第1話.マイクと恵理子の出会い~突き付けられた別れ
今日も、恵理子が住むこの街の上空を、イメリス合衆国空軍所属の戦闘機の飛ぶ音が響いている。この街には在イメリス合衆国空軍基地、通称・浅井山空軍基地が設置されており、基地周辺では空軍基地に所属する非番の兵士の姿を見掛け、兵士を対象にした店も多く存在している。街では兵士との交流も積極的に行われており、大きな事故や事件、トラブルもないことから、基地や兵士に対して悪いイメージを持つ人はほとんどおらず、平穏を保っている。この街で生まれた草原恵理子も戦闘機が飛び交う姿や音に慣れ、街を歩くイメリス空軍兵士に対し、恐怖を感じることもなかった。
ある日、恵理子は会社からの帰り道に、一人のイメリス人男性に声を掛けられた。突然、イメリス人に片言の日本語で声を掛けられたものだから驚いてしまった。
「アノー、スミマセン・・・。コレ、ドコニアリマスカ?」
男性は恵理子に道を尋ねていた。恵理子はその場所を知っていたので、得意の笑顔でこう答えた。
「Ah! I'know. Please follow me.(ああ、ここなら知ってるわ。案内するから付いてきて。)」
恵理子は男性をその場所まで案内した。このイメリス人男性の名はマイケル・ダグラス・ブラントン。通称・マイク。三年前にイメリス本国から浅井山空軍基地に赴任してきた空軍兵士である。この日は非番であり、居住している空軍兵士用の住宅から初めて訪れる場所へ行こうとしたが、途中で道に迷ってしまった。マイクは恵理子に道を聞くだけのつもりで声を掛けたのに、その場所まで案内されたことが嬉しくなり、恵理子との会話を弾ませた。あっと言う間に目的地にたどり着き、恵理子が別れようとしたその時、恵理子はマイクの行動に驚いてしまった。
「ありがとう!恵理子。」
「うわぁっ!ちょ、ちょっと、マイク・・・。」
恵理子はマイクに抱き着かれて戸惑ってしまった。しかも、流暢な日本語を話している。実は、マイクは赴任後に日本語の勉強を行っており、ある程度は話せるようになったそうだ。恵理子に片言で話しかけてきたのは、恵理子が英語を知っているかを確認し、自分の日本語が出てこない時に、英語で話ができるかを知りたかったからである。
マイクは別れ際に連絡先を書いた紙を恵理子に渡し、会いたくなったら連絡してくれと言った。恵理子は戸惑ったが、自分が知っている英語で外国人と会話ができたことが嬉しくて、後日電話を掛け、マイクと再会する約束を結んだ。しかし、恵理子は英語が話せても、実際に外国人とうまく付き合っていけるか不安があり、本当はマイクと会うことに抵抗を感じていた。しかし、マイクはそんな恵理子に理解を示すかのように優しく接し、気を引こうとする。たとえそれが的外れであっても、恵理子はそんなマイクの優しさにだんだん惹かれていった。そして遂に、マイクは恵理子に告白した。
「恵理子さん。僕と付き合ってください・・・。」
「はい・・・。」
恵理子は遂に、マイクの猛アタックに白旗を揚げてしまった。それから恵理子はマイクと単なる友達以上の関係となり、本格的にデートを重ね、日中はメールで連絡を取り合い、繋がりを深めた。この頃には、マイクのような外国人と話すことに抵抗はなく、マイクを通して他のイメリス軍兵士とも話ができるようになていった。もちろん、恵理子はそれらに浮気せず、マイク一筋を貫いた。
「恵理子、俺の親父とお袋に君を紹介したいんだけど、いいかな?」
「えっ?いいわよ。私も、あなたの両親の顔を見たかったからね。」
マイクは恵理子を両親に紹介したいと言い、恵理子をマイクが住む兵士用の住宅へ連れて、インターネットのテレビ電話を通じて、マイクの両親とも顔を合わせた。
「親父、お袋。この子が、俺が言ってた彼女の恵理子だ。」
「は、初めまして。恵理子です・・・。」
恵理子は画面の向こうに映るマイクの両親に緊張していた。マイクから恵理子と付き合っていると聞くと、マイクが結婚を決めているものだと勘違いしていた。特に、マイクの父は恵理子のことを気に入ってしまい、恵理子は戸惑った。
「恵理子さん、マイクは出来の悪い息子ですが、どうかよろしくお願いします。いつかはイメリスの我が家にも遊びに来てくださいね。あなたを私たちの娘として迎えますよ。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
マイクと恵理子の関係は良好だった。しかし、恵理子には慣れないことがある。それはマイクが酔っ払った時、恵理子に決まって言ってくることだ。
「恵理子ぉ。抱かせてくれぇ~。」
「もう、マイク。やめてよぉ。」
