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4 ロマンチックの欠片もない

「よかった。一緒のクラスだね」


 何事もなく入学式を終えた冥牙と明利は、一年二組の教室にいた。


「そうだな」


 明利が嬉しそうに言ってくるので、冥牙は軽く頬を緩める。

 出席番号順に着席するよう指示されたので、冥牙のすぐ後ろが明利の席だ。冥牙が一番後ろで、明利が一番前なんてことにならないでよかった、と冥牙は心底思った。


「結構知らない人もいるね」


 クラスメイトたちを見て、明利が言う。


「まあ、中学よりは人が多いからな。知らない人がいても不思議じゃあ……」


 冥牙が周囲を見回すと、ふと廊下を歩く少女と目が合った。


「……どうかしたの?」

「いや、悪い。ちょっとトイレ行ってくる」


 冥牙は立ち上がり、廊下に出る。その時、先程目が合った少女をチラッと一瞥。すると少女は無言で立ち去り、冥牙は少し距離を置いてその少女の跡を追う。





「とりあえず、入学おめでとう」


 人気のない場所で立ち止まった少女は、くるっと振り返り微笑を浮かべる。


「お互いにな」


 冥牙も頬を緩め、短く返す。


 夕峰高校一年一組、御影塚空乃。

 すらっとした体躯に、腰まである美しい髪。

 一見すると、ただの可愛らしい少女だが、その双眸からは凛とした強さを感じさせる。

 と、不意に優しげな笑みを消した空乃は、真剣な顔付きになり口を開く。


「ホームルームまで時間がないし、早速本題に入らせてもらうわね。放課後、少し手伝ってくれない?」

「ああ、別にいいけど……素人の俺が、本職の空乃を手伝えることなんてあるのか?」


 空乃は、由緒ある御影塚神社の巫女にして、優れた霊能者だ。

 人目を避けるようにしていたため、霊関係だとは予想していたが……霊感があるだけで、霊能者でない冥牙に一体何を手伝えというのだろうか?


「春休みに、校内にいる霊は粗方排除したけど、今日新たに見つけたの。恐らく放っておけば、いつ悪霊になるか分からない危険な状態でしょうね」

「……悪いな、空乃。いつも妹が迷惑を掛けて」


 恐らく、明利がこの学校に来たことで、新たに引き寄せられた霊だろう。


「気にしないでいいわよ。彼女が悪いわけではないし。私のおじい様でも彼女の体質を改善することができなかったんだから、仕方ないと言う他ないわ」


 当然だが、明利の体質を改善させようと試みたことは、一度や二度ではない。


 非常識な存在が引き寄せられることから、病院などに頼っても意味がないので、高名な霊媒師や巫女、超能力者など、冥牙は実に多くの人間に依頼した。

 結果的には、誰一人として妹の体質を治せる人は現れなかったが、最初に相談した先が御影塚神社で本当によかったと冥牙は思っている。

 自宅からわりと近かったという理由で初めに訪れたのだが、事情を聞いてくれた巫女の空乃が、他の霊能者を紹介してくれたり、手掛かりになるかもしれない書物を一緒に探してくれたりした。


「ちょうど節目の日でもあるし、言っておきたいことがあるんだけど、いいか?」

「なに、急に改まって」

「その……今まで色々ありがとう、空乃。明利が何も知らずに普通に過ごせるのも、空乃のおかげだ。これからもよろしくな」

「お礼とか、別にいいわよ。毎回、依頼料は取ってるし」


 空乃はものすごく頼りになるが、そういうところはきちんとしている。


「でも、これから私たちは同じ学校に通う友人になるのよね。……よし、友人価格ということで、次から依頼料は……三割引きでいいわよ」

「あ、取るんだ。今普通に無料になると思って期待したじゃんか」


 冥牙は冗談交じりに文句を言う。


「友人になったって、霊能者とクライアントの関係は変わらないんだから、当然でしょ?」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、さっきの幽霊の件だけど、終礼が終わり次第、理科棟三階に来てちょうだい。お礼は……そうね。今度、昼食を奢るってのはどう?」

「ああ、分かったよ」

「それじゃ、また後で」


 立ち去ろうとした空乃は、何か思い出したかのように立ち止まり、振り返ってくる。


「妹を大切にするのは大事だけど……冥牙、あなた自身も高校生活を楽しみなさいよ」

「ああ、そうだな。ありがとう」


 お互いに笑みを浮かべ……そして、冥牙は二組、空乃は一組の教室に戻った。





 入学式だった今日は、昼前には終礼も終わり――

 冥牙は言われた通り、理科棟の三階に来ていた。


 明利はというと、早速仲良くなったクラスメイトたちと一緒に食堂に行っている。

 相変わらず友達作るスキルが高過ぎだろ、と思いつつ、冥牙は中学時代の先輩に会いに行くと断って別行動している。


(……さすがに今回もトイレに行くじゃあ、ちょっとな)


