7枚目
*注意*
このディスクは『グリニッジの試練』という、瀬田探偵事務所に眠っていた秘蔵の英雄譚である。
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「ははは。待ってろよ。ぴよん・P。今、行くからよっ!!」
グレー・Gの決め台詞が響く。
「ははははっ」
ついでに、高笑いも。
「げほぅ、げっほっ。にしても、空気悪ぃ~な」
現在、グレー・Gは、どこかのトッラクのタイヤについている「ぴらぴら」に掴まっている。
ひなたぼっこしてたら、緊急指令が来て、出動中なのだ。
にしても、荷台なら、まだしも、そんなところに落とされるなんて。
ひっでー運転だよな。
勝手に乗ってる奴がよく言うセリフ。
「だけどよ。もうすぐ辿り着くからな。ヒーローってのは、女のピンチにしゅたって現れるものだぜ。はは、これで、オレの高感度アップだ。奴らにバカにされたままじゃ終らない。それがオレ様って、おい、おい、こらっ」
「おいってば。オレ様の許可なく勝手に進むな!スピード、スピードがっ」
サングラスを片手で押さえ、もう片方の手がぷるぷるしている。が、必死である。
「やべっ。速すぎだぜ。噂に聞く、高速道路ってやつか?やべぇ。振り落とされちゃうぅぅ」
情けない声を出しながらも、掴まる手は緩めない。
いや、緩めたら死ぬ。死んじゃう。
ぺちゃんこの襤褸切れにされてポイ。なんつー最期は嫌じゃあっっっ!!!
必死に掴まりながら、目的地を目指した。
早送り→→
車が止まったところで、降りる。
ま、本当のことを言えば、急停車でついに、砂の上に投げ出されたオレ様。
「やー、すみませんでした。どうぞどうぞ」
「ぅあ~~。げへっ、げへっ。最後までひでー」
地面に転がりながら、便乗させてもらった車を見送る。
お礼と言わんばかりに、排気ガスをぶちまけられ、咳き込んだ。
「なんだよ?なんだよ?せっかく、かっこいく着地決める予定がよ~」
人間が歩いてくる足音が近づく。
やべー。見つかったらまずいぜ。
現在、ぬいぐるみの姿のままだ。
人に捕まれば何されるかわからない。
運良くお持ち帰りされるか(隙をついて逃げられる)、ゴミ箱ポイ(自力脱出する)のどっちかで頼むぜ。
焼却処分は地獄だぜ。生きたまま焼け死んじゃうぅ。
きゅうっと想像だけで蒼白になっていると、視界が宙に浮いた。
「あれ?お前……」
「よ、ようっ!」
聞きなれた声に腕を上げて見せれば、安心したように笑うのが見えた。
「何やってるんだ?お前」
「い、いや、その、緊急指令が……」
「ああ、これか」
「うっ!」
グレー・Gの腹の中に埋まったままの携帯電話を弾かれ、息が詰まりそうになる。
ひどいぜ。はっちん。
「ちゃんと通じたんだな。偉い偉い。にしても、この腹どうなってんの?」
「う、うるさい。ポケットだよ。ポケット。それより、降ろしやがれ。放せ、こらっ。放せ」
押しても叩いても、ぽすぽすと柔らかな音がするだけだ。
「ちぅしょー」
「はは。ごめんごめん。で?指令はどうしたんだ?」
「そうだよ。セタンは?ピヨン・Pがピンチだって!今すぐ探さなきゃ!」
「ま、落ち着け。落ち着け。ぐれじ。あれを、よーく見てみな」
「ああん?何やってんだ、あれ?」
ぽふんと、蜂谷の手を逃れ、人型になる。
サングラスを押し上げ、なんとも言えない光景を注視する。
「なぁ、はち。あれって、緊急事態なのか?」
「あー。うん、君が現れる寸前までは、そうだったかなぁ」
「なに?オレ様の見せ場は?」
「おい。わざわざ来たのに、ヒーローの出番は無しか?無しなのか?!!」
腕を組んで微苦笑している蜂谷のスーツを引っつかんで抗議する。
「まあま、いいじゃないか。あれが解決したら、お前のおかげってことになるかもよ?」
「笑ってんじゃないか?!はちこー」
