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第3話.戦争の勃発~受胎告知

 翌日、街はいつもと何も変わらぬ光景が広がるが、マイクやイメリス軍兵士と思しき姿は見当たらなかった。やはり、基地に緊急事態宣言が出されて、兵士がいつでも戦地へ飛び立てるように待機しているのかもしれない。今の時点で事情を知っているのは、恐らく恵理子しかいないだろう。恵理子はそれを、誰にも言えないことがもどかしさを感じていた。

 恵理子は仕事から家に帰ってテレビを見ると、突然、画面に緊張の面持ちなアナウンサーの姿が映った。

「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします。」

「ちょ、ちょっと何よ・・・。」

「MANP通信によりますと、チャンサン共和国軍が隣国のナイタラカン民主国への爆撃を開始したとの情報が入りました。繰り返します・・・。」

「えっ?う、嘘でしょ?」

 昨日マイクが言ったように、チャンサン軍はナイタラカンへの攻撃を開始してしまったのである。すると、更に新たな情報が入ってきた。

「先ほど、イメリス合衆国のミハマ大統領が緊急演説を行いました。そちらの映像をご覧ください。」

 アナウンサーはこう話すと、画面がイメリスの首都、サンゲントンからの映像に切り替えられ、緊張の面持ちの大統領が映った。

「我が兄弟たちよ。今回のチャンサン共和国の一方的な攻撃は、国際社会への問題として許されるものではない。私はこの様子を黙って見過ごすわけにはいかない・・・・・ナイタラカンの軍隊は大打撃を受けている。そこで、我がイメリス合衆国軍はナイタラカンとの条約に基づき、ナイタラカン民主国軍を援護し、チャンサン共和国軍と戦うことを宣言する。」

 ミハマ大統領は、チャンサン軍との戦争の概況を話し始めた。

「まず、ナイタラカンにいるイメリス軍兵士を総動員させている。しかし、戦況が悪化することも考えられることから、“日本にいるイメリス軍を派遣する”。」

「ええっ!」

 ミハマ大統領は、日本にあるイメリス各軍隊をナイタラカンへ派遣することを宣言した。これで、マイクが戦場へ派遣されることは避けられなくなった。この時、恵理子は怒りが込み上げてきたのである。

「そんなの・・・そんなの絶対嫌ぁ!」

 恵理子はテーブルに手を叩きつけ、声を荒げて叫んだ。恵理子の両親がびっくりして、恵理子を見つめた。

「え、恵理子。どうしちゃったの?」

「あ・・・ごめん・・・興奮しちゃった。」

 恵理子は自分の部屋へ行くと、携帯電話の画面を開いたが、マイクからの着信はなかった。恵理子は外部への連絡ができないとは分かっていたが、マイクに電話を掛けてみることにした。

“プップップップ・・・。”

「ただいまお客様がお掛けになりました番号への通話は、電波の届かない所にいるか、電源をお切りになっている場合がございます・・・。」

 マイクの携帯電話は電池ごと抜いて通話ができないようになっているかもしれない。以後、恵理子がマイクの動向を知る術はなくなってしまったのである。


 次の朝、恵理子は会社で仕事に取り組んでいると、戦闘機が飛ぶ音が頻繁に響いていた。

“キィィィィィン・・・・・。”

 恵理子はその度に窓を見ては、基地から飛び立つ戦闘機が小さくなるのを見つめた。飛び立つ方向の先には、チャンサンと戦争をしているナイタラカンなのかもしれない。もちろん、その中には恵理子と結婚を約束したマイクもいるかもいしれない。

(マイクも今頃、飛び立ったのかなぁ・・・もしかしたらまだ基地に残ってるかも。)

 恵理子はため息しか出なかった。テレビや新聞では連日、チャンサンとナイタラカンの戦争の様子を伝えていた。しかし、それではマイクがどのような状況かを知ることはできない。恵理子はそのストレスからか、体調がおかしくなる時があり、周囲に心配された。