 と、そこに空乃がやって来た。


「待たせたわね。どうもウチのクラスの担任は、話し好きみたいなのよね」

「そりゃあ、大変だな」

「まったくよ。とはいえ、生徒想いの素晴らしい先生だと聞いているわ。雑談の中にもタメになる内容が含まれていたし、悪くはないわね」

「へぇー、どんなことを話していたんだ?」


 冥牙は少し興味が湧いたので訊ねる。


「時は金なり、よ」

「…………」

「あー、言わなくても分かってるわよ。高校生ならそんなこと誰でも知っている、と言いたいんでしょ? でもね……いや、だからこそ、常にそれを意識したりはしない。とくに若い内はね。冥牙も言っていたけど、今日は私たちにとって節目の日よ。そういう日に、当たり前のこと改めて考えさせる。案外できることじゃないと私は思うわ」

「確かに……そうかもな」


(なるほど、深いな。……たぶん)


「ということで、時間は貴重よ。さっさと除霊しましょう。ついてきて」


 空乃に連れて行かれたのは、その階にあるトイレだった。


「なるほど。男子トイレか」


 どうして冥牙に手伝ってくれと言ったのか理由が分かった。


「ええ。あまり人が来ない場所とはいえ、女子生徒が男子トイレにいるのを見られると、色々と面倒なことになるでしょ。だから、誰か来ないか見張っていて。この学校に私が霊能者だと知っているのは冥牙だけだし。他に頼める人がいなくて」

「気にするなよ。というか、このくらいのことで昼食を奢ってもらうのも逆に……」

「遠慮しなくていいわよ。秘密を共有できる友人がいるというのは、それだけですごくありがたいから」


 神社の娘だということは友人に話しているらしいが、霊能者であることは秘密にしている、と以前空乃が言っていた。


「じゃあ、悪いけど、見張り、よろしくね」

「ああ。気を付けてな」


 空乃は一人男子トイレに入る。


(こういう時、幽霊が見えるだけっていうのは、もどかしいな)


 知識もなければ、霊力と呼ばれる力を持っていない素人の冥牙は、空乃を信じて待つことしかできない。

 優れた霊能者とはいえ、女の子一人に任せきりなんて――


「キャッ!」


 しばらくして、ふいにトイレから空乃の悲鳴が聞こえた。


「空乃っ!」


 冥牙は見張り役であることも忘れ、勢いよくトイレに飛び込む。

 そして、真っ先に目に入ってきた光景は――


 びしょびしょの制服が身体に張り付いて、何だが扇情的な格好になっていた空乃だった。夏服ではないので、下着が透けているなんてことはなかったが、それでも冥牙は思わず見入ってしまう。


「ば、バカ、見ないでよね!」

「あ……わ、悪い」


 注意されて、冥牙はようやく視線を逸し……気づく。

 個室から冥牙の方を窺っていた少女に。見た目からして小学校高学年くらいだろうか。少女は水の出ていないホースを持っていた。


 少女は無言のまま、突然ギュッと、ホースの先を握る。

 するといきなり冥牙目掛けて何かが飛んできた。


 一瞬だった。


 だが、相手が幽霊だと分かっていたので、何が起きても不思議ではないと覚悟していた冥牙は、ギリギリのところで飛来した何かを躱すことができた。

 バシャッと、後方の壁に当たったことで、飛んできたものの正体が見ずとも分かった。

 水の塊だ。


 冥牙が避けたことで、少女は動揺したようだったが、すぐにまたホースの口を握る。

 発射。再度、勢いよく水の塊が放たれる。

 だが、冥牙はまたもギリギリで躱す。


 冥牙と幽霊少女の距離はわずか四メートルほど。直径数センチしかない水の塊とはいえ、一秒もかからずに到達する物体を避けるのは容易いことではない。

 しかし、約一秒間隔で連射されるそれらを、冥牙は全て回避してみせる。

 冥牙たちのちょうど中間地点にいる空乃は、呆然と冥牙たちの攻防を見ている。


 そして――

 少女がホースの口を握り損ねた瞬間、それを見逃さなかった冥牙は、スッと少女に接近。ホースを取り上げ、少女の頭にそっと手を置く。


「悪戯も程々にな」

「あ……」


 そんな小さな声を漏らした少女は、ポッと頬を染め、冥牙を見上げこう言った。


「わ、私を……あなたのお嫁さんにしてください」

 

 ――そこは男子トイレだった。

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