「はははっ。ごめん。君が、そこまで必死に、訴えるなんて……くくく、だ、だめだ」
「ちくしょー。結局、こういうオチかよっ!!」
「あ、そういえばさ。気になってたんだけど。お前、もしかして」
「あん?」
綺麗好きのグレー・Gは珍しく薄汚れた格好をしている。せっかくの衣装が台無しだ。
「お前、どうやってここに辿り着いたんだ?場所、書いてあっても、読めないだろ?」
「あ。それは、その……。勘だ!」
「は」
「ピヨン・Pのためだからな。オレ達は同族にはやさしいんだ!」
「え」
「だ、だか……。さ、冴えてるぜっ。オレ様の勘は誰より優れてるって言ってんだっ!」
「じ、自慢してるし……」
Bはまた笑いが込み上げてきた。
「な、なんだよ?」
「もういいって。無理すんな」
「なっ。ちげーよ。オレはだなぁ。Pがやべぇって聞いて、急いで……だから、その……ええと……」
「さっきのトラック、危うく轢きかけたんだよ。偶然止めたからよかったけど。お前、あの車がここ通らなかったらどうするつもりだったんだ?全く知らない土地に運ばれても、自力で戻れねーだろ」
「あ、確かに。言われて見れば」
「無謀だな。ま、そんな賭けに勝つあたり、お前の悪運はそうとう強いんだな」
「大変だったろ。そんなに汚れるまで頑張ったんだな」
ぱんぱんと服をはたいてやる。
「な、なんだよっ」
「えらいえらい」
「あ、頭撫でるな。照れるだろー!!」
「はは。可愛いやつ」
「ふ、ふんっ。オレ様はぬいぐるみだからな。可愛くて当然だぜ。もっと褒めやがれ」
「くっ」
「ああ?」
「す、素直じゃ……」
本日、何度目かの笑いが込み上げる。
素直じゃない。
ツンデレラーの間違いだろ。こいつ。
「そういや、お前、トラックのどこにいたんだ?後ろか?上か?」
「ん?ああ、それはだな」
説明を聞いて、蜂谷は微妙な顔をした。
「ぴらぴらのとこって。あの、タイヤの上についてるやつか」
「そんなとこ……危ないのに。よく頑張ったな」
「お、おう」
タイヤに巻き込まれていたら、やばかっただろう。飛び降りるチャンスはあっただろうに。
危険も顧みずに掴まり続けるなんて、それだけ、必死だったってことかな。
「ん。そう。あーそうだ。あいつひどいんだぜ」
「何が?」
「話しかけても答えないし。無視して突っ走るしさ」
「いくらぬいぐるみでも、機械に言葉は通じないだろ」
「そのせいで、ぴらぴらしか掴まるもんなくなったんだぜ?やたら、暑いし、ガスもくもくで息詰まるし」
「はは。苦労が眼に浮かぶよ」
排気ガス排出の管が通ってるから、灼熱で、触れなかったんだろう。
ボディが布でも、火傷はするからな。
それに、道路の下の方は排気ガスの溜まり場だから、トンネルとか最悪だろうな。
本当によくがんばったよ。
それに。
運転手に見つからなかっただけましか。
不審物扱いで「ぽい」確定だろうな。
「なーなー、それよりさ。あれ、いつになったらおわんの?」
「あー。いつ、だろうなー」
瀬田とパピヨンの無言の睨み合いが続いている。
瀬田さんが道路に飛び出したパピヨンを捕まえるべく、トラックの前に突っ込んだ時は焦った。
だけど。相手もいい運ちゃんだったし。瀬田さんたちも怪我もなく無事だったし。
ま、転んだせいで、瀬田さんのクッション代わりに押し潰されたパピヨンが、機嫌を悪くするのは想定外だったが。
ま、何とかなるだろう。
本日の巻き戻し、終わり。
「って、待て!オレの見せ場は?オレ様の見せ場返せ!瀬田~~~!!!」
グレジの絶叫が木霊する山からお伝えしました。
ヒロインであるピヨン・Pの活躍が縮小するなか、ストックネタが切れてしまったので、終了です。
7話完ということで、記録上は一週間といったところでしょうか。
瀬田と蜂谷はいつ仕事をしているのでしょうね。
にぃーぐるまーも謎のままですし。
またいつか、彼らが活躍する日まで、封。