「草原さん。どうかしたの?調子悪そうだけど。」

「うん・・・何か熱っぽいんですよね。」

「だったら課長に言って、休んだほうがいいわよ。」

「大丈夫ですよ。これぐらい、何ともありませんから・・・。」

 恵理子はたまに熱っぽさを感じていた。しかし、単なる風邪だと思い込み、病院へ行くことはせず、風邪薬を飲んだり、ベッドで横になったりするなどして過ごした。

(私の不安より、マイクの不安のほうが大きいんだから、落ち込むわけにはいかないわ。)

 そこで、恵理子はマイクが無事に帰ってくると強く願うようにし、マイクが描くイメリスでの新生活を考えてみることにした。

(イメリスでの生活って、どんな感じなんだろうなぁ。マイクと毎日キスをして、エッチして、子供をたくさん産んで・・・はぁ、待ち遠しいわぁ。ヘヘヘ・・・。)

 

「・・・原君。草原君!」

 恵理子はどこかで自分を呼ぶ声が聞こえていた。しかし、マイクの声ではないことから、声がする方向を見ると、そこには課長が腕を組んで恵理子を見ていた。 

「えっ?はっ!か、課長!」

「しっかりしてくれよ。よだれまで垂らしちゃって、みっともないなぁ。」

「へっ?あ・・・す、すみません。」

 それからも、マイクの動向を知ることはなかった。マイクはきっと、私のことを心配しているのだろう。しかし、落ち込む訳にはいかなかった。


 戦争勃発から二か月経ったある日、恵理子宛に一通の手紙が届いた。

「恵理子。あんた宛に来てるわよ。それも英語ばっかりよ。英語得意なら読めるでしょ?」

「えっ?何かなぁ・・・。」

 恵理子は朱里から手紙を受け取り、自分の部屋で見てみることにした。

「何々。えっ、浅井山空軍基地?」

 恵理子は英語の文章を日本語に訳しながら見てみた。しかし、そこで思いもしない言葉を見つけてしまったのである。恵理子が見つけてしまった言葉。それは・・・。


“マイケル・ダグラス・ブラントン一等空兵、チャンサン軍の爆撃を受け、戦死・・・。”


「戦死ぃ!?えっ?う、嘘でしょ?そんな・・・。」

 その手紙は、恵理子が気にしていたマイクが亡くなったことを伝えるものであった。恵理子は手紙を床に叩き付けると、タンスの上に立て掛けてあるマイクの写真を手に取って胸に当てるように抱き締め、ベッドに身を伏せた。

「マイク・・・う・・・うう・・・うわぁぁぁぁぁん・・・!」

 恵理子はここぞとばかりに愛する人を亡くした悲しみを発散させるかのように、枕に顔を埋めて泣いた。自分の祖父や祖母が亡くなった時は、以前から亡くなることが分かっていたので、それほど悲しみは湧かなかったが、マイクの死は二ヶ月前まで元気な姿を見せていたので、その悲しみは身近な人の死と比べ物にはならなかった。

 恵理子は何を思ったか、手紙を出した浅井山空軍基地に電話を掛けた。最初は軍関係者ではないから応じられないと言われたが、マイクが亡くなった手紙を受け取ったことを言って、応じるように粘った。

「少々お待ちください。」

 電話は保留の後、担当者と思しき人が出てきた。

「お電話変わりました。あなたが、草原恵理子さんですか?」

「はい、死亡通知の手紙を受け取りました。マイケル空兵が亡くなったのは本当ですか?」

 担当者はしばらく黙った後で、こう話した。

「はい、確かにマイケル空兵は、ナイタラカンの在イメリス空軍基地でチャンサン軍の爆撃を受け、亡くなったのです。」

 恵理子は、手紙に書かれていたことが事実であると聞き、悲しみを通り越して愕然とした。

「明日、遺体が浅井山基地へ送られます。よろしければ、最期の姿を見届けますか?」

 恵理子その話を聞き、こう答えた。

「はい・・・お願いします・・・。」


 翌日、恵理子はここでも友達が亡くなったと言って、用意してくれた礼服を着て薄化粧をし、浅井山空軍基地へ向かった。実は、今朝のニュースで、チャンサンとナイタラカンの戦争が終結したと知り、恵理子はショックを受けたのである。

