3枚目 B
気合を入れて、事務所まで全速力で走って帰る。
「ぜーぜー」
「ただいま」
「湿っぽい」
「汗だくか?そう暑い季節でもないが、外は真夏だったのか」
「はじってきた」
「そうか。なら、クリーニング代はでないぞ。自分で洗え」
やっぱり~。手洗い決定!
「スーツを洗濯板で手洗いするおっさんって惨めなんだよなぁ」
ぼそぼそ言いながらベランダへ向い、後ろ手でドアを閉める。
「ぎゃっ」とかいう声が聞こえたが、気のせいだ。
それでも、一応振り返り、確認する。
緑の変なのが窓に張り付いて、ボタンでできた目が飛び出しているが、見なかったことにしよう。
「天気よし。洗濯しよ」
「おい、ぼけっ。無視かよ、オレ!今日の予報、雨だぞ。洗濯野郎!」
「なんだ。お前か、エッジの効いたグラサンないから、わからなかったぞ」
「直してくれよ。ぷり~ずっ!!!」
「そのためにわざわざついてきたのか。呆れた根性だな」
「おい、こら。勝手に洗濯に戻るなっ!直しやがれ、畜生!オレは踏み台じゃねぇ!!」
「きったないな。洗ってやるよ。お前も、こいつと日干しだ」
「わっ。やめろ。下着は……いやん」
「変な声出すな。ご近所様に聞かれたらどうするんだ?」
「あのおにいちゃん、ふくわじゅつしてる~」
「にぃぐるみとおしゃべり~。へん~」
「あーあー、指まで指されちゃって。今時チルドレンはかっわいげがねーなー」
「あいつらんとこ放り込んでやろうか?」
「本気で投げようとすんな。バカやろう」
早送り。→→
雨に濡れ始めたベランダ。
「スーツは陰干し」といって、室内で送風機に吹かれている。
「日干しじゃねぇ。今日は雨だ。雨なんだ!ずぶ濡れになる。放置するな今畜生!」
「おい、(洗濯用)ハサミ!外れろよ」
「ぶひっ。……ずる」
「……畜生っ、カゼひいちまう。このままじゃ、オレ、風邪ひいちまうぜ」
「って、おい待て」
「待て待て、カラス。すとーぷ。やめろ。オレのサングラスだ!」
「こら、主婦の敵、目、取れちゃうだろ」
「やめろ、バカ鳥!ああ、違う、違います。やめてください。カラス様」
「あ、ああ、ぅああ、ダメ、身、出る。綿出るから!やめろ~」
阿鼻叫喚。
「お、晴れてきたな」
「ああー、オレ様の、オレ様の、最上級コットンボディがぁ~ぁ」
ずぶ濡れで消沈しているぬいぐるみ。
「これはまた随分な格好だな。直すの大変だぞ」
「あ、ああ!お前、オレ様を放置してカラスの餌にしやがったな。ゆるさねぇぞ」
「餌にしてはまずかったんじゃないか。しっかり具は散乱してるぞ。遊ばれただけだな」
「うああ、あいつら、オレ様を玩具にしやがったんだ。玩具だぜ、玩具!にぃぐるまーに対する冒涜だ」
「冒涜って、それがぬいぐるみの用途ってやつだろ?」
「鑑賞や着せ替えるだけがぬいぐるみじゃないんだから、諦めろって。ほら、直してやるから」
「にぃぐるみに対する扱いがひどすぎる。オレの星ではな。オレの星では崇高な誇り高い生き物なんだよ」
「はいはい。濡れたとこ絞るぞ」
「うぐはっ。いてっ、勝手に捻るな。方向おかしいだろ。縫合が捩れる」
「はいはいはいっと」
「うわ。おい、こら、勝手に運ぶなっ。その持ち方は酔う!」
「酔っちゃうんだよ。もっと。もっと、丁寧に扱ってくれ~~~」
緑色のぬいぐるみが叫びがこだまする。
天候不順は想定外として、ぬいぐるみ日和なセタ探偵事務所であった。