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Guilty  作者: 某
1/3

白い世界と黒い意思

久しぶりにものを書きます。どうぞよろしくお願いします。

白い部屋だった。すべてが白い。

一色の世界では天井、壁、床に明確な境を感じることができない。

自分がどこにいるのかわからない。地面はどこだろう。空はどちらだろう。

自分はどこに立っているのだろう。自分は生きているのだろうか―

気をゆるめれば、天地の概念を失い、世界に飲み込まれそうだった。


部屋には一人の少年がいた。部屋の気味が悪いくらいの清潔感に対して、彼はぼろぼろの雑巾のような服を着ている。

白を背景にした、穢れた灰色の彼は際立って見える。

その中で、彼の手首に繋がれた黒い金属の輪はひときわ異様な存在感を放っていた。彼の手首の細さには不釣り合いな巨大な手枷だった。両手首から延びた太い鎖は、隣のベッドの足に結び付けられていた。もちろんその拘束を少年の細腕でほどくことはできない。誰が見てもわかるだろうが、彼は監禁されていた。


「あ……あ……」


少年は果てしなく白い異界に一人きり。

この異様な空間にいても、泣きだすことはない。

ただひたすらに何もないはずの白い天井を見つめている。

その瞳孔は限界まで拡張され、目を大きく見開いている。眼球が今にも零れ落ちてしまいそうなほどに。外気にさらされ、乾燥していく眼球に何も感じることはないのか、長い間彼はそのままにしていた。


「あ……ああ……」


時折上げる声はうつろ。生気など欠片もない。

まるで金属のきしむ音のようなうめき声を漏らす。両手はまるで血が通っていない義手のように、肩口からだらりと下がっている。なぜ彼が立っていることができるのか。不思議でならなかった。彼はいつ崩れ落ちてもおかしくなかった。


小さく肩が揺れる。合わせて手枷をつなぐ鎖が小さな音を立てる。枷の端から、金属によって擦り切れて赤くなってしまった皮膚がみえる。それが彼の拘束され続けている時間を象徴していた。


「あ……あ……」


それからさらに時は流れた。今でも彼の姿は変わらない。穴が開くほどに白い天井の一点を凝視する。瞬きひとつ、していない。


どれだけ時が流れたのかはわからない。きっととても長かっただろう。しかしこの空間には時計も、日もない。判断できる要素がない。すべてが停滞しているように感じる。少年のうめき声と、鎖の音が喪失しかけている時間概念をかろうじてつなぎとめる。


「……もう。……無理です」


そんな停滞していた世界に変化が起きた。いままでうめき声しか上げていなかった少年が、明確な意思を口にしたのだ。その声はやはり人外めいたうめき声に近い。


そして、それを口にした途端に彼は膝を折った。糸が切れた操り人形のように。


ゴスッ


頭蓋骨が固いものにぶつかった、鈍い音。

つぶやいた少年は、受け身をとることもできずに頭から白い地面へと崩れ落ちていた。痛みにうめくことはなかった。助けを求めることもなかった。

―無音。

普通の少年であったならば両手で自らを支えることができただろう。人間であれば、動物であれば、脊髄反射で、最短で自らの危機を回避するはずだ。しかし彼にはできなかった。


「黒棺」として制作された、彼の身体では。


彼はすべてをはく奪された存在だった。一つの「能力」に特化するために。


停滞していた世界は、いままで溜め込んでいた時間を放出するが如く、変化を続けた。


彼が目を凝らしていた白い天井。そこに「穴」が開いたのだ。


「うーん。ま、こんなもんかなあ。成功?」


穴の向こうからは声がした。間の抜けた青年の声。少年が目の前で倒れたことには何の焦りも驚きもないようで、のんきに現状の確認をしているようだ。


「限界稼働時間は2時間半ジャスト……か。ここ一週間は稼働しないで休憩させていたことを考えると成功というよりはむしろ失敗なんだよねえ。「黒棺」の目標は少なくとも一日の間の稼働……。目標まではまだ遠そうだ。よいしょっと」


わざとらしい掛け声とともに、穴がもう一つ大きくなった。白い部屋の天井は、穴からしみ出す黒いオーラで、灰色に変色していた。そして、人影が現れる。穴と同じ色。黒い人影だ。頭から足までがすっぽりと隠れるローブに身を包んでいる。白い部屋に降り立った彼は、崩れ落ちたまま微動にもしない少年へと近づいて行った。


「けど「これ」はほかのやつと違って使いまわしがきくからもうちょっと「改良」しようかな」


しゃがみこんで少年の頭をなでる。この一瞬を切り抜けば、まるで優しい父親のようだった。しかし、彼にそんな感情なんてひとかけらも存在しない。あるのは目的達成のための執着と義務感のみだった。白く長い髪をフードの端からのぞかせながら、彼はとてもうれしそうに肩を揺らす。


「僕のために頑張ってね、11820号君?」


そうささやかれた少年は、とても安らかな顔をして眠っていた。


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