(もう少し戦争が早く終わっていれば、マイクは死なずに済んだのに・・・。)

 恵理子はマイクが戦死する原因を作ったこの戦争を仕掛けた人物とイメリス合衆国のミハマ大統領に怒りを感じていた。これに関する裁判が行われるならば、恵理子が裁判長になり、彼らにマイクを殺害した罪を負わせ、死刑を宣告し、こう叫んだことであろう。

“私の夫を・・・マイクを返せ!”

 恵理子は浅井山空軍基地へ着き、受付で昨日電話を受けたことを話した。

「草原恵理子さんですね。お待ちしておりました。私、広報を務めますデービスです。ではこちらへ・・・。」

 恵理子はデービスの後ろを歩くと、そこには多くの棺桶が並んでいた。マイクの他にこの基地に所属する兵士の犠牲も多数出たのである。棺桶の周りを、遺族や親しい人が囲み、悲しみを露わにしていたが、恵理子の姿を見た途端、声を掛けてくる人がいた。

「あんたがマイケルの“奥さん”かい?かわいそうになぁ。あいつはいい奴だったよ。」

「ありがとうございます。私は大丈夫です・・・。」

 恵理子はマイクが寝ている棺桶へと案内された。最悪の形だが、恵理子は二か月振りにマイクと再会を果たしたのである。しかし、恵理子は正直に言ってその姿を見たいとは思わなかった。もしかしたら、マイクの体がバラバラになっているかも知れなかったからである。

「うっ・・・マイク。」

 恵理子はマイクの顔を覗いた瞬間、手を口で押えて絶句した。マイクの亡骸は、魂が戻れば、今にも動きそうなぐらい綺麗だったのである。恵理子は本当にマイクが亡くなったことが信じられず、別の意味で予想を裏切られたショックで体が震えた。

「マイク、何で死んじゃったの?生きて帰ってくるって言ったじゃない。帰ってきたら軍隊辞めて、私と結婚して、イメリスで幸せに暮らすって約束したじゃない。エッチまでさせてあげたのに。マイクの馬鹿ぁ・・・うぁぁぁぁぁぁん。」

 恵理子は足が震え、立っていられることができず、マイクの棺桶にしがみ付きながら泣き崩れた。しかし・・・。

「うっ!ぐうぅ・・・。」

「え、恵理子さん、大丈夫ですか?」

 恵理子は突然、吐き気を催した。デービスを始め、周囲の人が恵理子に近付いた。

「す、すみません。変な所をお見せしちゃって・・・ちょっと気分が悪くなったみたいです。」

「では、病院のベッドで休みましょう。どうぞ、案内します。」

 恵理子は基地内にある病院のベッドで横になった。ここには女性の医師が常駐し、恵理子の面倒を見ていた。

「あなたが噂の恵理子ね。私はローナ。マイケル空兵の亡骸を見て、突然気持ち悪くなったんですってね?落ち着くまで寝てていいわよ。」

「はい・・・ありがとうございます。」

 恵理子はベッドで横になっていると、ある疑問が湧いてきた。

(もしかして、私・・・。)

 恵理子はここ最近、体調が変な時があっても、そこまでひどくなかったことから病院へ行くことはしなかった。しかし、吐き気を催したことで確かめてみたいことがあったのだ。。

