5話「幸せに気づけた」
色々あって大変だったけれど何とか解決して良かったな。
そんな思いを心に詰めながら過ごす日々は悪いものではなかった。
温かく見守ってくれる人、優しく接してくれる人、そういった人たちに囲まれて暮らせているという幸せは何よりも貴重でまた尊いものだ。
どんな状況でも味方でいてくれた両親。
事情を知ってからそっと見守ったり励ましの言葉をかけたりとそれぞれの形で傍にいてくれた友人。
残念ながらカイールには愛されなかったけれど、私は決して不幸ではなかった。
私は一人じゃない、孤独じゃない、そう思えることがどれほどの勇気を与えてくれるのか――そこに気づけたこともまた幸運だったと思う。
辛いことがあっても、悲しいことがあっても、それでも人は生き続けてゆく。それが人生というものなら。身に起こるすべての出来事はきっと無駄ではない。そして、私が経験した事件もまた、いつかの幸せな未来に繋がっているのだろう。
◆
「ハンカチ、落としましたよ」
「あ……ごめんなさい。ありがとうございます」
その日は突然やって来た。
買い物のため出掛けた王都で彼に出会う。
「気をつけてくださいね」
「すみませんでした」
彼の瞳を目にした瞬間、私は、信じられないくらい強く心揺さぶられた。
「あ、あの!」
去っていこうとする彼の背に思わず声をかけて。
「何でしょうか」
「……す、すみません、あの……少し良いですか?」
彼の藍色の瞳に困惑が滲む。
「ハンカチを拾っていただいたお礼と言うと少し変かもしれませんが……よければこの後お茶しませんか? 私が支払いますので……少しだけでも」
ナンパ男みたいなことをしてしまって恥ずかしいと思いはしたけれど、このチャンスを逃したくないという想いがかなり強かったために気づけば誘ってしまっていた。
「構いませんよ」
数秒の間の後、彼はそう答えた。
「どこか喫茶店にでも入りましょうか」
「ありがとうございます……!」
初対面の人を、それも異性を、いきなりお茶に誘うなんておかしな話だ。
でもこの時の私は躊躇ってはいなかった。
なぜなら彼と共に過ごしたかったから。
まさに今こうして目の前にいるその人について知りたいという欲求が大きかったから。
「あと、二人分支払っていただく必要はありませんよ」
「お礼させてください」
「そこまでしてもらうほどのことはしていませんから」
「ですが……!」
「ハンカチを拾っただけです」
「そう、ですか。分かりました。支払いについては後ほど考えるとして、取り敢えずお茶でよろしくお願いします」
この時ようやく彼の表情が柔らかくなった。
「もしかしたらこれも何かの縁かもしれませんね」
藍色の美しい目をした彼が向かい側の席に座っている。
何だか少し緊張してしまう。
異性と二人で過ごす時間というのはかなり久々かもしれない。
いかがわしいことなんて何もない二人だけれど、だからこそ、真っ直ぐ向かい合うにはどこか歪なような気もして――ただ、それでも、この時の私はこの不思議な縁を手放したくなかった。
着席してメニューが届くと、彼は「何を注文されます?」と尋ねてくる。私は緊張しながらも「紅茶にします」と答えた。ひとまず最も無難な選択をしておいたのだ。すると彼は「温かい? 冷たい?」と質問してきたので、今度は反射的に「温かい方で」と答えた。
私たちは何でもない関係だ。
友人でもない。
親戚でもない。
そしてもちろん恋人でもない。
落ちたハンカチを拾った、落としたハンカチを拾ってもらった、それだけの関係。
「では僕もそうします」
「温かい紅茶ですか?」
「ああはい、そうです」
偶然巡り会った私たちはどこへ向かうのだろう?
……それはまだ分からない。
「同じものですね」
「問題でしたか?」
「いえ」
「じゃ、注文します」
「色々任せてしまってすみません」
「謝罪は不要です」




