンの前に向かっていた時とは違い、体を使う作業にやりがいを感じるようになっていたのである。恵理子の姿を見たアレックスも、農場の手伝いをするようになった。

「はぁ・・・疲れた。」

「恵理子、力仕事大変でしょ?お疲れ様。」

「あ、お義母さん。お疲れ様です。」

 夜、リビングのテーブル席に座った恵理子に、マイクの母、エミリーが声を掛けてきた。

「恵理子、マイクと結婚した後でこんなことを聞くのはおかしいけど・・・。」

「どうかしたんですか?」

 エミリーは浮かない顔を見せていた。

「あなたが農場を手伝ってる姿を見ると、私たちが無理をさせてるんじゃないかなって思って悪い気がするのよ。ジェイムスも“恵理子は日本でアレックスを育てた方が良かったんじゃないか”って言うのよ。誤解しないで。私たちはあなたを追い出すつもりは全くないわ。でも、ここで暮らしていくのが嫌になって日本に帰りたくなったら、遠慮しないで言ってちょうだい。笑顔で送り出すわ。」

 マイクの両親は恵理子のことを気遣って言ってくれていると思うが、恵理子は笑顔でこう答えた。

「私のことは気にしないでください。元々、私とマイクで決めたことなんです。それに、あなた方がこんな私を娘として迎え入れてくれたのだから、ブラントン家の一員として一生を懸けてでも恩返ししないといけないと思うのです。それに、私にはアレックスがいるし、だから私は日本に帰るつもりはありません。」

「恵理子、嬉しいこと言ってくれるわね。マイクもきっと喜んでるわ。」

 エミリーは恵理子の前向きな言葉に涙を浮かべた。


 ある日の夜、いつもはなかなか寝ないアレックスが珍しく早く寝た。それを確かめた恵理子はふと、散歩がしたくなった。

「お義母さん。ちょっと外に出てきますね。」

「あら?恵理子。どうかしたの?」

「何だか、外を歩きたい気分なんですよね。すぐに戻ります。」

「そう。もう暗いから、ライトを持っていきなさいね。」

 恵理子は外に出て、暗い夜道を歩いた。

「うわぁ、いつもより奇麗だなぁ・・・日本のお父さんとお母さんに見せてあげたいなぁ。」

 恵理子が見上げると、満天の星空が広がっていた。恵理子が生まれ育った街ではまず見ることはできないだろう。

「そうか・・・今日はあれから、八年が経つんだよね。早いなぁ・・・。」

 恵理子は常に持っているマイクとのツーショット写真をポケットから取り出した。そして目を閉じると、マイクとの出会った時のことを思い出した。

“アノー、スミマセン・・・。”

 八年前の今日、恵理子はイメリス空軍兵士のマイクに道を尋ねられた。この一言が、恵理子とマイクの恋の始まりである。それがなければ、恵理子は日本で平凡な人生を送っていたに違いない。

 恵理子は今、ブラントン一家に支えられて幸せな日々を送っているように思えた。しかし、恵理子はどうしても、マイクがここにいないことが受け入れられずにいた。イメリスの制度により亡くなったマイクと戸籍上の夫婦になれたとしても形式上にしか過ぎず、それで恵理子の心が完全に満たされる訳ではなかった。

「これで、マイクが生きていればなぁ・・・。」

 恵理子は自然に涙があふれてきた。

「マイク・・・会いたいよぉ・・・。ねぇマイク。今から私もそっちへ行っていいかなぁ?」

 この時、恵理子はマイクの元へ導かれるかのように歩き出した。


「マイク・・・待っててね。私もそっちに行くから・・・。」

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