「あの、すみません。ローナさん。」

「どうしたの?恵理子。」

「検査してほしいことがあるんですけど。いいですか?」

 恵理子は検査してほしい内容を、ローナに伝えた。

「うーん・・・そう来たか。いいわよ。じゃぁ、準備するわね。」

 恵理子はある検査を受けさせてもらうことになった。それから結果が出るまで、恵理子はまたひと眠りした。


『う・・・え、あれっ?私、寝てたはずなのに、なんでこんな所にいるんだろう。』

 気が付くと恵理子は基地内の病院のベッドで寝ていたのではなく、何故か暗闇の中に立っていた。するとそこに、誰かの声が聞こえてきた。

『ママ・・・ママ・・・。』

 恵理子は子供の声を聞き、周囲を見回すが、何も見えなかった。そして、またあの声が聞こえてきたのである。

『ママ・・・ママ・・・。』

『誰?誰なの?』

 恵理子が尋ねると、子供はこう言ってきた。

『僕だよ。ママ・・・。』

『えっ?あなたはひょっとして、私を呼んでるの?』

『そうだよ、だってここには僕とママの二人しかいないんだ。』

『でも私、あなたの姿が見えないわ。ねぇ、どこにいるの?』

『実は僕もママが見えてないんだ。でもね、今はママの近くにいるんだよ。』

 しかし、恵理子がもう一度周囲を探しても、その子供の姿は見えずにいた。恵理子の頭の中が混乱しそうになっていた。

『ねえ、お願いだから姿を見せてちょうだい!』

 子供は恵理子の呼び掛けに対し、こう返してきた。

『僕ね、二か月前にここに来たばかりだから、まだママには見えないんだよ。』

『えっ?じゃ、じゃあ。いつになったらあなたに会えるの?』

『それはね、あと八か月後なんだ!』

 恵理子は子供のこの一言を聞いて、自分が“ママ”と呼ばれていること考えると、もしやと思った。

『ひょっとして、あなたは・・・。』

『気付いてくれた?じゃぁ、八カ月後に会おうね。バイバイ!ママ。』

「待って!あっ・・・。」

「どうしたの?長いこと、うなされてたわよ。」

 恵理子は、ある検査を受けた後で三時間近くも寝ていたようである。

「あ、ごめんなさい。何だか、子供に声を掛けられる夢を見たんです。」

「そう、それはいい夢を見たんじゃないかしら?」

「えっ?」

 恵理子は、ローナが言った言葉の意味が分かっていなかった。

「恵理子。結果が出たわよ。良く聞いてね。」

「はい、教えてください。」

 恵理子はローナから何を言われるか身構えた。何を言われても文句は言わないつもりでいたのだが、本当は不安だった。

「恵理子、おめでとう。あなたが見た夢は、“正夢”よ。」

「えっ?正夢?」

 恵理子はローナが言ったことを聞き返した。

「ローナさん・・・何言ってるんですか?」

「あなたは正夢を見てたのよ。妊娠二か月。良かったわね。だから、お腹の赤ちゃんが夢に出てきて、あなたに妊娠したことを教えてくれたのよ。」

 恵理子はローナにお願いしたのは、恵理子が妊娠しているかどうかである。その結果、恵理子はマイクとの子供を妊娠したことが明らかになったのである。恵理子は息を小さく吐くと、命を宿したお腹を手で押さえた。当然、思い当たる日は、マイクがナイタラカンへ飛び立つ前日しか考えられなかった。

(やっぱり、できちゃったんだ。そりゃ、あれだけ激しく抱き合って避妊しなかったんだもん。できちゃうのも無理・・・ないよね・・・はぁ。)

 恵理子は、マイクが死んだ後で妊娠を知ることになってしまった。しかし、恵理子はそのことに関して、何も不安がることは一切なく、すんなりと受け入れることができていたのである。

 すると、ローナがとんでもない話をし、恵理子を驚愕させた。

「マイク君が飛び立つ前に“子供を仕込んでた”って噂は、どうやら本当みたいね。アハハ・・・。」

 恵理子はローナのこの一言に、顔を赤くさせていた。そして、それは怒りへと変わってしまったのである。恵理子は右手で握り拳を作っていた。

(もう、マイク。私もあの世へ行ったらしばくからな!覚えとけよ!)

「ああ・・・。恵理子。落ち着きなさいよ!体に悪いわよ。」

 恵理子は基地を後にし、意気揚々と家に帰っていった。この時、恵理子はマイクが残した命を宿したお腹に手を抑え、何故だか二人で家に帰っている気分になっていた。しかし、恵理子には新たな問題が発生していたのである。

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