3枚目 A
「終わりだ。終ってしまう」
薄暗い事務所の片隅。
システムヅクエに両肘をつき、ぶつぶつと頭を抱えている一人の男。
「ついに、ついに終ってしまう~!!!」
「廃業だ。廃、業……」
男の叫び声。一転して沈み込む体。物凄い絶望具合を表現している。
「たくρ。依頼人連れてきたよー」
げっそり、頬のこけた顔に何かが映る。
「依頼人だよ~」
この世の生物とは思えないパッションピンクヘアー少女と、これまたがっつり拘束され、白目をむいて、泡を吹いている男性一人。
少女がことっと首を横に倒してみる。アピールである。
すると、みるみるうちにやせ細った体に生気が増していった。
そして、落ちかけていた眼鏡を正しい位置に戻し、じっと、少女の手に握られた鎖を見る。
それからその先を辿っていき、しばらくの後に制止した。
男性は眼鏡に手を振れ、生真面目に、そして、キッパリと言った。
「今日は燃えるものも、燃えないものも回収の日じゃない」
「知ってるー」
片方の手を上げて返事する。
「ごみはうちに入れてはいけません」
「守ってるぅ!」
両手を挙げられ、絞まる首。「ぐぐぅ、ぐへ」と鎖の先で絞められた呻き声が漏れる。
「じゃあ、それはなんだ?」
「ごみじゃないよ。依頼人、捕まえてきた」
「捕まえた?!どこで?」
「やあ、弟子1ごー」
棒読みである。
事の成り行きを見守っていたもうひとりの存在、仕事人Bこと蜂屋だ。
事務所の管理、経理、何でもこなすので、通称:仕事人。
「そこー。務所前、うろついてたー」
少女の名前は、ピヨン・P。呼びにくいので、通称パピヨン。
「務所じゃなく、事務所な。ご近所の皆様に驚かれるからやめよーな」
それじゃなくても、パピヨンが出入りするようになってから、ドン引きかつ、ひかれまくってるっていうのに。
ここ、セタ探偵事務所はご近所の奥様方の噂話やヒソヒソ話の格好の的である。
とりわけ、突然出入りするようになったピンク美少女については、売春よ。犯罪よ。と、探偵どころか、もう既に白い目で見られていたのが、蒼白に変わってしまったよ。
おかしな言動と奇行を繰り広げるパピヨンが、素直だけど変な娘っ子と理解した何人かのおばちゃんは、同情と哀れみの目で見ている。
「大変だね。苦労してるね」
ええ、本当に、その通りです!ついでに、差し入れありがとう。
金欠、財政難、依頼ゼロ率達成日ん日、更新中。
給料は飯代、水道代、光熱費、その他諸費で赤字連続更新中。
大丈夫かね?
でも、御心配なく、マイペースで満身創痍で頑張ってます。
ほんのささいなご依頼でも、他所で断られまくったレッドデータ入り寸前案件でも、(お金になるなら)かまいません。いつでも休まずお引き受けします。
従業員は常時住み込みで働いています。
アパート借りる金も余裕もないが、仕事がないので時間はたっぷりあるんです。
説明は置いておいて、
←←巻き戻し。
「その男、暴漢よー」というご近所様の甲高い叫び声が聞こえた。
それを、誤って捕まえてしまったようだ。
「務所前、確保―!!」と怒涛の勢いで投げ縄ではなく、投げ鎖、これはかなりの凶器、が飛来し、お縄?となったらしい。
逃げ場を求めてうろうろしていたのを、運悪く通りかかったパピヨンに発見され、そして、確保と相成ったわけだ。
早送り。→→
「警察に無事、引渡し終了しました」
パピヨンのまた間違えちゃった。ごめんねぇ?はパス・無視完了。
金はないが、食材は確保した。
「働いたんじゃきん、飯食わせーや」モード回避完了。
たまたま通りがかったという、ご近所住まいのおばちゃんに御裾分けを恵んでいただいたからだ。
今日も波乱万丈な一日だったな。と、まだ午前中であることも忘れて散歩する。
珍妙な依頼を引き受けることで有名な我が事務所、俺はただの従業員、は、警察にも一目置かれている。
ただし、奇人変人の集まりとして、という意味だ。
今朝みたいに、警察の動いてそうな事件や、動く前の初期段階で、なぜかこっちが勝手に動いて、気づけば介入して終了してた。なんてものが、繰り返されるうちに、警察も呆れて言葉をなくし、持ってきた犯人は警察が引き取って、あとで調べるね。と追い返されるのが常だ。
協力的な一般市民というか、厄介者。はっきり言って、行政機関さえ慄く腫れ物である。
帰ったら書類書きだ。事後報告書を作成してファイリングする。
活動実態調査という名の査察に対抗する武器の一つになってもらおう。
なんせ、万年休業日では、どこの役所も銀行も弱り果てるだけである。
「廃業したら?」と、洒落にもならないオチで括られ即終了。
回避するには、それなりに、「っぽい」とこ見せる証拠が必要だからな。
るんるんとステップ交じりの心境で歩きながら空を見上げる。
だからって、なんでもいいわけじゃない。公文書には書けない仕事も稀にはあるのさ。
にぃ(ぬい)ぐるまー星、出身のピンクとかピンクとかピンクとか。
晴天のお空に緑?……。ん?
「やっぱり、明日には、廃業かな」
はははは、と乾いた笑いが漏れる。
おかしな人と、避けて通る者や、園児連れのママンがさっと避けて他人のふりしているのは一先ず忘れよう。
現実に帰れ、仕事人B!
前後編です。続きます。