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3 動物キラー

わくわくした表情を隠そうともせず、いつの間にか鼻歌交りに歩く明利。

まるでピカピカのランドセルを背負った小学一年生のような行動に、冥牙は兄というよりは父親にでもなったかのような心境だった。


「……明利も、もう高校生か」


 ボソリと呟いた声は、隣を歩く妹には聞こえなかったようで、


「あ、お兄ちゃん。学校だよ」


 学校を指差す明利に、ようやく着いたな、と冥牙は苦笑気味に返す。

 この春から二人が通うことになった夕峰高校の敷地内に入るとすぐ、明利が楽しそうに言ってくる。


「見学会の時にも思ったけど、やっぱり広いね」

「そうだな。生徒数も部活数も、中学より随分多いみたいだから――」


 と、ふいに突風が吹いた。

 砂埃にまぎれて、舞い散る桜の花びら。


「……ん」


 わずかに顔をしかめた明利は、慌ててスカートを押さえる。

 無邪気な子供のような一面ばかり目立っているけど、妹も年頃の少女なんだな、と安心する一方で……冥牙は真後ろから風に乗って飛来してきた物体を、明利に当たる寸前にキャッチしていた。


 冥牙がほとんど体勢を変えず――腕を斜め後ろに伸ばしただけで掴み取ったそれは、野球ボールほどの大きさの毛玉だった。

 しかも、何か妙に生温かい。


 毛玉を一瞥した冥牙は、無言のまま飛んできた方向にポイッと捨てる。

 キャッチした状態から、手首のスナップだけで放り投げたため、スカートに意識が向いていた妹には気づかれなかったようだが……


「お兄ちゃん……?」


 真横にいた明利が、不思議そうに冥牙を見上げてくる。


「ん、なんだ?」


 さり気なく妹の視線が後ろに行かないように誘導しつつ、明利を見やり……冥牙は慌てて妹から離れる。

 というのも、思いのほか明利と至近距離で目が合ったからだ。

 どうやら明利を庇うように移動した際に、近づきすぎていたらしい。


「あ、悪い。ちょっと目にゴミが入ってな」


 冥牙は誤魔化すために咄嗟にそう言い、軽く目を擦る。


「え、大丈夫?」

「ああ、大したことないから」


 冥牙は手を退け、妹に優しく微笑み掛ける。

 疑う様子もなく、心配してくれる妹に対し、ちょっと罪悪感が湧いた。


「そっか。なら、よかった。……その、お兄ちゃん……」


 パッと笑顔になった明利は、しかし次の瞬間には、恥ずかしそうに頬を染め、俯き気味に訊ねてくる。


「……み、見た?」

「え、何を……」


 毛玉のせいで一瞬本当に何のことか分からなかった。

 が、すぐに妹の言わんとすることを察し、冥牙は慌てて再度口を開く。


「いや、見てないぞ」

「……ほんとう?」

「ああ。というか、真横にいたから、角度的に見えないって」

「あ、そっか」


 あっさりと納得した明利は、


「今日の下着、サイズがちょっと小っちゃかったみたでね。見られたらさすがに……」


 聞いてもいないことを恥ずかしそうに言ってくる。

 年頃の可愛い妹にそんなことを告白されても、ものすごく反応に困る。


(……てか、一瞬想像しちゃっただろ!)


 わずかに顔が熱くなるのを感じ、冥牙はすぐに話題転換を図る。


「あ、明利。悪いけど、先に体育館に行っててくれるか?」

「え、どうして?」

「ああ、ちょっとトイレに……」


 と言ってから、冥牙は自分の失言に気づく。


(……あれ? 下着の話してる途中にトイレって、何か変な誤解を生みそうな……)


「分かった。じゃあ、先に行ってるね」


 しかし明利は、とくに変な顔を一つせずに頷く。

 またしても妹が純粋で助かった。


 そんな純粋な明利の姿が見えなくなると、冥牙は人気のない校舎裏に移動する。

 そして周囲に誰もいないこと確認した冥牙は、自分の背中に手を回し、先程から引っ付いていた生温かいそれを引っぺがす。


(ああ、さっき飛んできた時は、丸まってたのか)


