第4話.妊娠報告~恵理子とマイクの両親の思い
「ただいま!」
恵理子が家に帰ると、玄関で母が出迎えた。
「お帰り。恵理子、お友達を見送ってあげた?」
「うん、しっかり見届けてあげたよ。にっこり笑ってるように見えたわ。」
「そう、良かったわね。礼服、クリーニングに出しておくから、着替えてね。」
「うん、分かった。あと、それから・・・。」
「んっ?どうしたの?」
恵理子は何故だか何も言えずにいた。声を出そうにも、無声音しか出ないのである。
「いや、何でもない!」
「あ、ちょっと恵理子!」
恵理子は自分の部屋に駆け込み、ベッドに体を倒した。
「言えない・・・やっぱり言えない・・・どうしてなの?」
恵理子は自分が妊娠したことを両親に伝えようとすると、言葉が詰まった。元々、自分が親と約束していたことを破ったことで被った結果なのである。当然、只事で済まされる訳がなく、何らかの罰を与えられてしまうと思うと、どうしても親には言い辛かったのである。最悪の場合、堕胎を強要されるか、出産を認めたとしても、親が見ていない所で出産しろと家を追い出されることも覚悟しなければならないと思うと、どうしても言い出せなかったのである。
「そうだ!あの人たちにも伝えなきゃ。私がマイクとの赤ちゃんを妊娠したことを、あの人たちはどう思うかなぁ・・・。」
恵理子は突然、パソコンの電源を入れた。起動が済むとメールソフトを立ち上げ、フォームに英語の文章を入力し、スペルミスがないかをチェックした後でアドレスを打ち込んで、送信をクリックし、メールをどこかへ送信した。
「初めてメールしたけど、届いてるかなぁ・・・。見てくれてたらいいんだけど・・・。」
恵理子は礼服から普段着に着替え、居間で武雄と朱里が並ぶ前に向き合って座った。
「お母さん・・・お父さん、あのね、話したいことがあるんだ。今、いいかなぁ。」
「恵理子、話したいことって何かしら?」
恵理子はしばらく黙った後、こう話した。
「実は私・・・・・妊娠・・・してるの。ここにね、赤ちゃんがいるんだ。今、二か月なの。」
恵理子は思い切って、両親に妊娠したことを伝えた。何も言わなくても我が子の成長によりお腹が目立って気付かれるのだから、いっそのこと、素直に伝えた方がいいと思ったのである。
「えっ?それ、本当なの?」
「どういうことだ!恵理子。」
両親は突然の告白に驚いていた。特に武雄は、鋭い形相で恵理子を凝視した。
「お前、結婚もしていないのに、男と性行為をするなってあれだけ言っただろうが!しかも俺たち、お前が男と付き合っているのを初めて聞いたぞ。」
「ごめんなさい、お父さん。私、お父さんたちにその人を紹介しようと思ってたの。それで、お父さんたちが結婚を認めてくれたら、その人とエッチするつもりだったの。でもね、その人とは結婚前にエッチをする必要があったの。」
「どういう意味なんだ?恵理子。」
「それより、恵理子。お腹の子の相手は誰なの?ちゃんとその人と話をしないといけないでしょ?」
「残念だけど・・・もうこの世にはいないわ。実は今日行ったのは、浅井山空軍基地なの。私、イメリス空軍兵士のマイケルという人と約一年付き合ってたんだ・・・。」
恵理子は両親に全て白状した。マイクに道を尋ねられてそこまで案内したら好意を持たれ、そこからデートを重ねたこと。戦争が勃発し、マイクが戦地へ派遣されて亡くなってしまうのではないかと恐れ、自分の遺伝子を残せないと嘆いたマイクを哀れんだ恵理子が、マイクとの子供がほしいと迫ったこと。マイクが亡くなった手紙が届いて泣いたこと。そして今日、妊娠が確実になったこと・・・。両親は黙って恵理子の話を聞いていた。
「まったく、なんでお前はそんなスケベに育っちまったんだ・・・後先のことを考えず、自分の欲望だけで勝手に動いて、自業自得だ。」
「お父さん、お母さん、ルールを破ってごめんなさい。」
恵理子は両親に対し、何も言い返せなくなっていた。だが、これだけは両親に伝えなければならない。恵理子は命を宿したお腹に手を添えた。
「でも私、この子を産みたい。自分の手でこの子を育てたいの。」
「恵理子、お前、本気で言ってるのか?」
「うん・・・後悔なんかしないよ。いや、できるわけがないわ。マイクはこんな私を心から愛してくれたんだもの。その愛の証を、手元に残しておきたいわ。」
武雄はそれを受けて、冷静にこう答えた。
「それで俺たちが許すとでも思ったか?約束を破った上に、それで身篭った子供を産みたいだと?お前ばかり都合のいい話じゃないか。え?そいつを孫として見る俺たちの立場を考えてくれ。」
「恵理子。子育てって簡単に言ってくれるわね。こんな時に言うのもあれだけど、あんたが大学を卒業するまで、お父さんとお母さんがどれだけ苦労したかを見てきたでしょ?あんたはこれから始まる苦労を一人で背負おうとしてるのよ。絶対に耐えられる訳がないわ。」
恵理子は、両親から出産を猛反対された。もちろん、こうなることは大方予想していましたが、いざとなると、やはり心が折れそうになっていた。
「恵理子、俺たちの方で産婦人科に連絡する。今のうちに、心の準備をしておくんだな。」
「申し訳ないけど、今のあんたの状態で母親になることは絶対やめた方がいいわ。」
両親は恵理子の宿った子供の堕胎を検討していた。それを知った瞬間、恵理子は怒りが増して、体が震えていくのを感じた。そして・・・。
“バァン!”