マイクはお酒に酔うと、必ずと言っていいほど恵理子の体を求めようとしてくる。恵理子は結婚を決めた訳ではないと、体の関係を丁寧に断っている。それは両親から、“結婚もしない男と性行為をするな”と口酸っぱく言われているからである。
ただし、恵理子は常に両親から“早く結婚しろ!”とか“孫の顔を見られるのはいつになるんだ”と早い段階で嫌味みたいに言われている。一応、“お前が選んだ相手なら無条件で結婚を認めてやる”と言われており、恵理子も早めに結婚して両親を安心させたかったのだが、相手がイメリス空軍兵士のマイクとなれば話は別で、“いつか戦争に駆り出されて、死んでしまうから”と反対される可能性が十分あった。そのため、恵理子は両親にマイクと付き合っているとは言い出せず、マイクとのデートの時は、いつも“女友達に会う”と言って誤魔化していたのである。
ある日の昼間、恵理子は仕事としている情報誌の編集作業に追われていた。
「ん・・・レイアウトはこんな感じで・・・と。よし、ちょっと休むかな。」
恵理子は仕事が一段落して休憩に入ろうとしたその時、携帯電話に着信が入った。
「んっ?誰からだろう。」
恵理子は発信元を確認すると、相手はマイクからだった。恵理子は場所を変えて、電話に出た。
「マイク?ハ、ハロー・・・。」
「恵理子、俺だ。マイケルだ。」
「マイク、どうしたの?」
「君に伝えないといけないことがあるんだ。電話では時間が掛かる。直接話がしたい。」
「伝えたいこと?マイク、今は仕事中なの。五時以降になるけど、それでいいかな。」
「ああ。終わったら連絡してくれ。兵士用住宅で会おう。じゃあな。」
恵理子はマイクの声が聞けて嬉しかったが、マイクの声が少し暗くなったのが電話越しに感じ取り、不安に襲われた。
(マイクに何かあったのかしら・・・。)
仕事を終えた恵理子はすぐにマイクに連絡し、空軍基地に隣接するイメリス軍兵士用の住宅へ行くと、マイクは笑顔で迎えられた。
「ハイ!恵理子。待ってたよ。さぁ、入って。」
恵理子はマイクが住む部屋に入った。恵理子はクッションの上に腰掛け、マイクと向き合い、話を聞いた。
「マイク。私にしたい話って、何なの?」
恵理子はマイクの様子から、また私の体を求めようとしているのではないかと思った。もちろん、丁寧に断ろうと思った。
「君と会うのは、これが最後になるかもしれない・・・。」
恵理子は突然、マイクから別れ話を告げられたことが分からずにいた。
「えっ?マイク、なんで?」
マイクは、恵理子に別れの理由を話した。
「今日、チャンサンの軍隊がナイタラカンへの爆撃を本格的に計画しているとの情報が入った。」
「えっ?」
恵理子は耳を疑った。日本より西に位置する二つの国、チャンサン共和国とナイタラカン民主国。この国はどちらも同じ民族なのだが、二大勢力による内戦が勃発し分離独立した。独立後も対立を続けており、暫定的な国境付近を中心にいつ戦争が勃発してもおかしくない一触即発の状態にあった。テレビなどのマスコミでも伝えられ、関心は高い。また、チャンサンは国の規模が小さいにも関わらず軍隊に力を入れ、都合が悪くなるとナイタラカンだけではなく、イメリスを始めとする大国に揺さ振りを掛ける国として知られている。そこでイメリスはナイタラカン国内にもイメリス軍基地を配置し、チャンサンの動きをナイタラカンの軍隊と共に警戒している。
「マイク、それ、本当なの?」
「ああ、ナイタラカンにいるイメリス軍が、チャンサンから放送している軍隊向けのラジオに現地の言葉ではない暗号と思しき音声が流れているのを確認されたんだ。それを録音してナイタラカンの軍隊の協力で解析した所、そう言っているのが分かったらしい。しかし、それは我々を撹乱させる為の罠かもしれないから、外部には発表していないんだ。本当は機密事項だから、この話を軍の関係者以外に話してはいけないことになっている。でも、君にはどうしても伝えておきたかった。」
「それが、私と何か関係する訳なの?」
すると、マイクは下を向いてしまいました。そして、マイクの口から思わぬ言葉を発したのです。
「戦争が勃発すれば、イメリス軍はナイタラカン側に付いて軍事介入することになる。だから明日の朝、緊急事態宣言が出されることになった。」
「き、緊急事態宣言?」
恵理子は聞きなれない言葉が出てきたことに戸惑った。
「これが出されたら、俺たち兵士はいつ出撃してもいいように基地から一歩も外には出られなくなる。それにイメリスの大統領から出撃命令が下れば、戦地へ行かねばならない。だから外部との出入りどころか連絡も禁止される。そうなれば、君に会うことも連絡を取ることもできなくなってしまう。もしかしたら・・・生きて帰れないかもしれない。だから最後だと思って、君の姿を見たくなったんだよ。」
