くまの人形型集中豪雨の発生理由
「やあやあ、そこの背の高い御仁」
唐突にかけてきた声の主に目をやる、
「私の事ですか?くまのお人形さん」
そこには古びたクマのぬいぐるみがあった。もう何年、何十年と大事に扱われてきたのだろう、その老体はほつれて傷み、そこかしこが擦り切れてる。
「そうです、あなたです。いやぁ私は見ての通りの年よりなんですがね、いささか娯楽に飢えているんですよ。なにぶん年中こうして座り続けて、長いこと過ごしているのですから。しかしまあ、今日は虫干しに出されて、こうして空を拝めるのでまだいいですがね」
そこまで言うとクマはカラカラ笑う。ぬいぐるみがベランダに腰を下ろしているなんて妙だと思ったが、なるほど干されていたのか。
「さて、そこで本題なのですが、一つ私と勝負しませんか?いやいや、勝負といってもそんな難しいものではありませんよ。ルールは簡単、この家に住んでいる老婆を泣かせたほうが勝ち。まあ、ずっと昔からの持ち主なんですがね」
「昔からの持ち主?そんな人を泣かせようだなんて、いいんですか?」
このぬいぐるみはボケてしまったのだろうか?長年連れ添った主を泣かせようとするなんて。
「いいんですよ、フランソワーヌ……あぁ、持ち主は日がな何をするでもなく過ごしているんで、たまには刺激がないとだめなんですよ。私とフランソワーヌを助けると思って」
――しょうがないやってやるか、この手のタイプは簡単には逃してくれないからなあ
「わかりました、やりましょう。それでは私からやってもよろしいですか?」私が肯定すると
「おぉ、やっていただけますか。どうぞどうぞ、始めておくんなさい」
やれやれ、さっさと終わらせてしまおう。私は小さく呪文を唱える、空は黒く染まり低く唸りだす。
「流石ですなぁ。しかしそれでは……」
ぬいぐるみが言い切る前に老婆がやってきて、予想通り回収していった。この為だけに雷を鳴らすのはいささか問題かもしれないがたまにはいいだろう。
それからいくらかの間、稲妻が走り続けた。
しばらくして、空が落ち着いたときぬいぐるみの家を覗いてみると、そこには外を眺める老婆にしっかりと抱かれたぬいぐるみがいた。どうやらあちらも私に気付いたようで、『今度は私の番ですな』と言わんばかりの顔をぬいぐるみは見せる。
いったいどうやって泣かせるつもりなのだろう?そう考えていると唐突に悲壮な音が耳に届いた。
「ああ、ああぁぁぁあぁぁ」
――老婆は崩れ落ちる、そしてその周りにいくつもの塊になったくまの人形が散っていた……
どうやらぬいぐるみは自らその命を絶ち、ばらばらになったようだ。なぜぬいぐるみは死んでしまったのだろうか?今ではもう訊くすではない。一度ばらばらに壊れてしまった人形は直しても、新しい『ソレ』でしかないから。私はぬいぐるみの千切れてゆく様を考えるととつぜんにわけもなく泣きたくなった。私から千切れてゆく雲と彼の亡骸はよく似ているな、と考えながら、
その日、突如発生し、雷を鳴らした入道雲は記録に残る豪雨を降らせた