恵理子は怒りを発散させるかのように力いっぱいテーブルを叩いた。お茶が入っていたコップがカタンと揺れ、両親は体をビクンと縮めた。そして、恵理子はイスから立ち上がると、腰を深く曲げ、両親に最敬礼をした。
「お願いします。お父さん、お母さん。マイクが亡くなった今、この子まで失ったら、その方が一生後悔する。だから、産ませてください!お願いします!うっ、うう・・・。」
恵理子は涙を一気にあふれさせた。恵理子がここまで必死になって頭を下げる姿を見たことがない両親は、その様子に沈黙していた。武雄は鼻から息を吐き、恵理子に声を掛けた。
「一週間だけ、考える時間をあげよう。お前は妊娠したことを無理にでも受け入れようとして、勢いに任せて言っているのだと思う。もう一度、産むべきか堕ろすべきか、俺たちがいない所で考え直してくれ。」
「うん・・・そうする。ごめんなさい、お父さん、お母さん。」
両親は、恵理子が結婚せずに妊娠したことに混乱していた。それを鎮めるためにも、ここはお互いに一旦身を引くことに決め、恵理子は自分の部屋に戻った。恵理子は自分の考えを押し通そうとして興奮してしまったと反省し、気分を落ち着かせるためにパソコンを開いてネット動画を見ることにした。
“You've Got Mail!”
ちょうどその時、パソコンから、メールの着信を知らせる音が流れた。
「んっ?誰からだろう。」
恵理子はメールソフトを開き、受信したメールを確認すると、全部英文のメールを受信していた。
「あ・・・。」
メールの差出人を見ると、恵理子が浅井山空軍基地から帰ってきた後でメールを送った相手からだった。その中にはこう書かれていた。
“日本時間の夜十時頃にお話しいたしましょう・・・。”
恵理子は送ったメールを見てくれたことを確認し、安心した。そして午後十時過ぎ、恵理子はパソコンにヘッドセットを接続し、頭に装着すると、テレビ電話ソフトを立ち上げ、必要な情報を入力し、通話ボタンを押した。
“ツー。プップップップッ・・・。ピコピコーン!”
接続が完了し、画面に相手の顔が映った。その顔は恵理子が以前見たことがある人だった。
「ご無沙汰しております。恵理子です・・・。」
「恵理子さん。こうやってまたお話ができて嬉しいです。」
画面に映ったのは、マイクの両親、ジェイムスとエミリーだった。実は、マイクが兵士用の住宅に残していたノートに、マイクの実家のメールとテレビ電話のアドレスが載っていたので、こうして恵理子の家からもお話ができたのだ。日本とイメリスでは約半日近く時差があるため、前もって連絡したのである。今、イメリスは昼十一時頃であり、外が明るいことが画面から伝わった。
恵理子はジェイムスとエミリーとの会話の中で、マイクとの子供を妊娠したことも伝なければならなかった。
「あいつ、わしらに“孫”を残したのか。宝にしないとなぁ。」
恵理子はマイクの両親と十二時になるまで話した。そこで恵理子は、マイクの両親から思わぬ話を聞いたのである。恵理子は通話終了をクリックすると、マイクとの子供を宿したお腹に手を置き、目を閉じ、マイクに誓った。
「マイク。私、決めたよ・・・。」
翌日、仕事から帰った恵理子は、再度両親に話をした。
「何だ。まだ昨日の今日だぞ。もう答えが出たのか?」
「そうよ。私なりの答えが出たわ。」
「なら、お前はお腹の子供をどうするつもりだ?」
恵理子は両親に、自分が出した答えを伝えた。
「私・・・やっぱりこの子を産みたい。私の手で育てたい!」
両親はしばらく黙った後、武雄は首を数回、縦に振った。
「なるほど・・・そこまでして自分を貫き通すのか。よし、それなら・・・。」
「出ていけって言うんでしょ?言われなくてもそうするわよ。産む場所は見付けたから、気にしないで。」
「そ、それはどういう意味なんだ?もうアパートを借りたのか?」
「あんた、産む場所を見付けたって、どこで産むつもりなの?」
恵理子は、お腹の我が子をどこで産むのかを両親に話した。
「それはマイクの故郷、イメリスよ。」
「お前、海外で産むつもりなのか!?」
「そうよ。私は、親と結んだ約束を結んでおいて自分で破ったのだから、罰を受けるべきでしょ?だから罰として、ここを出ていくことに決めたの。」
「罰を受けるって、俺たちは別に罰を与えるつもりなんかないぞ。それと・・・。」
両親は困った表情をしていた。すると、武雄が突然、大声を上げた。