「マイク・・・。」
マイクは今にも泣きそうになっていた。恵理子はマイクが死にたくないと感じ取った、悲しくなり、まるで母が宥めるかのように、マイクの震える手を握った。
「マイク、私、あなたが戦地へ送られるのを止めたい。でも、私の力ではどうしようもできないんだよね。」
「ああ、仕方がないよ。軍隊に入れば、戦争に参加することは避けられないんだ。せっかく、心優しい君に出会えたが、こうしてお別れをしなければならないのが辛いよ。」
「私も、心の底から好きと思える人に出会えたのに、別れが来てしまうなんて、寂しくなるわ。私、あなたを兵士としてではなくて、あなたの人としての優しさに惚れたのよ。」
「俺もだ、あの時、俺が道を尋ねただけなのに、君はその場所まで案内してくれた。俺は君のその親切さに惚れたんだよ。だからいつの日か、君を妻として迎えたかった。」
「えっ?マイク、それ、本当なの?」
「ああ、会ってすぐに決めたんだ、だから俺は君に連絡先を渡して連絡してくるか待ってたんだ。君はすぐに電話してくれた。だから俺は君と積極的に付き合ったんだよ。それが嬉しくて、いつ言おうか悩んでたんだよな。」
恵理子はマイクのこの一言に心を打たれた。
「マイク・・・私のことをそう思ってくれたなんて、嬉しいわ。本当はね、私もあなたと結婚しようかなって思ってた所なのよ。」
「恵理子。俺たち、両想いだったんだな。それなのに、こんなことになるだなんて・・・。」
この時、マイクの体が小刻みに震えているのが分かりました。
「マイク、落ち着いて。どうせ戦争なんか、イメリスの軍事力ならあっという間だわ。だから大丈夫、あなたは生きて帰ってくるわよ。」
すると、マイクは悲しそうな顔をし、恵理子にこう告げた。
「恵理子。君は戦争のない国に生まれて幸せなんだなぁ。だからそんなことが言えるんだ。戦争に出れば、確実に生きて帰れる保障はない。亡くなった奴らも、そのほとんどは、“戦争なんかすぐに終わる”と高を括ってる奴らばかりだと聞いた。だから、戦争に出たら死ぬことを覚悟しないといけないんだよ。そうなれば、俺は子孫を残すことすら、許されないんだな。これじゃぁ、イメリスに残した両親に親不孝者と思われてしまう。」
恵理子は戦争を放棄した国と、いつでも戦争が行える状態にある国の考えの違いを、まざまざと認識させられた。
そして恵理子はこの時、マイクに対してある願望が芽生えていた。しかし、それは恵理子にとって、両親と交わした約束を破ることになってしまう。しかし、マイクが生きて帰ってくる保障がないと知った今、そんなことを気にしている余裕は、なくなっていた。
「マイク!」
恵理子は無意識にマイクに抱き着き、キスをしながら涙を流した。マイクは戸惑うものの、しっかりと恵理子の体を抱き締めた。
「むはぁ・・・ごめんなさい。私、あんなこと言っちゃって・・・。そうだよね。あなたはまだ結婚してないもんね。」
「恵理子・・・落ち着いてくれ。君のせいじゃない。俺が、親父の反対を押し切って軍隊に入ってしまったのがいけないんだ。その時点で、俺は親不孝者か。」
マイクは恵理子の頭を撫で、恵理子を宥めた。そして恵理子は、自分の中に芽生えた願望をマイクに伝えることにした。
「マイク、私のお願い、聞いてくれるかしら。私、マイクとの赤ちゃん、ほしい!」
マイクは恵理子のお願いに、目を大きく見開いて驚いた。
「おい、いいのか?いつもは俺が迫るとまだ結婚する訳じゃないからって嫌がったくせに。」
「だって、戦争へ行って死んでしまえば、あなたは子孫を残せないんでしょ?だから私が、あなたの子孫を残してあげる!だからお願い、マイク・・・抱いて!」
「おいおい、気が狂っちまったか・・・。」
恵理子は両親から “結婚するまで性行為はするな”と言われている。しかし、マイクとしばらく会えなくなるどころか、このまま死んでしまうのではないかと思うと、彼の為なら何でもしてあげたい欲望が湧いてしまったのだ。
「そんなことをしたら、君が怒られるよ・・・。」
「何を怖気づいてるのよ。あなただって、私を抱きたいんでしょ?いつも抱かせてって迫ってくるじゃないのよ。こうして私からお願いしてるんだから、受け取ってよ。」
「恵理子、本気なんだな?」
恵理子はゆっくりと、首を縦に振った。
「うん・・・私、本気であなたとの赤ちゃんがほしいんだ。」
「恵理子ぉ!」
「マイク!」
恵理子はもう、後戻りはできなくなっていた。いや、最初から後戻りはするつもりはなかったのである。




