旅立ち
「この世界はエルグラドという。国は…あー、あれだよ…人族の国とエルフの国と…あともう一つかね」
ふむふむ。
「じゃあ次は魔法だね」
「え!?それだけですか!?ほらもっとこう、国の名前とか…何が栄えてるとか情勢とか…」
「なんだい。細かいねぇ…そんなものは知らないよ!この森からもう暫く出てないんだから!」
「えーっと、暫くとはどれくらい…」
「大体100年くらいかねぇ」
ダメだこりゃ。
どうやら拾ってもらう人を間違えたらしいと気付いてから、早いものでもう二年もの月日が経った。
つまり、私がどこぞの車のような名前のこの世界に来てから二年が過ぎたということだ。
その間にわかったことは、老婆の名前はエリザベスということ。なんでも元王宮お抱えの大魔術師だったらしい。あくまで自称だが。現役を退いてから森に籠って隠居生活をしてたんだそうな。
後は、ファンタジーにありがちな種族、つまりエルフやら獣人やら精霊やらがいること。
私は魔力が多いのにも関わらず、戦闘系の魔法、つまり攻撃魔法が使えないってことだ。
実際、魔法を毎日のように教えてもらっていたのにも関わらず、洗濯に便利な魔法やら、皿洗いの魔法やら生活魔法と呼ばれる主婦には大変ありがたいような魔法ばかり覚えていくのだから、師匠のエリザ婆さんには大爆笑された。
唯一、今後役にたちそうなのは、治癒魔法くらいだ。
エリザ婆さんから「その辺の神官なんて赤子に見えるよ!」とのお墨付きを貰ったから、多分その通りなんだろう。
だがしかし!!
今、私はそれでは困る状況に陥っている!!
「私が死んだら森から出て職を探しな。なぁに、あんたは美人だからすぐに職が見つかるさ!なんなら男にでも貢がせりゃいいんだよ!」
と、大変ありがたくない言葉を頂いた次の日に、エリザ婆さんは帰らぬ人となった。
食が細くなっていってるのは気付いていたけど、あんなに元気で口の悪い婆さんが老衰で亡くなるなんて思ってもみなかった。
エリザ婆さんは私を馬車馬のようにこきつかって、こきつかって、こきつかったけど、命の恩人だ。当然感謝してもしきれないほどの恩がある。
異世界の科学に耳を傾けながらキラキラした目をむける姿も、たまの喧嘩で子供のような悪態をつく姿も、思い出しては夢だったかのように溶けて消える。
だけど、沈みこんでもいられない。
「私が死んだらこの家を守っている結界も消えるからね」と聞いていた私は、可及的かつ速やかに森を出なければならないのだ。本来ならば。
困っているのはそこである。
(魔物が出る森を抜けるのに生活魔法と治癒魔法だけでどうしろと!?)
確かに魔物に襲われても治癒できれば生き延びる事は出来るかもしれない。
でも、痛いの嫌だし。
(仕方ないか…このままここにいても魔物が来るかも知れないし…歩こ)
二年間の思い出が詰まった第二の我が家に背を向け、私は一歩を踏み出した。
しっかり変装用にエリザ婆さんの老眼鏡をかけて、髪をボサボサにした状態で。ついでに細い炭で薄くそばかすまでかいた。
森を無事抜けることより、美人だなんてバレたくない!と強く思ってしまうのは過去のトラウマからだ。
魔物よりもそちらに危機感を感じてしまうとは‥…随分と根は深そうである。