「俺たちがお前を追い出すなんて、そんなことできるとでも思ったか!この馬鹿娘!すまない、恵理子・・・一度起こってしまったことは仕方あるまい。今回は許してやろう。お前がここで産んで育てるのを認めてやる。だから、イメリスで産むだなんて馬鹿なことを言うなよ。」
「恵理子。海外での出産の方がリスクが高いに決まってるじゃない?そんな無謀なことをしないでちょうだい。」
「だから俺たちは、お前が自暴自棄になってるんじゃないかって思ったから、考え直す時間を与えることにしたんだ。俺たちも、お前が妊娠したといきなり聞かされて、今後をどうするかを考える必要があったからな。だから一週間、お前と俺たちが考える時間にしたのに、どうしてお前は親を困らせることしか考えないんだ?」
「ごめんなさい。でも、私が産みたいと言ったらどうするつもりだったの?」
武雄は鼻から息を吐くと、恵理子に微笑みながら話をした。
「俺たちは、お前が決めたことならそれに協力するだけだ。父がいないからって心配するな。俺がそいつのの親父代わりになる。」
「恵理子、子守りはお母さんに任せといてね。だから、仕事を続けていいわ。」
「だから、海外で産むだなんて馬鹿な真似はしないでくれ。頼む、恵理子。」
両親は、恵理子がこの日本で育児をすることを条件に、出産を認めようとしていた。しかし、恵理子は首を横に振ったのである。
「気持ちは嬉しいけど、もう決めたの。私、やっぱりイメリスで産みたい。」
「恵理子・・何故だ。」
「私、戦地へ飛び立つ前のマイクと約束してたことがあるんだ。マイクが生きて帰ってきたら、“軍隊を辞めてイメリスへ帰って、実家の農場を引き継ぐ”って言ってた。私はどうなるの?って聞いたら、“君もイメリスへ一緒に行って、そこで結婚して、子供を持って、家族として幸せなスローライフを送りたい。だから必ず生きて帰る!”って言ってくれたの。私、マイクにそう思われてたのが嬉しくて、絶対にその約束を果たしたいって思ったの。でも、もう叶うことはないわ。本当はね、この子を産むのを反対された時、思い切って堕ろそうかと思ったのよ。でも、マイクの両親がどう思ってるか知りたかったから、昨日の夜に話をしたの。マイクとの子供を妊娠したと伝えたら、“わしらの宝にしたい”ってすごく喜んでた。それで、この子を産むかどうか悩んでるって言ったら、“君を私たちの娘として迎えたい。イメリスへ来てくれ”って言ってくれたの。私、それが嬉しかったから、あの人たちのためにも、イメリスでこの子を産んで育てたいって決めたの!だからお願い、お父さん、お母さん。私をイメリスへ行かせて!」
両親は恵理子の話を黙って聞いていた。両親の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「お前も、愛する人ができて変わったんだなぁ。マイク君はそこまでして、お前のことを深く愛してくれたってことが分かったよ。」
「今までは私らが先に言わないと、ほとんど何もやらなかったくせして、あんたがそこまで自分のやりたいことを言ってくることなんかなかったからねぇ。感心したわ。」
「ごめんなさい。お父さん、お母さん。ルールを破った上にわがまま言う馬鹿な娘を許して!」
「いいんだ恵理子。行ってこい!お前みたいな娘を持てたことが何よりの誇りだ!なぁ、朱里。」
「ええ。恵理子、頑張るのよ!お父さんもお母さんも応援してるからね。」
「ありがとう。お父さん、お母さん。」
恵理子たち家族三人は、肩を組んで泣き合った。両親は恵理子がイメリスで出産することを認めてくれたのである。
しかし、そのために今から準備をしなければならない。パスポートやビザの申請。それに保険関係や年金関係といった公的な手続きなど、恵理子は仕事以上に頭の中が混乱していた。
「ひぇぇ~!まだこんなに処理しないといけないことが残ってるんだ。」
それだけではない。恵理子はイメリスで永住することになるのだから、イメリスの文化や習慣を学ばないといけなかった。現地で在住している人が書いたガイドブックに目を通すと、気を付けなければならないことが多く、押し潰されてしまいそうになっていた。また、完全に英語漬けの生活となるため、自分が学んだ英語が本当に正しいか、再勉強のため、駅前の英語教室にも通った。
「私、本当にイメリスで生きていけるのかなぁ・・・。」
恵理子はやることが目白押しで頭の中がパニックに陥っていた。それでもイメリスで生活をするためには、それらを地道にこなすしか道がないのである。