 キュー。キュー。

 そんな鳴き声を上げた毛玉改め、モモンガのような小動物に、


「で、何か用か?」


 冥牙は面倒臭そうに訊ねる。

 ちなみに、モモンガが冥牙の背中に張りついてきたのは、ちょうど小さ目の下着を着用している妹を想像しそうになった時だ。おかげですぐ我に返ることができたが。


 キュー。キュー。

 当然といえば当然だが、モモンガは人間に分かるような返事はしてこなかった。


「用がないなら捨てていくけど、嫌ならちゃんと嫌って言えよ」


 冥牙が一方的にそう言い、本当に放り投げようとしたところで、


「スットプ、ストップ!」


 モモンガが喋った。


「よし、人語が分かるようだな。なら、話は早い。俺の隣にいた美少女――まあ、妹なんだけど、あいつは変な奴らを引き寄せるという厄介な体質を持っている。おまえはその能力に釣られただけだ。気にせず、故郷に帰れ」

「え、ちょ、ちょっと待つっす。唐突、唐突!」


 理解が追いつかなかったらしく、モモンガは小さな手(前足?)で制止を促してくる。


「……というか、俺っちが人語を解する前提って」

「今言っただろ、俺の妹は、人間の常識が通用しないような奴らばかり引き寄せる。だから、動物が喋ろうが、俺にとっては今更感しかないんだよ」

「……何か、すごいっすね。あんた」


 モモンガは感心したように呟く。


「ただ慣れてるってだけだ。というか、今は時間がないんだ。用があるなら手短に頼む」

「は、はいっす……って、なんで俺っちが気を遣わなくちゃいけないっすか! 可愛い少女になでなでしてもらう機会を失った挙句、ゴミのようにポイ捨てされた被害者なのに」


「……それがおまえの目的なら、むしろ俺に感謝してほしいが」

「はっ? ……ああ、そう言うことっすか。でもそれは余計な心配ってやつっすよ。俺っちのプリティさにときめかない少女はいないっす」


 見た目はキュートなモモンガは自信満々に続ける。


「玉砕するのを未然に防いでやったとかと言いたいんでしょうっすが、その可能性はゼロっすから、あんたに感謝するいわれはないっす」


 どうやら勘違いしているらしいモモンガに、真実を教えてあげるため、冥牙はケータイを取り出す。


「この写真は、妹が可愛がった直後の動物たちの様子だ」


 言って、冥牙は以前撮っておいた被害者たちの写メを見せてやる。


「…………」


 モモンガは黙った。

 次の写メ、その次の写メへと画面を切り替えていく度、モモンガの表情がどんどん青ざめてくる。


「どうだ、分かったか。人間よりも本能を優先する動物たちにとって、あいつのなでなでは麻薬と同等。いや、それ以上の劇薬だ。あいつなしでは生きていけない体になりたくないなら、大人しく手を引いてくれ」

「……ち、ちなみに、その写真に写っていた彼らは、今どうしているっすか?」

「幸い、一度のなでなでだけでは依存性は発揮されない。あまりの快楽にその時の記憶が飛ぶらしくてな。だが、二度目のなでなでを受けた動物は……」


 モモンガがゴクリと唾液を呑んだのが分かった。


「一匹の例外なく、は――」

「や、やっぱいいっす」


 急に大声を出し、モモンガが慌てて冥牙の言葉を遮る。


「あ、あんたの妹がいかに危険かは十二分に理解したっす。だからもうそれ以上は……マジ、俺っちたちの天敵っす」


 ガクガクと震えるモモンガ。


「何か勘違いしているみたいだから言っておくが、被害者たちは、今は元気に生きてるからな」

「い、今はってなんっすか? すごく嫌な響きっすよ!」


「ある女性が協力してくれるまでは……ちょっとな。だが、その人が開発した未認可の新薬を一定期間投与することで、もうみんなすっかり普通の暮らしに戻って」

「な、なんか、不穏な単語出てきたっす!」


「大丈夫だ。検査されても薬物反応が出ないという、優れものだそうだから」

「証拠が残らないような仕様って、一体どういうことっすか?」


「そうすることで副作用を失くせるらしくてな。まあ、動物愛護の精神は大事だよな」

「法は犯してるのに、そこは配慮するっすか! もしかして良い人?」

「まあ、悪い人ではないな。ただ、研究熱心だから、喋るモモンガなんか目撃した場合は、衝動的に捕獲して解剖……」


「――やめてええええ!」


 初見の時のように丸まったモモンガは、ボールのように地面にバウンドし、大きく飛び跳ね、空高く舞い上がり、どこかに行ってしまう。


「モモンガの妖怪……にしても、その逃げ方はどうなんだ?」


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